10-2 姉の妹②
貴族地区からほど近いビーザック通りは王国一の高級商店街であり、王族や貴族御用達の店が数多く並んでいる地区である。神太郎とクレハもまた、そこの常客に相応しい華やかな馬車で訪れていた。
「この辺初めて来たけど、歩いている奴は一様に金を持ってそうだなー。俺みたいな平民は、来ようとも思わないほど縁のない場所なんだろうな」
いつものように田舎者の如く馬車窓から外を眺める神太郎。ただ、今回は任務の方に集中しなくては彼の身が危ない。一先ず、クレハと距離を詰めるために話し掛けてみる。
「そういえば十八とか言ってたよな。クレハは許婚とかいるのか?」
「いえ、折角義姉が出来たので、今は結婚なんて考えられません。姉妹の生活を楽しみたいんです」
「けど、公爵家の令嬢だ。そういう話は来るんだろう?」
「ええ、でも私自身結婚願望はないんです。男性と一緒にいるより、女性同士でいる方が楽しいので。……ただ、日頃からお母様に結婚を催促されていて困ってもいます」
「そうか。まぁ、結婚が常道だろうが、人それぞれだしな」
「神太郎さんは分かってくれますか?」
「俺もハーレムを目指していてな。縛られた生き方をするのは好まん」
「流石、お義姉さまの弟さん! その懐の深さがそっくりです」
賞賛のクレハ。何か目的と真逆のことをしてしまったような気もする神太郎だったが、取り敢えず良しとする。
今回、二人が赴いたのはアルサンシェ家御用達の帽子屋。整然な店内には様々な帽子が飾られており、接客する店員も上品さを感じさせてくる。どれも手作りだろうから、ファッションに興味のない神太郎も中々見応えを得ていた。
「帽子かー。俺も一つくらい持ってみようかなー」
彼がそうぼやくと、早速若い店員が品を勧めてくる。
「お客様は帽子は初めてでしょうか? でしたら、こちらなどは如何でしょう。男性向けの外出用で、古くからの人気の型です」
「ふーん、おいくら万円?」
「はい、五万パルスほど頂いております」
「ぬっ!?」
それは下級衛士の月給の半分だった。当然ながら神太郎には手が出せず。そんな彼の苦悶の表情に察してか、店員は別の物を出してくれた。……が、
「お気に召しませんでしたか。それならば、こちらは如何でしょう? 今年の新作で十万になります」
「ぬおっ!?」
何故、値上がる!? と、神太郎は仰天してしまった。ただ、考えてみれば当たり前なのかもしれない。ここは最高級店で、ここに来る客は金に糸目を付けない富豪ばかり。値が高いものを勧めることこそが、お持て成しなのだ。この店の得意客であるアルサンシェ家に同行していたため、そっちの方向に気遣われたのだろう。尤も、これでもこの店では安物の部類に入るのだろうが……。
「しかし、随分商品が並んでるねー。その分、客も多いの?」
「はい、特に国外からのお客様が多くなっております。これも新宰相様が入国制限を緩和して下さったお陰でしょう。あのお方が政治に携わってからというものの、多くの経済支援策が採られ、我々商人は大助かりです」
「ああ、お陰で北門は大忙しだけどな」
世間話もそこそこに神太郎がクレハの方を見ると、彼女は別の店員から商品を紹介されていた。彼女の相手が初老店員だったのは、お得意様はベテランが担当する決まりだったからだろう。こういう店は、一見さんより固定客で成り立っているのだろうから当然か。
すると、クレハもその商品を神太郎に見せてくる。縁の広い女性向け帽子で、今夏用に新調したいとのこと。恐らく、神太郎が見ていたやつより遥かに値が高いことだろう。ただ……、
「ねぇ、これお義姉さまにどうかしら?」
どうやら千満用のものを選んでいるようだった。
「あれ? 自分の物を買うんじゃないのか?」
「それもあるけど、お義姉さまにも必要でしょう? だから一緒に来たかったのに。やっぱり本人に合わせないと感じが分からないわね。本当はオーダーメイドが良かったんだけど、魔軍七将襲来事件とかで国中が混乱したでしょう? だから受ける余裕がなかったらしくて……。もう、魔族って本当迷惑よねー」
魔族に対して然程危機感を得ていないのは、恵まれた貴族令嬢らしいところ。しかし、彼女は本当に千満のことが好きなようだ。
「出来合いの物でお義姉さまは満足して下さるかしら? 心配だわ」
「姉ちゃんは別に拘らんさ。家にある物でいいじゃないか?」
「そうそう、お義姉さまってそういうところがあって格好いいのよね。これはまだお義姉さまがアルサンシェ家に嫁ぐ前の話なんですけどね、あるパーティーで多くの令嬢が華やかなドレスを着ている中、お義姉さまだけは控え目な格好をしていたの。それを見たハインバイル侯爵家のアルサリアって子が『あら? 掃除婦かと思ったわ』って貶し、その取り巻きと一緒に嘲笑したのよ。すると、お義姉さまは全く怯みもせずこう言い返したの。『いいのよ、好きに笑ってくれて。それだけ豪勢に着飾れば、普段着の私とやっと肩を並べられるんだって喜んでいるんでしょう? 貴女たちは中身が伴っていないから、そうやって一生懸命外見を見繕わなきゃならないものね。本当、気の毒に思うわ。そもそも、いい家柄に生まれてしまったせいで、気品が足りなくても無理して振舞わなきゃならないんだものね。そういう努力は賞賛するわ。けれど、私にはそれが十分足りているから、他人を貶めて自分を保つ必要がないの。ハッキリ言って、貴女たちのことなんて全く興味ないわ。こうやって相手してあげてるのは、貴女たちのそのみすぼらしい嫉妬心を慰める慈善心からなの』って……」
「あの女は一に対して十は言い返すからな……。恨まれて暗殺者も送られてくるか。……ってか、よく覚えていたな、そんな長台詞」
「本当、人は外見でなく中身よね。お義姉さまはとても出来た方だわ。それでも、彼女には似合ったものを身に付けてもらいたいじゃない」
義妹としての愛情か。ならばと、神太郎はこう考えてみた。
「そうだなー。既製品しかないのなら、それを逆手にとって姉妹お揃いのを買ったらどうだ?」
それもまた愛情の表し方の一つだろう。その案に、クレハは堪らず彼の両手を握り締めてしまう。
「素敵……。流石、お義姉さまの弟さん」
またまた賞賛のクレハ。何か目的と真逆のことをしてしまったような気もする神太郎だったが、取り敢えず良しとする。




