8-4 S級暗殺者、最初の依頼④
勢いよく農小屋から飛び出した又四郎。彼は格好良く着地を決めると、見得を切りながら豚野郎に宣戦布告。
「おい、豚野郎! このS級モンスターハンター三好又四郎様が来たからには、もう好き勝手にはさせないぞ。覚悟しろ!」
片や、相手もそれに応じた。食事の邪魔をされたからか、鼻息を荒くして又四郎を睨み、牙を向ける。そして問答無用に突撃した!
一トンを超える巨体の突進。あらゆるものを粉砕するかの如く目の前の小兵へと向かっていく!
されど、所詮は獣。当たらなければどうということはない。余裕を見せる又四郎は、敢えて当たる寸でまで待ってから華麗に回避してみせた。
「ははは、正に猪突猛進だな」
宙に飛び上がると、走り抜けていく猪の背中を見ながら高笑い。
……ただ、
「あ」
その猪突猛進が農小屋に命中すると、その笑みも消えてしまうのだが……。
神太郎とモネ婆さんがいた小屋は、見事なまでに粉砕粉々。跡形もなく消え去り、辺りに残骸が飛び散ってしまっていた。
そして、その中から飛び出てきたのは、ガーフボアとそれに追われるモネ婆さんを抱えた神太郎。いつの間にか標的が移り替わってしまっていた。
「このドアホウ! S級っていうぐらいなら周りのことを考えて戦え!」
駆ける神太郎のお叱りに、着地した又四郎も「やっべ~」と頭をかきながら反省する始末。
しかし、兄の言う通りである。又四郎もS級を名乗るからにはと気を入れ直した。Uターンして戻ってきた神太郎がガーフボアを連れてくると、改めて拳を構える。
「いいか、又四郎。綺麗に仕留めろよ。もしバラバラにして血肉が畑に飛び散ったら、野菜が売り物にならなくなるからな」
「おう!」
S級ならそのぐらい容易くこなしてみせなければ。又四郎は走ってきた神太郎とバトンタッチするかのように擦れ違うと、今度は自らがガーフボアに突撃した。
地を這うように駆け、相手の眼前まで迫ると上に飛び上がる。その変化はガーフボアの動体視力では到底追いつけず。こうして敵を戸惑わせると、その無防備な背中を斬りつけた。
それを成したのは、又四郎が取り出した刃渡り十センチほどのナイフ。ガーフボアの周りを駆け回りながら、その巨体に何度も何度も刃を突き立てている。
「オラ、オラ、オラ!」
斬っては走って、斬っては走って、斬っては走って、斬っては走って……。又四郎の一方的なヒットアンドアウェイ戦法にガーフボアは手も足も出ない。また、又四郎にとってもお気に入りの戦法のようでノリノリだった。
だからか、気づいていなかった。ナイフの刃がガーフボアの皮膚に全く通じていなかったことに。
「げっ!?」
そのことに察知したのは、背中を突いた刃が遂に折れてしまった時だった。欠けた刃に気を取られつい足を止めてしまうと、ガーフボアの頭突きをまともに食らい空高く舞い上がってしまった。何十メートルもの上空で弧を描く。
その無様ぶりに兄はガッカリ。足元に叩きつけられた弟に苦言を呈する。
「なーにやってんだ、お前は。フライ級ボクサーみたいにちょこまかと突いて……」
「俺は暗殺者なんだよ。暗殺者らしい戦い方をしなくちゃ!」
ナイフを得物にしているのは暗殺者らしくするためだが、大きな獣相手には不適切。それは本人も分かっているようだが、患っている中二病のせいで認められないでいた。
「暗殺者なら嬲る真似なんかせずスパッと一瞬で決めろ」
「けどさ……」
「マリィがもってきてくれた仕事だろう? 無様な戦いをして彼女の顔に泥を塗る気か。嫌われるぞ。フラれるぞ。俺が寝取るぞ」
「やめろぉぉぉ! 脳が破壊されるぅ!」
「なら、真面目にやれ」
「うぅ……ひっでー兄貴だ」
自分のスタイルと恋人を天秤にかければ、どちらが重いかは明白。又四郎は持っていたナイフを放り投げると、徒手空拳でガーフボアに立ち向かう。
一方、ガーフボアも怒りのボルテージを最大まで上げていた。目は血走り、口からは涎が垂れている。巨大な鼻からは蒸気の如く息が噴き出ていた。
そして突撃! 怒声を上げながら又四郎へと襲い掛かる。先とは違い今度の突撃は十分な助走距離があり、それから生み出される破壊力は煉瓦の一軒家すら崩壊させるものだろう。されど、モンスターハンターに怯みはない。
彼は重心を落として構えると、右手に気を集中した。
迫るガーフボア。
不動の又四郎。
そして、圏に入ると互いに必殺を放つ。
ガーフボアの破壊の頭突き。それが又四郎の眼前まで迫った間際、彼は右手を手刀にして放った。
