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1、魔女、地球を後にする

『では、判決に移ります』

 惑星管理システムの人工知能〈コビー〉の中性的な心地良い声が、無線イヤホンから耳の奥へと流れてくる。

 裁判官と被告側への恨みを極力排除するため、裁判の進行も大部分がAIにより行われる。それでも、判決は裁判長が申し渡すが。人を裁くのは人、という倫理観は広く受け入れられている。

「主文。被告人を地球外追放の刑に処す」

 黒い顎髭をたたえた裁判長が刑罰の名を告げる。

 詳しい説明はコビーが続けるが、ボクはほとんど上の空だ。下される刑も想定の範囲内だったし、今更湧いてくる感情もない。

「ありがとうございました」

 ただ、説明が終わると形式的に一礼する。

 控室に戻る道中、AIの声が流れて来る。

『こちらとしてはこれが精いっぱいだよ、法を捻じ曲げる訳にもいかないからね』

 周りには聞こえていない様子だ。

 弁護士や裁判官検事その他、多くの人々はイヤホンやヘッドホンを通じてAIの声を聞くが、ボクは常時ニューロコムリンク化の手術を受けている。手術、と言っても耳にナノマシンを注入し、それが細胞に同化して声に出さなくても対話できるリンクをコビーとの間に確立するもの。痛みも違和感もないし、心の中の独り言を聞かれることもない。

 と言っても、多くの人々は嫌がるから手術する者は少ないのだけれど。

 コビーは裁判中、どうにかボクの罪を軽くしようと苦心していたらしい。

「上告するつもりはない。この結果は無理のないことだもの」

 声に出さずそう告げる。

 人々が恐れ排除しようとする気持ちもわかる。異質な能力を持つ人間なんて、そうでない人間から見れば、常に拳銃を隠し持っているようなものだ。

 〈羽ヶ熊デザイナーベビー事件〉――山奥に別荘を持つ、絵に描いたようなマッドサイエンティストが引き起こした事件だ。超能力じみた力を持つ赤ん坊が五人、この世に人工的に生み出された。そのひとりがボクだ。

 三歳の頃、ボクは大学の物理学教授だった養父に引き取られた。そして父から何度も言い含められていた。「決してその特殊能力は使ってはいけない、使えばきみの人生は破壊される」――と。

 しかし、その約束を守ることができなかった。特殊能力は日常の中で使っていけないと事件の時点で規定されていたし、守れなければこういう結末になることは当然で、前からわかってたこと。

 でもボクには無視することはできなかったのだ。目の前で、歩道橋から身をのり出した小さな女の子が転落してアスファルトに叩きつけられる未来を。

 禁止されている特殊能力を使った結果、ボクは逮捕されてニュース記事の見出しに〈現代の魔女現る〉とか〈突然の超能力に騒然〉とか書かれることになった。

「この世にボクを排除したくない人もいない。当然の結果を受け入れよう」

 それが義務だから請け負った弁護士も、当然ボクが決めたことを否定しない。

 ただ、コビーは不服そうにその声を脳裏に響かせる。

『そうは思わないけどね。知らないのかい? キミを処罰することに反対する人々が署名活動をしていたのを』

 知らなかった。逮捕されてからはほとんど情報を遮断していたしな。

『中心になっていたのはキミが助けた女の子の両親だよ』

 コビーは直接脳に映像の信号を送る。

 見覚えのある女の子と母親らしき女性がインタビューを受けたり、街頭で署名を集める様子。マイクを向けられた若者や店先の客が「悪い人じゃないと思う」とか「法律が悪い」などと答え、以前から活動している〈羽ヶ熊デザイナーベビー事件被害者の会〉も、なぜ事件被害者が裁かれるのか、という趣旨のコメントをしている。

 意外と世論の中で好意的な意見が占める割合は大きそうではある。

 でも、それはきっと今だけだ。七年ほど前に〈羽ヶ熊デザイナーベビー事件〉で生まれた者のひとりが特殊能力を使って強盗事件を起こしたとき、そのときに生まれた者は全員施設に強制収容して管理すべきだ、という意見もよく目にしたし。

 最終的には、収容しなくてもコビーが把握しているし事件は普通の人間なら事件を起こさないものではない、出自と動機は関係がない、というのが世論の主流にはなったようだけれど。

「無駄な努力……でも、このままではあの人たちも格好がつかない。一応お礼を伝えておいて」

 ボクが声を出さずに言うと、了解、とAIは短く応答した。


 それから刑の執行までの一ヶ月間は、長いような短いような、不思議な感覚で過ぎていった。犯罪者であるボクには監視がつくが、監視するのはコビーなので普段と大した変わりない。AIを通じで取材を申し込むマスメディアが結構あったがすべて断ってもらった。

「寂しくなるね。田舎に戻るのかい?」

 アパートのとなりの部屋の奥さんが、玄関を開けたまま粗大ゴミを梱包しているところに声をかけてくる。

「ええ、親戚のところで働くことになっていて」

 近所の顔見知りや職場である大学院の研究室では、そういうことになっていた。容疑者とはいえ顔が晒されることはなく、プライバシーはしっかり守られている。まあ、ボクは刑が確定しているので、つつがなく追放された後には公表されるだろうけど。

『もう一週間ほどで地球を去る訳だけれど、家族には会わないのかい? 親兄弟は無くても、親戚はいるのだろう?』

 これからの短い生活でも使う最低限の物と段ボール箱だけが置かれた部屋で、一息つこうと缶コーヒーを開けると同時にコビーが声をかけてくる。

「別れの定型文を全員に用意してあるから、出発するときに送るよ」

 正直、二年前に亡くなった養父を除く親戚とはほとんどつき合いがない。最初に会ったとき、となりの部屋から「どうしてなんの相談もなしに決めたんだ」とか「厄介なものを背負い込んで、助けてほしいと言っても頼られても困るからね」とか、父に詰め寄る声を聞いた、というのが一番印象的な記憶。

