キャロル・アイク男爵令嬢
レンのマッサージで身も心もほぐしてもらい、すっかりリフレッシュした翌朝。
庭の東屋で咲きほこる花々を眺めながらセシリアがお茶を楽しんでいると、執事が申し訳なさそうに声をかけた。
「セシリアお嬢さま。大変申し訳ございません。キャロル・アイク男爵令嬢がお嬢さまにお会いしたいと……」
「え? 今ここに?」
「はい……いかがいたしましょうか?」
「いいわ、お通しして」
事前の約束なしで貴族の屋敷を訪れるなんて無作法だ。王族になるのだから手本としてしっかりしてもらわないと困る。
(一度ちゃんと叱ってあげないと、あの子は暴走するばかりだからね)
セシリアとキャロルは学生時代の親友同士だった。
内気で人見知りのセシリアは学生時代なかなか友達ができなかった。だが、キャロルだけは人懐こくセシリアに近づいてきた。引っ込み思案のセシリアにとって向こうからぐいぐいきてくれるキャロルは付き合いやすい相手だったのだ。
しかし卒業間際にニコラスとキャロルが恋に落ち、セシリアとの婚約が解消された。それ以来、一度も彼女に会っていない。疎遠になって当然だと思う。
だからこそ花嫁の付添人を頼まれて驚いたのだ。
「お嬢さま……」
執事の声に振り返ると満面の笑みを浮かべたキャロルが背後からぴょこんと顔を出した。
ふわふわしたピンク色の髪の毛にピンク色の瞳が煌めいている。
「ご案内くださりありがとうございます!」
彼女は大きな声で執事に御礼を言うと、セシリアを振り返って「突然の訪問をお許しください。ご無沙汰いたしております」と片足を斜め後ろに引き背筋を伸ばしたまま挨拶をした。
(まぁ、綺麗な物腰。ちゃんと礼儀作法も身についてきたのね)
破天荒な学生時代の印象が強いが彼女なりに努力してきたのだろう。
「キャロル様、ごきげんよう。いきなり貴族の屋敷に押しかけるのは大変な非礼なのですよ。ニコラス殿下の評判にも関わります。どうか自覚を持って……」
セシリアの説教をキャロルは何故だか喜びを隠しきれないような表情で何度も頷きながら聞いている。
「まったくその通りです。誠に申し訳ありませんでした。これからはきちんと事前にご連絡するようにいたします」
謝罪する時は真面目な顔で深く頭を下げた。
「ええと、まぁ、その、お座りになったら?」
テーブルを挟んで向かい合う椅子を指し示しながら言うと、キャロルの顔がぱあっっと輝いた。
「よろしいのですか!? ありがとうございます!」
キャロルがセシリアの向かいに座ると、タイミング良くマリアが新しくお茶を淹れて持ってきてくれた。
「失礼いたします」
丁寧な物腰でキャロルの前にティーカップを置き、香りの良いお茶を注ぐ。
「ごゆっくり」
優雅に微笑むマリアに「ありがとうございます」と会釈するとキャロルはセシリアに向きあった。
「ニコラス殿下から付添人を引き受けてくださったと聞きました。私の自分勝手でわがままな願いを聞き届けてくださり、誠にありがとうございます」
学生時代のキャロルとは全然違う言葉遣いにセシリアは驚いた。
(彼女も成長しているのね……)
感慨深くキャロルを見つめると、彼女が小さな声で呟いた。
「……私は他に信用できる友達がいないんです」
「え!? 学校でもあんなに友達が多そうだったのに?」
キャロルが苦笑いした。彼女の顔に影が差すのを初めて見る。
「……私はお調子者で誰とでも仲良くなれるって皆が思っていたみたいですけど」
「ごめんなさい。私もそう思っていました」
「でも、陰で悪口を言われていたし、友達だと思っていた子が私の教科書を破ったりしていたのも知っているんです」
「まぁ、そんなことがあったの?」
まったく気がつかなかった。
「セシリア様だけです。裏も表も同じ人って。ニックだってちょっと腹黒なところがあるし」
「王族だとそれは仕方がないかもしれませんけど」
「はい。それは分かっています。だから友達として信用できる人はセシリア様だけなんです。もちろん、セシリア様は私のことを信用できないかもしれませんが……」
婚約を解消する前、ニックのことを好きになってしまったと泣きながら地面に這いつくばって謝罪したキャロルの姿を思い出した。
あの時のキャロルの涙は本物だと思ったから二人のことを許したのだ。
「いいえ。私もキャロル様を信用しています。もうわだかまりもありません」
「本当ですか!?」
キャロルが立ちあがってセシリアの顔を凝視した。
「本当よ」
できるだけ優しく言うとキャロルの瞳に涙の透明な膜ができた。
「嬉しい……。ずっとセシリア様とまた仲良くなりたくて。もう嫌われてしまったかもって……。付添人の話もホントは切っ掛けがほしかったんです。ごめんなさい……」
仲が良かった学生時代に戻れたような気がして、セシリアは自然と顔をほころばせた。
***
「セシリア様、美味しかったですね~」
「そうですね」
キャロルとセシリアは仲直りした勢いで一緒にランチに出かけることにした。
「王都でも評判のランチを出すカフェがあるんですよ!」
自信満々のキャロルの言う通りとても美味しい食事だった。
前菜はカラマーリという小さなイカを輪切りにしてハーブと衣をつけて揚げたもの。揚げたてにレモンを絞って岩塩をぱらりとかけて食べるのがさっぱりしていて美味しい。サラダも新鮮だし、メインのチキンは粒マスタードの効いた煮込み料理だった。
キャロルとは久しぶりに話も弾み、思いがけなく楽しいランチになった。
デザートは濃厚なチーズケーキで紅茶との相性も良い。二人でゆっくりお茶を飲んでいた時、突然カフェの扉が乱暴に開けられた。
バタンという音がして、そちらに顔を向けると大きな鞄を抱えた肉感的な女性がきょろきょろと店内を見回している。
(待ち合わせかしら……?)
他人事のように考えていたセシリアとその女性の視線がばっちりと合った。
彼女がずんずんと自分のほうに近づいてくる。アッシュブロンドに薄い青色の瞳、女性らしい体つきのスタイルの良い美女だ。
「紫色の髪の毛! セシリア様! あなたがドナルド様の奥様でいらっしゃいますね!」
直球で尋ねられて思わず頷いてしまった。何が起こっているのか分からず混乱して言葉が出てこない。
(この人は誰?)
「わたくし、ビアンカ・アボットと申します」
「……はい?」
「大変申し訳ありません。セシリア様、どうか離婚してください。ドナルド様を自由にしてさしあげてください! わたくしたちは愛し合っているのです!」
ビアンカは大きな荷物を床に置くと神妙な顔で頭を下げた。
*読んでくださってありがとうございます<(_ _)>
*続きは明日の午前8時に予約投稿を設定しました(*'ω'*)
日本時間の8時なのかオーストラリア時間の8時になるのか分かりませんが…(汗)
時差は一時間ほどなのでオーストラリア時間の場合は午前7時に投稿される可能性があります