4、隠されたオプション
「あれも記録されているものなのかい?」
『ええ。一応、人間の肉眼で見ることができるのかは要確認、とされていますが』
なるほど。調査は事前に色々と行われていても、人間がこの惑星上に来たのは初めてということに違いはないらしい。
では早速。
「外に出るのに障害はある?」
天気も良好、大気の成分も地球に似ているそうだけれど、他にも考え得る危険はいくらでもある。
『いいえ。毒虫や野生の獣の気配、植物から発生する毒素やガスも検出されていません。少なくとも半径一キロメートル以内は安全です』
ならば、まずは第一歩。
準備したコートにリュックサックと鞄という姿で、船に乗り込んだ際の逆順を辿る。エレベーターは一週間の生活でも使わなかったので、乗るのは二回目。
エレベーターを降りて出口へ着くと、ドアがスライドしてラダーが下りる。周りは岩と岩山、地面も岩肌だ。多少は凹凸があり、底が厚めのブーツを選んできてよかったな、と思う。
「では、未知の惑星への第一歩」
ラダーを降りると、大地へ踏み出す。
確かな感触が足の裏に伝わる。ただ、少しだけ身体が軽いように感じる、地球に比べて重力が小さいためか。荷物も思ったより重くない。
見上げると、空にはあの城が見える。カメラのレンズを通さなくても見えているということが確認できた。
呼吸にも不自由はない――と深呼吸していると岩山の向こうに木々が見え、その手前には青緑の光沢がある蝶々らしきものが飛んでいる。
気になる。あの蝶はどういう生態か。あの木々は。
しかし端から調べていると日が暮れる。まずはやるべきことをやらねば。
「オプションがどうとかあったね。それはこの近くに?」
他に誰もいない宇宙船内では声に出して会話していたけれど未知の場所ではもう少し慎重にならなければいけないと思う。ボクは声に出さず、頭の中でAIに伝えた。自分の喉に向かって話しかけているようなイメージだ。
『オプションは正面方向へ二〇〇メートルほど行った先にあります』
頭の中に響く声に従い、真っ直ぐ歩き――
十歩くらい岩場を行ってから振り返る。
これは、上手く擬態したというか、もともとそのつもりで機体の色を塗ったのかもしれない。間近に来て見なければ、宇宙船だなんてわからないだろう。
となると、オプションとやらも何かに擬態しているかも。ボクは周りを注意深く……とはいえ、トランスは情報を与えられているだろうし見逃さないだろうが。
何度か岩と岩の間を抜けて岩場が途切れると、緑の緩やかな下り坂だ。できるだけ草の深くないところを探して進む。辺りは雑草と呼べそうな植物が生えているが、そもそも地球上でもそれらひとつひとつに名前はある。この無数に生えている草も独自の生命活動を行っているはず。
しかし目の前に次から次へと異星の植物も虫も迫る。坂を下りると木々や茂み、小高い丘のある林が広がっているし。
そう、本来の目的に集中せねば。
二〇〇メートルほど、と言っても草木でなかなか視界は通らない。木や茂みを迂回し、一瞬だけ枝に見えた縞模様の蔦や豆粒大の目玉に似た実を沢山実らせた木に注意を引かれたりしながら、辿り着いたのは小さな丘。
丘というのもおこがましいような、ちょっとした盛り上がり。車庫くらいの大きさ、いや、もっと小さいか。
『その向こう側にある石を外してください』
回り込むか、いや向こうは少し開けているから登って眺めてみようか、と考えていたところに響く声。この小山がオプションとやらの隠し場所か。
回り込んで向こう側の端を見ると、組み合った岩と石。真ん中に丸い石がはめ込まれているような形になっている。丸い石だけがいかにも色が他と違う。
ボクはグローブをした手で握拳大のそれをつかみ、手前に引いた。押し出す形でもいいかもしれないが、外すってことばだと、どちらかと言えば取り出す印象だな。