 施設からボクを引き取ってくれた養父には感謝している。でも、親戚よりは同僚の方がつき合いが深いくらいだ。

『そうか。未練なきよう』

 AIはそう言うが、ボクはどちらかと言えば先のことに興味がある。

 〈棺桶船〉の立体映像を見せてほしい――そう頭の中で声をかけると、左手首のリストユニットに装備された正方形の画面から映像が投影される。黒に近い灰色の外殻を持つ、ミニチュアの航宙機が手首の上を回転する。

 飾り気のないミサイル型の実機は、十年くらい前に一度見たことがあった。地球を追放された者が〈静かなる門〉を通って別の宙域へ送り出される、その宇宙船。有意義な発見をしたら帰還できると法には明記されているが、戻ってきた者はいない。

 今まで追放されたのは四人。きっと、皆未開の惑星で力尽きただろうな。凶暴な生物がいるかもしれないし、環境が過酷かもしれないし、食料を得られなかったかもしれない。一応、即死するような惑星は最初から除外されるらしいけれど。

 そんな過酷な行先だから〈棺桶船〉。

 でも、少しだけ心が沸き立つのを否定できない。もともと大学院の研究室ではAIによる生物の進化の可能性を研究していた。未知の生物、未知の環境は大好きだ。

 自分の荷物は棺桶船に持ち込めるだけ持ち込める。必要な物をリストアップしながら新しい大地を空想した。


 一ヶ月の間に行きたいところへ行き、見たいものを見、一度は行ってみたかったコンサートにも参加し、好きだったケーキやコンビニスイーツも食べおさめをして。

 職場にも見慣れた街並みにも別れを告げ、ボクはスペースポートの閉鎖された一角で〈棺桶船〉――正式名称〈未開惑星探査機S一七〉号へと乗り込んだ。

『機体はわたしから株分けされた人工知能〈CーB3〉に制御される。わたしはここでお別れだ。よい旅を』

 ああ、ありがとう。

 声に出さずに礼を言う。父の次にことばを多く交わした相手かもしれないし、少し寂しくはある。

 ラダーを登るボクの姿を、数人ずつ左右に並んだ警官らしい制服の人たちが敬礼して見届けていた。誰も口を開かず、空気が凍ったように静かだ。

 白い曇り空を一度だけ見上げ、ドアをくぐる。ラダーが自動的に収納されドアは上から下へスライドして閉じた。

『ようこそ、我が機体へ』

 頭の中に響く合成音声は、コビーのものより落ち着いて聞こえた。

『わたしはC-B3。三分後には出発しますので、そのままつき当りのエレベータにお乗りください』

 辺りは壁全体が淡く発光しているようで、灰色の通路が続いている。言われた通り進むと円盤状の足場があり、乗るとチューブの中を上昇していく。

 円盤が止まると広い空間に出た。大きな窓のようなモニター、コンソール、まるでコクピットのようだが、少し離れてソファーや棚にベッドもあり、異質なもの同士が共存しているようにも見える。

『荷物は棚に収納してあります。後で内部をご案内しますが、席に座ってシートベルトを装着してください』

 モニターの端に三桁の数字が表示されており、それがどんどん減っている。

「もう出発する訳ね」

 言われた通り、モニター正面の真ん中にある席に座ってシートベルトを装着。

『衝撃はほとんどありませんが決まりですし、人生何があるかわかりませんからね』

 妙に人間臭いことを言う。

 その瞬間、モニター全体に灯が入り四分割のそれぞれに映像が出る。ひとつはカウントダウン、ひとつは機体の状態を文章と数字で示したテレメトリ、あとは外からこの船を見た映像と、逆に船から見た周辺。

 カウントダウンが一〇を示すと、AIの声もそれを読み上げる。

『8……7……6……』

 船の外観を映す画面の中、船体の下が光を放つ。

 今まで何度か宇宙船や宇宙ロケットの発射を映像で見てきた。ヴァーチャル・リアリティーの宇宙船乗船体験を試したり、現実の発射を遠目ではあるが見守ったこともある。

 どれもそれなりにドキドキしたし感動したけれど、自分がそれを当事者として体験するとは。

『3……2……1』

 リフトオフ、とことばが続いて青い光が機体の下へ放たれる。最近の宇宙船は爆発的なジェット噴射をするものは少ないが、それでも何かが放出されるような音と、風を切るような高音が小さく届いた。

 映像の宇宙船が上昇を始め、すぐにカメラは機体から見下ろすものへと変わる。スペースポートが、街並みが小さくなる。

『当宇宙船は予定通りの時刻に出発し、予定通りの針路を航行中です。全システム機動情況良好』

 合成音声を聞きながら、ボクは映像に釘付けだった。雲が近づいたと思えば通り抜け、下には白いふわふわに穴、そして影が。見えたと思ったのは一瞬で、雲の塊もどんどん小さくなって、陸地の輪郭が、海が。画像や映像では何度も見た――ああ、やはり地球は青かった。

 行く手は逆に青が薄れて濃く、黒く染まっていく。

 船の下ではなくもう後方、か。地球が小さくなっていく姿から目を離せない。故郷のようなものか、もう帰れないと思えば寂しくもある。それでも後悔は予想より弱かった。これからボクは、あの惑星に住む皆が見たことのないものを見て、経験したことのないことを経験するのだ。

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