6-1 彼女たちの感謝①
魔獣侵入事件以降、神太郎の東門での評価は一転した。落ちこぼれの彼に距離を置いていた衛士たちも、今では気さくに話し掛けている。居心地も俄然良くなり、無事最終日を迎えることが出来た。
ただ、あのちっちゃい上司のお叱りは収まることを知らなかったが。
「こら、神太郎。貴様、またサボって!」
リエールは警備をしている神太郎の尻を短鞭で叩きながら言った。いくら救い主と言えど、仕事中に槍の石突で地面に絵を描いているのは許されないらしい。
「最終日くらい大目に見ろよ、リエール」
「最終日くらい真面目に働け。全く……。仕事が終わらなきゃ送別会が出来ないわよ」
「送別会?」
「東衛長があの事件の礼も込めて、お前のお別れ会をしようと提案されたんだ」
そう教えてくれたのは、続いてやってきたジルスト。彼はあの事件による負傷で頭に包帯を巻いていた。
「ほー、そりゃありがたい。けど、大丈夫か? 怪我人も多いし、無理して会を開いてもらうより安静にしてもらった方が……」
「治療魔術を受けているから見た目ほど酷くはない。命を救われたんだ。礼ぐらいさせてくれ」
流石、礼儀に厳しい東門である。神太郎はその心遣いをありがたく受け取ることにした。
送別会の会場は、貴族向けの高級料亭。夜勤などの業務は残っているので全員参加というわけにはいかなかったが、あの事件の当事者は皆参加していた。
早速、上座のユリーシャが挨拶をする。
「衛士諸君、あの夜は本当によく頑張ってくれたわ。死者も出ず、市民たちに被害も及ぼさなかったのは、偏に皆の懸命な働きがあってこそ。東衛長として貴方たちを誇りに思うわ。王国からも感状を頂き、宰相閣下からも直々にお褒めの言葉も頂戴しました。そして、この中でも最も素晴らしい働きをしたのが、今日の主役。彼がいたからこそ、こうやって皆で卓を囲むことが出来るのです。……神太郎、私たちを救ってくれて本当にありがとう」
彼女が隣の神太郎へそう感謝を述べると、自然と拍手が沸き起こる。彼はそれを謹んで受け取った。心からの感謝の前では彼もふざけることはしない。
「さぁ、彼の今後の活躍と健勝を祈って……乾杯」
また、その日本的な挨拶に懐かしさも覚えた。尤も、前の世界ではこんな会に参加したことはないのだが。
それから参加者たちは思い思いに飲んで歓談した。
そんな中、一人の衛士が神太郎に話を振る。
「しかし大活躍だったな、神太郎。あれなら王国からも豪勢な褒美を貰えただろう。何を頂いたんだ? 金か? それとも宝物?」
「いや、俺の働きは伝えていない」
「え? 本当ですか?」
衛士がユリーシャに問うと彼女も肯定と頷く。
「ええ、今回の事件について個人の名前は挙げていません。本人の希望で」
それには皆驚いた。
「あれほどの活躍をしたのに? 実質、お前一人で退治したんだぞ?」
「何故だ!?」
「あんな功績を挙げたのに、勿体ない」
「証言者はここにたくさんいる。今からでも報告しろよ」
神太郎に適切な褒賞が与えられることを望む同僚たち。彼らの善意に神太郎も感謝する。しかし……。
「いや、あまり目立ちたくないんだよ」
「目立ちたくないって……」
「目立てば目立つほど、周りは俺に期待する。そうなると、俺もその期待に応えなくてはならなくなる。そういうストレスを抱えたくないんだ。気楽に生きたいのさ」
「成る程な……。言いたいことは分かるよ」
彼の生き方に、同僚たちも理解は示してくれた。
「それに、俺は別に特別なことはしていない。ただ、門番としての義務を果たしただけだ。お前たちと同じようにな」
そして、神太郎がそう気遣いの言葉を口にすると、無力な自分を責めていた者も心を救われた思いがした。
「けど、やっぱり勿体なく感じるなー。もし報告していたら、お前、間違いなく上級衛士になれていたぞ」
「上級に? ……ってことは、リエールの上司になれたわけか。あー、今まで扱かれた分、扱き返すのもありだったなー」
その神太郎の冗談に、リエール以外は爆笑。
「はぁ!? アンタが扱かれたのは自分のサボりが原因でしょうが! 全く信じられない! アンタが上司になったら辞めてやるわよ」
次いで、本人によるツッコミで更に笑いが起こった。
盛り上がる送別会。神太郎が何かを喋る度に笑いが起こり、喜びを共有する。その後、店前での解散の際も同僚たちはこう別れを告げた。
「おい、神太郎。北門をクビになったらウチに戻って来いよ。皆、歓迎するぞ」
それに手を挙げて応える神太郎。居心地が悪かった職場も、今では名残惜しいか。
さて、送別会は無事終わった。だが、物足りなさもある。神太郎が二次会を提案すると、ユリーシャ、ジルスト、そして渋々ながらリエールも承諾するのだった。




