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6-2 彼女たちの感謝②

 神太郎らが赴いたのは、先ほどと打って変わって庶民向けの小さな居酒屋。煉瓦れんが造りの西洋風の建物だが、店内の雰囲気は日本的なものを感じさせた。メニューもこの国の主流から離れた和風風味。カウンター席に腰掛けると、四人は早速和酒で口直しをした。


「こういうところ初めてなのよね。興味はあったんだけど」


 周りを見渡しながら言うユリーシャ。乱雑でごった返した店内は、彼女にとって新鮮さを感じさせるものだった。喜んでくれているなら、ここを提案した神太郎にとっても嬉しいところ。因みに、この世界では飲酒の年齢制限はない。新鮮な水を手軽に手に入れられるわけではないからだ。


 すると、ジルストが酒をすすりながら言う。


「しかし、本当に凄かったな、神太郎のあの強さっぷりは。俺たちとは格が違う。勇者の息子は伊達ではないってことか」


「親父と関係あるのかね」


「ただ、確かにあんな強さを見せられたら、皆お前に頼ってしまうよな。そして、それがお前の負担になる。俺はお前のその控えめな生き方を尊重するよ」


「サンキュー」


 彼の気遣いに神太郎は感謝。……が、


「いや、私は気に食わない。アンタ、本当にサボってばっか」


 それに異論を唱えたのはリエール。


「あんな力があるなら、もっと活用しなさいよ。アンタの力があれば、もっと多くの人を救うことが出来る。なのに、勿体振もったいぶって隠してさ……。普段は下級衛士のふりをしているけど、実はこんなに強かったんでーすって……。カッコいいと思ってるの? ダサ過ぎよ、ダサ! アンタ、実は強いから私たちのことも見下していたんでしょう。だから、勤務も真面目にやらない。本当、異世界転生者ってのは性格悪いのね。人として終わってるわ」


 彼女は卵焼きをついばみながら不満を吐き出した。神太郎もまたそれに理解を示すが……。


「言いたいことは分かるが、俺は普通の一般市民として生きていきたいんだ」


「アンタなら魔族だって倒せるわよ! 人間界を救いたいと思わないの!? 救うべきよ! それだけの力があるのなら」


「そう言われるのが嫌だから、一介の衛士に徹してるんだよ」


 そのやり取りを見て、ジルストも彼が力を見せびらかさない理由に改めて納得した。


 それからしばらくリエールの絶え間ない愚痴が神太郎を襲う。


「あのねー、私のことちっちゃいって言ってるけど、私だって好きでちっちゃいわけじゃないのよー」


「はい」


「まだ十五歳なのよ、十五歳。ちっちゃいのは当たり前でしょう」


「はい」


「そりゃ、大きい人もいるよ? ユリーシャ様だって、その時には既に大きかったし……。でもね、ちっちゃいことは別に悪いってことじゃないでしょ?」


「はい」


「ちっちゃい方がいいこともあるでしょ?」


「はい」


「分かるぅ~!?」


「はい」


 馴れない和酒を飲んだからか、リエールは実に酔っていた。隣の神太郎を何度も突っつき、身体を持たれかけさせては、酌をさせる。


 そして最後には、こう言って眠りけてしまった。


「それと神太郎」


「はい」


「……助けてくれて、ありがとう」


「……ああ」


 彼女が二次会に参加したのは、それが言いたかったからだろう。酒の力が必要だったのだ。自分に身を預けてくるリエールに、神太郎は快く肩を貸す。


「恥ずかしかったのね」


 そう微笑ましそうに言ったのは、神太郎の逆隣のユリーシャ。


「私も改めてお礼を言わせて、神太郎。貴方には救われたわ」


「さっきも言ったろう。自分の仕事をしただけだ」


「ううん、それだけじゃない。あの時、神太郎は私を信じて一人にしてくれた……」


 そして、彼女は心内を明かす。


「気付いていると思うけど、四つの門のトップである衛長というのは名誉職なの。いえ、名誉職というより既得権益ね。各衛長はそれぞれの上流の貴族の家が世襲で独占しているのよ。だから、それに就くのは言わばお飾り……。でも、私もルメシアもそれを良しとせず、本気で務めに取り組んでいた。国を護ろうと命を懸けていたの」


「……」


「でも、実際は保護される立場だった。危険なことをするのは許されず、部下たちに気遣われるばかり。国を護るべきなのに、護られる側だった。けれど、神太郎だけは私に戦うことを認めてくれた。それが嬉しくて……。あの戦いの後、やっと一人前の門番になれたと思った」


 それは望みに望んできた彼女の夢。


「だから、本当にありがとう」


 そう感謝するユリーシャの笑みは、今までで最も美しいものだった。


 その夢に神太郎も共感する。


「自分が望むように生きる……。本当、難しいよな」


 転生とは即ち人生をやり直すこと。望む生き方を貫かねば意味はない。




 夜も遅くなり、二次会もお開きとなる。店を出た四人だったが、特に女性陣はかなり酔っているよう。ユリーシャは足元が危うく、リエールに至っては眠り扱けたまま。仕方がないので男性陣が送ることになった。


「またな、神太郎」


「おう」


 リエールを背負ったジルストと別れを告げる神太郎。次いで、彼は足元の危ういユリーシャを抱え歩き出す。


「さぁ、帰るぞ、ユリーシャ」


「は~い?」


 酔いのせいか、これまでにない上機嫌な返事の彼女。頬は紅く、目は据わっている。彼女もそのうち眠ってしまいそうだ。その前に家に届けなければ。


「で、お前の家はどこだ?」


「えーと………………どこでしたっけ?」


「……どこでした?」


「どこでしたでしょうね?」


「どこかな?」


「どこ~……」


「……」


「……」


「……」


「……どこでもいいや」


「……はい」


 もう意思疎通も叶わない。神太郎もまた彼女を背負うことになる。


「はぁ、仕方ないか」


 彼が選べる選択肢はもう一つしかなかった。




 翌朝。いや、もう昼と言ってもいいかもしれない。この時間になってユリーシャはやっと目が覚めた。


 ゆっくり上体を起こし、ゆっくり辺りを見回す。


「……あれ?」


 だが、その目に入ってきたのは、見慣れぬ粗末な部屋と家具たち。今寝ているベッドも彼女に似つかわしくない安物だった。何故? と働かぬ頭で考えるも、当然答えなど出てこない。しばらくボケッとしてしまった。


「おう、やっと起きたか」


 すると彼が声を掛けてきた。


「しんたろ……?」


 神太郎である。ソファに座って本を読んでいた。


「もう昼近いぞ。今日が休日で良かったな」


「え? ここは?」


「俺の家だ」


「家? ……あっ!?」


 「何故、貴方の家に?」と質問しそうになったユリーシャだったが、その前にもっととんでもないことに気付く。自分は下着姿だったのだ。慌てて毛布で身を隠した。


「何で脱いでるの!?」


「それは俺が訊きたいわ。ベッドに寝かせたら、自分で脱ぎ始めたんだろう」


 ユリーシャは思い返す。正直全く覚えていないのだが、彼女は普段から薄着で寝るようにしている。有り得なくはなかった。


 困惑の乙女。自分の顔が真っ赤になっていくのを感じる。


「さて、それじゃ朝飯買ってくるわ。ゆっくりしてろ」


 ただ、気を遣ってくれてか、神太郎は部屋を出て行ってくれた。しかし、もう手遅れ。間違いなくバッチリと全てを見られているはず。これでは、もう嫁には行けない。


 ユリーシャは毛布を頭に被ると、再びベッドの中に潜るのであった。



―彼女たちの感謝・完―

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