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7-1 踊る乙女①

 この一週間、北門はどこか落ち着いた雰囲気が漂っていた。いや、活気がなかったと言うべきか。従事している門番たちもどことなく大人しい。だが、それもあの男が帰ってくるまでのこと。


「ハッハー、神太郎様のお帰りだー! お前ら、元気だったか!?」


 神太郎が北門に現れると、同僚たちは皆その帰還を歓迎した。


「おー、戻ってきたな、神太郎」


「どうだ? 随分としごかれたんじゃないか?」


「よく一週間も持ったな。俺は三日で逃げ出すと思ってたぜ」


 快く彼を迎える笑顔の仲間たち。


 ……否、一人だけ違った。それは遠く執務室の窓からその様子を見下ろしているルメシア。生気を失ったジト目で彼を見つめていた。その心中は、何とも形容しがたいどず黒いもので満たされている。


 それは、神太郎が彼女に帰還の挨拶にやって来ても変わりはしなかった。


「おーい、帰ってきたぞ~、ルメシア。寂しがっていなかったか?」


 いつものように無作法に執務室に入ってくる神太郎。それだけで、彼の勤務態度更正が失敗に終わったと分からせてくれた。だが、今はそんなことはどうでもいい。窓の外を眺めているルメシアは、彼に一瞥もしなかった。神太郎も違和感を覚える。


「どうしたん?」


「……」


「ルメシア?」


「……」


「?」


「……」


「……」


 無視するルメシア。その胸中が素直に応えることを拒んでいたのだ。それに、この男に何て言うかも迷っている。


 彼女の中のどす黒いもの。それは勿論ユリーシャとのことだが、そのことを率直に口にするのははばかられる感じもする。見っともない嫉妬に思われるだろう。だから、ルメシアは言葉を慎重に選んでいた。


 そして決する。


「神太郎、貴方に言っておく……」


 彼女はやっと振り向き、神太郎を見た。いや、睨んだ。冷たい眼差しで。


 が……、


「あれ?」


 既にいなかった。待たせ過ぎたのか? しかし、だからとてここで去ってしまう彼は実に大物である。ルメシアは慌てるも、もう遅し。


「ちょっと神太郎? 神太郎ぉ!? 戻ってきなさーい!」


 結局その後、二人っきりになるタイミングは得られず、彼と話すことは出来なかったのであった。




 しかも悪いことに、翌日は二人とも休日だった。神太郎に会うことすら叶わない。住まいであるケルヴェイン公爵家の自室に篭るルメシアは、その悶々《もんもん》とした気持ちを膨らませていく。


 ソファに座って本を読みながら悶々……。


 庭先のガーデンテーブルで茶を嗜みながら悶々……。


 ベッドに寝転がって天井を眺めながら悶々……。


 鏡で自分の顔を見ながら悶々……。


 ルメシアは苦悩していた。納得出来なかったのだ。何故、たった一週間の付き合いのユリーシャが神太郎の家でお泊り出来たのか……。長い間上司だった自分は、家にすら行ったことがないのに。


 圧倒的敗北感。門番としての評価でも負け、そして神太郎との距離でも負けた。同じ衛長、同じ公爵令嬢なのに、この差は一体なんだというのだ。


「おかしい……。絶対おかしい」


 鏡の自分を見つめてぼやくルメシア。その不条理がとてつもなく憎らしかった。


 ……。


 ……。


 ……その末、


「しんたろぉ……」


 彼女はその怒りを張本人にぶつけることにした。




 平民が多く暮らす下町住宅街。その中にある二階建て賃貸住宅の上の階が、神太郎の住まいである。その家の前に、下町に相応しくない豪勢な馬車が止まった。車体にはケルヴェイン公爵家の紋章。下車したのはその令嬢ルメシア。彼女は御者に帰るよう命じると、二階への階段を上った。


 年頃の女性が一人で男性の家に臨む。淑女として大事に育てられてきた彼女にとっては、それは一世一代のイベントである。


「ふぅ……」


 玄関前で深呼吸をする淑女。胸の鼓動は高鳴り、羞恥心が引き返すことを望んでくる。しかし、どす黒いものを解消するにはこれしかない。


 少女は意を決すると、その戸を開く。


 そして、その目に入ってきたのは……、



 短鞭を持って悠々とベッドに腰掛けた神太郎と……、



 その前にしゃがんだ猫耳バンドと首輪を付けた少女だった。



「……」


「……」


「……」


 沈黙。


 硬直。


 三人は時間が止まったかのように見つめ合った。


 理解出来ない光景にルメシアは閉口し、予想外の来客に神太郎は閉口し、あまりの恥ずかしさに少女は閉口する。


 やがて、最初に動いたのは少女だった。彼女は神太郎から短鞭を奪い取ると、それで彼をしばく! しばく! しばく! しばく! しばく! しばく! しばく! しばく!


「ち、ちょっと待て、リエール! マジで誰も来る予定なかったんだよ!」


 神太郎の言い訳も通じず、彼女は顔を真っ赤にして殴り続ける。最後には、付けていた猫耳と首輪を投げ捨て、家を出て行ってしまった。


 取り残された二人はまた沈黙……。


 いや……、


「「おい、ちょっと!」」


 二人同時に相手を怒鳴った。そのまま、まずはルメシアから。


「今の女は誰よ? 何していたのよ!?」


「東門の同僚だよ。街で偶然会ったから遊んでたんだよ」


如何いかがわしいことをしようとしてたでしょう!」


「如何わしいのはお前だろうが、ルメシア!」


「っ!?」


 思い掛けない反論に、ルメシアは困惑。だが、神太郎の怒りは収まらない。


「まず、お前が代わりにその猫耳と首輪を付けろ。でなければ帰れ」


「はぁ!?」


「人の楽しみを邪魔した責任を取れ。責任を取れない上司なら、そんなものはいらない。俺は北門を辞める」


 冗談ではないと戸惑う美人上司。だが、神太郎の本気度も感じ取れた。彼は北門に固執していない。


 とにかく、ルメシアがここに来た目的は神太郎と話すことだ。そのためにも、ここはその条件を飲むべきだろう。


「く、屈辱……」


 彼女はそれらを手に取ると、渋々自ら付けるのであった。

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