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5-3 闇夜の東門③

 それは遠くから伺っていた新人の神太郎にも感じ取れた。


「確かに知能は高いみたいだな」


 こちらが策を使うように、あちらも策を使っている。しかし、相手の虚を衝くために伏兵まで用意する知能があるとは。獣という言葉が相手の実力を甘く見させたか。


「皆!」


 危機を感じ取ったユリーシャが助けに飛び出そうとする。だが、神太郎が腕を掴んで止めた。


「お前が行っても状況は変わらないだろう。危険だ。公爵家の人間を死なせたら不味いんだろう? 寧ろ、今のうちに逃げた方が周りとしてもありがたいんじゃないか?」


「そんなの関係ない! 彼らは私の部下よ。それを護るのが私の義務だし、見捨てるなんて出来やしない!」


「ジルストは俺にお前の警護を命じたが、俺自身もそれには同意だ。トップを護るのは組織のあり方として正しい。アイツらは替えの利く衛士。対して、お前は貴族の中の貴族、公爵家出身の東衛長。国にとっても重要人物だ。ここは必死に戦っているアイツらのためにも生き延びて、王国軍に救援要請をする方がいいんじゃないか?」


「国やお父様は私の心配ばかりするけど、私だって戦えるのよ! 東衛長をしているのは名誉が欲しかったからじゃない。この国を護りたかったからよ!」


 そう叫ぶ彼女に怖気や迷いは感じられなかった。勝てぬと分かっていても仲間を見捨てられない。そこにあったのは、美しい慈愛と動じぬ勇敢さだった。


 魔族の軍勢相手に一人で立ちはだかったルメシアの矜持と同じものである。


 ……ならば、神太郎もそれに応えてやらねばなるまい。


 魔獣の巨大な足に踏み潰されるジルストに、両手で握り締められるリエール。そして、蹂躙される衛士たち。その無残な光景を背にして、彼はユリーシャにこう問うた。


「お前の覚悟を信じていいか?」


「っ!」


「本当に命を懸けられるか?」


 突然の問い。


「ええ!」


 それにユリーシャは勇ましく頷いてみせた。


「よし、十秒だけ持ち堪えろ」


 その決意を背負い、神太郎は飛び出す!


 それは俊敏な獣よりも速く、豪腕の獣よりも重い。超高速で接近した神太郎が放った膝蹴りは、一匹のバットリアの無防備な顔面に打ち込まれた。


 牙は圧し折れ、目玉は飛び出し、頭は半壊する。一瞬で即死した獣は城壁の外へ崩れ落ち、踏んでいたジルストを解放した。


 その異常事態にもう一匹が気付く。と、同時に、その両腕は神太郎の手刀によって切り落とされ、掴んでいたリエールを奪い返されていた。そして、呆然とする暇すら与えられず、鉄拳がその額に打ち込まれ絶命させられた。


 疾風迅雷しっぷうじんらいの一撃必殺。ジルストたちが死を覚悟した相手を、僅か七秒で片付けた。その圧倒ぶりに助けられた彼らは、礼すら言えずただ目を丸くするだけ。


 神太郎が早々に出張っていれば易々と片付く相手。なのに、彼が今まで動かなかったのは出し惜しみをしていたわけでも、ジルストの指示に馬鹿正直に従っていたわけでもない。動けなかったのだ。


 何故なら、未だ隠れているバットリアが彼女を狙っている可能性が高かったから。


「ユリーシャ!」


 バットリアたちは、ここ数日こちらの様子を見ているだけだった。それは人間たちを観察していたから。その結果、獣たちはこちらのトップがユリーシャであることを看破かんぱしたのである。群れで生きる生物故に、群れのトップを狙う策は容易に発想出来た。


