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3、合わせ鏡の新天地

『そろそろ海王星と、軌道上のステーションが見えてきますよ』

 AIのことばに思わず座り直す。

 ここまでの宇宙の旅、木星と土星が小さく見えたくらいだった。土星の衛星のひとつであるタイタンには数十年前から研究基地があるが、白い点とすら見えず。

 海王星の宇宙ステーションは二〇〇〇人規模のものだけれど、ここ百年くらいの人類の宇宙進出は凄まじい。思えば遠くへ来たものだ。

 そんなことを考えているうちに、正面のモニター画面にゆっくりと大きくなっていく円を見つける。それはどんどん、青緑に近い惑星らしい姿をはっきりさせていく。そして銀色の宇宙ステーションも。光量が少ないので実際はもっと暗いのだろうが、画面上では補正されているためか綺麗に見える。

『向こうのレーダーにも捕捉されています。手を振ってくれるかもしれませんね』

「振ってくれてもこちらからは見えないだろう」

 などと言いながら目を凝らすが、一番近い地点でも窓さえ見えない。それにしても、こうして見るとここの宇宙ステーションは土星によく似ているな。

『旅の無事を祈ります、というメッセージが宇宙ステーション管理局から届きました。返信したいことはありますか?』

「無難に、見送りに感謝します、とでも。どうやら宇宙海賊には間違えられなかったみたいだね」

 宇宙海賊と呼ばれた人物は史上一名しかいない。

 百年以上前、アルベルト・ボッシュという宇宙飛行士が突如宇宙探査船をジャックし、五人の科学者もろとも姿を消した。追跡した無人機群が発見したのがワームホールのようなもの、〈静かなる門〉だ。それもあって、人類初の宇宙海賊ボッシュは偉大な発見のためああしたんだとか、まだ向こう側の宙域で生きているとか、一部の人々には信仰の対象にもなっている。

『宇宙海賊が現われるなら逆方向でしょう。我々はあちら側で遭遇するかもしれませんね』

「いくらなんでも寿命なんじゃ……」

 人間の寿命はかなり延びているし、不老の薬とうたわれる薬の治験も始まってはいるものの、百年以上も前の人だし。

「もしかしたら、どこかに定住した宇宙海賊と科学者たちが家族を作り、その子孫らが宇宙海賊になっている可能性はあるかもね」

『いいですね、百年もあれば何世代かにはなっていそうです。あるいは、行き先にすでに先住民がいた可能性もありますね。そうすると科学の力で文明を進化させ、王になったかもしれません』

 宇宙海賊が乗っ取った調査船のクルーである科学者はそれぞれの分野でもトップクラスの知識や技術を持っており、積み荷にも簡単な居住地くらいなら造れるくらいの道具や資材が搭載されていたらしい。

「その文明が惑星外に進出して、ボクらが調査している惑星を侵略しようとやって来る未来もあるかもね」

 海王星も宇宙ステーションも後ろへ過ぎていった。あとは〈静かなる門〉に向かい、その先の目的地へ到着するだけ。

『メインドライヴの出力を上昇』

 出力が上がっても全く震動などは感じず、ブリッジ内は地球上の自室のように安定している。ちょっとしたシャワー室もあるけれど、水滴の流れが乱れることもない。ただ、モニター上の機体情報が変わるのみ。

『ここからは人類にとって未知の部分が増えますが、宇宙海賊も侵略者も、どうにか切り抜けていきましょう』

 頼りにしているよ、とボクは声をかけた。

 頼りも何も、目的地に着くまで自分ですることはほぼなくて、これまでと同じようにお菓子を食べて暇潰しするくらいだけれど。

 それから一日近くかけて船は太陽圏を脱出した。そして、オールトの雲の手前でとある座標を通過するのだ。

 門とかワームホールとか言ったってそれらしい入口が見えるはずもなく、ただ虚空の闇が変わらずそこにあるだけ。

『〈静かなる門〉を通過しました』

 抜けるのは一瞬。

 ただ、モニター画面の点のような星々の配置が換わったことはわかる。マップ画面の配置も換わっているし。現在は〈転宙領域第一星系〉の外縁辺りのようだ。船は回り込むように針路をとっている。