上から振り下ろす斧が獣の脳天を捉える。
頭突きを行うそこはガーフボアにとって最も強固な箇所。それを……それ以上の力で砕いた。
一瞬にして一撃……。
ガーフボアは目、鼻、口と穴という穴から血が噴き出し、次いでその巨体を転倒させる。その後はピクリともせず……。即死である。
軍配は又四郎に上がった。
「ふぅ~」
お見事。彼が残心をとると、神太郎は微笑みの拍手を送った。
「やれば出来るじゃないか」
「暗殺者からは程遠い戦い方だったけどな」
不服そうな又四郎。ただ、モネ婆さんの感想は違う。
「驚いたわ~、又四郎くん」
「ん?」
「最初は少し頼りなさそうに見えたんだけど、あんな大きな怪物をいとも簡単に退治しちゃうなんて。マリィちゃんが言っていた通り、頼れる男ね~」
「そ、そうかい?」
モネ婆さんから素直に褒められると、又四郎は少し照れ臭くなってしまった。
しかも、彼女だけではない。遠くから見ていた農家たちも集まってきて感謝を述べる。
「いや~。見てたよ。凄いなー、ガーフボアをやっつけちまうなんて」
「ウチの畑もこの間やられちまってさ。ムカムカしてたんだが、今日はスカッとしたぜ」
「流石、勇者の息子だ。俺たち農家の救世主だよ」
賞賛。礼賛。絶賛。
それは彼が求めていたマフィアのボスへの敬意とは少し違うものであったが、それでも間違いなく心からの敬慕である。
「い、いや、まぁーね。ははは」
それを人生初めて浴びせられた又四郎は、馴れなさと恥ずかしさでついぎこちなく笑ってしまう。
けれど、悪くはない。
いや、心地がいい。
人々の温かい言葉が彼の心を小躍りさせる。
「又四郎くん、これからも困ったことがあったら頼めるかい?」
「勿論。猪だろうが熊だろうが、俺に任せてくれ。皆が困っていたらすぐに駆けつけるよ」
他人に必要とされること。それこそが小心者なオタクの又四郎にとって、異世界に来て最も望んでいたものかもしれない。
こうして少年は兄の温かい眼差しの下、また一つ大人に近づいたのであった。
因みに、このガーフボア退治は田畑を護ることの他に、もう一つ幸をもたらすことになる。
後日、トトリ飯店ではこれまでにない賑わいを見せていた。店内は満席で、外では店に入れない客が行列が成している。
それは新しい名物が生まれたからだ。
神太郎もそれを味わうために席で待っている。
「お兄さん、お待ちどうさまー」
マリィが自身満々に持ってきた名物。それはカツ丼。見た感じ、以前食べたものと同じであるが、神太郎が一口頬張ると堪らず瞠目。
「美味い! 前のよりずっと美味くなってる」
「でしょう? 大好評なのよ、ガーフボアの肉」
あの仕留めたガーフボアを食材にしたのだ。巨躯ゆえにその処分に困ったものの、試しに調理してみたら大当たり。今ではここの看板メニューになっていた。
「カツ丼に限らず、全ての豚肉料理に試してみたらドーンと美味くなってね。その評判が一気に広まったの」
「へー、あの猪デカかったから、しばらく品切れにはならなそうだしな」
「まぁな。しかもガーフボアは凶暴故に、その肉を手に入れられるのは俺だけ。つまり、王国で唯一食べられるのはこの店だけなのさ。その希少性もあって連日大行列よ」
更に又四郎もそう補足しながらやってきた。
しかし、この盛況振りには神太郎も感心が止まない。
「だけど、この繁盛振りは本当に凄いな。商才があるかはともかく、これは又四郎によるものだ。S級暗殺者じゃなくてS級商人になったらどうだ?」
「商人!? いやだよ。商人って弱そうなイメージじゃん」
「そんなことはない。マリィも商人になってもらった方が嬉しいよな?」
「そうね。トトリ飯店に腰を据えてくれると私も嬉しいな」
「す、す、す、据えるっ!?」
又四郎、大驚愕。
腰を据える……。突き詰めれば店に長くいて欲しいということ。更に突き詰めれば店を継いで欲しいということ。更に更に突き詰めれば自分と一緒になって欲しいということ。
つまり、結婚して欲しいということ!
思春期の少年はそう導くと、興奮のあまり顔を赤らめて………………その場に卒倒した。
慌てて彼を介護するマリィと、何故倒れた? と呆気に取られる神太郎。
「なんちゅー小心者だ。コイツに暗殺者なんて絶対無理だろ」
兄は、弟のあまりの肝の小ささに将来が心配になるのであった。
―S級暗殺者、最初の依頼・完―
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