 そして護衛である神太郎が動いたのと同時に、その策を実行に移したのである。


 真後ろから奇襲されていたユリーシャは、咄嗟に掌を敵に向けた。しかし、彼女の《レイフィッシュ》では止められないだろう。だから、この魔術を使う。


「《ブライト》!」


 閃光弾魔術がバットリアの目の前で炸裂した。眩い光が視力を奪い、獣が放った爪が彼女の服を切り裂くだけで空振ってしまう。


 一方、ユリーシャの方は魔術で目を護ってある。しかめる獣の顔に狙いを定め、《レイフィッシュ》を打ち込んだ。顔面なら流石に効果はあるはず。


 実際あった。だから、獣は憤怒を表し、再び巨大な爪を振り下ろした。彼女は即座に防御魔術で円状の光のシールドを作り、それを受け止める。だが、獣側も諦めない。そのまま上から押し潰すことを選んだ。


「くぅ!」


 蛮力がユリーシャを地面に圧していく。彼女も《アッバーム》で身体を強化しているが、全く足りていない。死は近かった。


 それでも彼女に観念や屈服などなかった。その華奢な身体を支えているのは、国民を護る門番としての矜持。


 それに彼の言葉だ。



 そして、十秒が経った。



 突如、吹っ飛ぶバットリアの巨体。それを成したのは勿論あの男。ユリーシャから獣を飛び蹴りで強引に引き離した神太郎は、この獣に対しては執拗の乱打を打ち込んだ。可愛い上司に手をかけようとした罰である。


 一発で肉が裂け、一発で骨が折れ、一発で臓物が破裂し、一発で絶命する。神太郎の拳は何人にも無事を許さない。この獣にとって幸運だったのは、初手の一撃で既に落命していたことだろう。


 瞬殺。それがむくろになっても、神太郎は殺意を収めなかった。


 普段は姿勢を正すことも出来ない男が、害悪を前にして初めて見せる直立した姿。これほど頼もしく感じさせた立ち姿は、ユリーシャも初めてだった。つい見惚れてしまうほどに。


「大丈夫か?」


 再び彼女に問う神太郎。


「うん」


 それにユリーシャは今度は笑顔で頷いてみせた。


 ただ、神太郎の方に笑顔はない。真剣な表情のままだ。何故なら、覚えているから。獣は全部で四匹だということを。


「あそこを!」


 負傷したリエールが必死に指を差した。その指の先は城壁内。最後の一匹が、この騒ぎに乗じて既に壁を越えて住宅地へ向かっていたのだ。たった一匹でも侵入を許せば、市民の被害は数十、いや数百に上るだろう。


「神太郎、止めて!」


 ユリーシャは懇願するように神太郎に振り向いた。


 ……が、彼はいなかった。


 何故なら、既にその獣の前に立ち塞がっていたから。


「ウグっ!?」


 突然目の前に現れた神太郎に、バットリアも困惑を隠せず。


「おい、エテ公。あまりウチの可愛い上司を困らせるなよ」


「グルルル……」


「ここは夜間通行禁止。下手に知恵があるくせに、ルールは理解出来ないのかよ」


「グウウウ!」


「ここは通さない」


「グアアアアアアアアア!」


 バットリア、突進! いや、そう見せかけての遁走。一縷いちるの望みを掛けて、神太郎を掠めることでたじろかせ、その隙に住宅街に逃げ込もうとしたのだ。


 だが、擦れ違った瞬間……、


 獣は細切れになった。


「言っただろう。ここは通さないと」


 彼いる所、すなわち鉄壁。


「俺は門番だからな」



 神太郎は己の務めを果たした。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 湧き上がる歓声。厳格で名高い東門衛士たちも、この時は感情を露にしてしまった。彗星の如く現れた救い主に賛辞を送る。


 雄叫びを上げるジルスト。


 泣き顔のような笑みを浮かべるリエール。


 そして、見惚れるユリーシャ。


 喝采を一身に受ける神太郎は、そんな彼らに手を挙げて応える。


「落ちこぼれの新人が、一夜にして英雄。これぞ、異世界転生の醍醐味ってやつだな。又四郎の奴なら大喜びだろうが……」


 ただ、彼の場合は苦笑せざるを得なかった。


 何故なら……、


「これはちょっと恥ずかしいな」


 神太郎にも羞恥心というものがあったのだ。



―闇夜の東門・完―

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