『目的地は転宙領域第一星系の第四惑星、〈SGEAT01‐N56〉です。二時間余り後に着陸しますので、準備をしておいてください』

「ああ、そうするよ」

 ここ数日のうちに、何を手荷物として降りるのかは選び出しておいた。それと、軽く運動もしている。さすがに一週間もお菓子を食べて遊ぶ生活をしていると、育たなくていい部分が育って細らなくていい部分が細る。人工重力のおかげで、昔の宇宙船のように無重力で極端に筋力や骨へ影響がある訳ではないけれど。

 未知の惑星の調査なんてフィールドワークが主体だし、体力も必要だ。

 さまざまな衝撃に耐えるという防護コートをまとう。厚手で、さすがに普通のコートより重め。色は地味な茶色だが、左右のポケットは大きめで便利そう。それから持参したベージュの帽子をかぶり、大きなショルダーバッグと小さめのリュックサックを装備する。リュックサックには無くしたくないものを、バッグには補給できるものを。それと、持ち帰ることを想定して隙間を空けておく。

『降下準備に入ります』

 道具や食料を見繕っているうちに、いつの間にか正面モニターの闇の中に青い惑星が浮いている。海が少し緑がかっている気がするし、島が多くて陸地とのバランスも違うけれど、確かに地球によく似ていた。

『事前に指定されている座標へ着陸します。席についてシートベルトを締めてください』

 オプションが用意してあるという話だし、着陸地点も指定されているようだ。

 ボクは席に座ってシートベルトを締めると、サブモニターのひとつに表示されている惑星情報を読み取る。転宙領域第一星系、だけだと味気ない。そもそもこの星系の太陽に当たる恒星はなんと呼べばいいのか――そう思ってのことだけれど、どうやら愛称やニックネームとして〈サイレントグリーン〉という名があるようだ。日本語だと〈静緑〉だろうか。

『全システム機動情況良好。大気圏に入ります』

 正面モニター全体に雲の白と緑と青が混じった景色が広がる。宇宙船は先端を上に向けて着陸していくが、目を奪われるのは尾部カメラからの下を向いた映像。雲を突っ切り、緑と岩山のある地上が近づき。

 雲を抜ける際、ピ、と電子音が鳴った。

 ――今、一瞬だけ画面の表示が変わったような……?

 とはいえ、何かあればトランスが言うだろう。そもそもボクができることはないし、船は順調に降下しているように見えた。

 地上が近づくとなぜここが着陸地点に選ばれたのかよくわかる。岩山が多い山並みの端辺りなのだけれど、その岩の色が船の色にそっくりだ。

 おそらく人間のパイロットなら難しいであろう岩と岩の広くない間へと降下していく。地面には石や折れた木の枝らしきものが散乱しているが、船が近づくと機体周囲を包む磁場の影響で吹き飛ばされる。

 相変わらず震動もなく、無事に宇宙船は地球外惑星に着陸した。

 岩に囲まれているため遠くの景色はあまり見えなくなっているが、見える範囲は地球と大体変わらなそう。空の色が少し緑がかっているくらい。

『着陸シークエンス完了。01‐N56惑星に到着しました。現在、全システムは通常通り稼働しています、が』

 珍しく語尾が濁る。

『降下中、一時的に各種センサーの入力値が異常な変化をしたことを記録しています。また、現在もセンサー範囲が制限されています。これは予定通りではありますが、説明のつかないことです』

「予定通り、ということは今までの調査でも起きていたということ?」

『そう記録されています。脱出にも問題ないようです。あれを見ると不思議ですね』

 正面モニターの映像が切り替わる。船の真上を見上げるような画。

 輝く恒星〈静緑〉は少し黄緑がかった光を大地に降りそそぐ。でも、注目を引くのはその光のとなり。

 地球のものよりやや青緑寄りの空に溶け込むように、半透明な城が逆さまに生えていた。大地と向かう合うような、もうひとつの大地が淡く存在しているかのように。

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