丸い石が手に収まると、サラサラと小山も岩も砂のような粉になって崩れ落ちていく。すべてが脆い石膏でできていたかのように。これは、なかなかインパクトのある演出。
それよりオプションとは何なのか。
粉になった外殻は風に吹き散らされ、中身にはかすり傷ひとつつけない。否、つけられるような素材ではないのかもしれないが。
つやつやの黒と灰色の外観は、この草木色の風景の中ではやたらと目立つ。装甲車、と呼ぶには大きさも形も一般車に近いが、車体が補強された特殊な車輌であることは素人目にもわかった。
『この宇宙船と強固なネットワークを確立させる、多機能軽装甲車です。化学分析、一部の工業製品の製造、多少の武装も搭載しています。中継機も三機、トランクに収納されています。この惑星上でのセンサー制限を受けての対応ですが』
トランスの声は、これまでより弾んで聞こえる。これは、新しいオモチャを見つけた子どものものを思い起こさせるような。
『起動用コードを入力しました。機能はすべて生きていますね』
フォン、と小さな音がした。
暗かった窓の向こうが淡い光で照らされる。電子機器に灯が入りエンジンがかかる。最近の車はエンジン音が静かなので軽い息づかいくらいの震動音しか耳に届かない。
『どうぞ、運転席へ』
トランスの操作でドアが開く。
ボクは席に乗り込み、荷物を助手席に置いた。昔ながらの右ハンドルだ。今時の自動車の多くは自動運転で運用されハンドルは収納式だが、緊急に使われるような車輌だとハンドルやアクセル、ブレーキはついている。
研究室の先輩に車のマニアがいたから見たことはあるものの、ボクは自動車免許なんてマニアックなものは当然持っていない。これでも、一般の多くの人よりは運転に関する知識はある方だけれど。
しかし、この車に関してはすべてトランス任せだ。
『飛行機能は備えていませんが、水をろ過することも空気中の水分から飲料水を取り出すこともできます。肉を切る、焼く、植物の成分解析……どうやら毒に当たる心配はいらないようですよ。それと、波のある海には向きませんがある程度の川や湖なら問題にならない程度の水上走行機能もありますよ』
多機能、とつくのは伊達ではないらしい。
「色々できるんだねえ。ボクなんて、雨風が防げて歩かなくていいだけで凄いオプションだ、と思ったくらいなのに」
『コビーはあなたの仕事に深い理解を示していたのでしょう。しかし唯一にして最大の懸念は本当にセンサー制限を突破できるかですね』
「確認できたわけじゃないんだ、それは」
『はい。宇宙船の探知機能は現在地の島の範囲内のみに届きます。この車輌が島の外に出た場合にネットワークを確立したままでいられるのか、確証がありません。既知の問題のため、通信手段や出力、種類を変更したり複数組み合わせることで回避しよう、という試みが提案されていますが』
ということは、車輛以上にボク自身とのリンクが途絶える可能性が高い。さらに車輌とのリンクが切れたら、ロクに動かせないこの車輌とボクだけ島の外に取り残される、という可能性もある。
「島を出るときは、慎重な判断が必要だろうね」
正直、勘弁してもらいたい。ずっとこの島に留まる、という訳にもいかないだろうから。
『いざとなれば船を動かすのも選択肢です。せめて、中継機が上手く機能すると嬉しいですね。まずは地理を知る必要がありますが』
島の外には行ってみなければと思うものの、まずはこの島からだ。昔の人のように測量しながら歩き回る必要はない。ただこの車輌で走ればトランスが地形も含め記録してくれる。
面倒なことは後回しにして、目の前の仕事を考えよう。
「中継機に有効な場所も、調べられる範囲を調べてからじゃないと予測できない。まずはできることに取り掛かろう」
言ってシートベルトを締める。いらないかもしれないけれど、いつもの癖。
『そうですね。しばらくは周囲をスキャンしながら進みます』
震動もほとんど感じないが、タイヤが動き始めたのがわかった。




