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侍女と従者


セシリアは初潮を迎えた頃、不思議な力に目覚めた。


最初は誰も気がつかなかった。


満月の夜、バルコニーに出たセシリアが微かに発光していることに気づいたのはマリアとオスカーである。


月の光をしばらく浴びていると不思議な光の糸が現れてセシリアの手のひらに吸収されていく。


当時マリアは顔にできた湿疹に酷く苦しんでいた。


だが驚くべきことに、セシリアの手から放出された光がマリアの顔に当たるとその部分の皮膚が綺麗に治ったのだ。


その後、オスカーは古い文献を調べ、セシリアが『月の巫女』と呼ばれる古代の魔法使いの特徴に酷似していることを突き止めた。


月の色に似た白みがかった薄紫の髪の毛。紫色の瞳。


『月の巫女』は満月から魔力を吸収し、人々を癒すことができるのだという。


しかし、せっかく魔法で治ったマリアの湿疹は一週間もすると元の痛々しい姿に戻ってしまった。


月の魔力の治癒効果を長引かせることができないかと知恵を絞った結果が『月のしずく』というへちま化粧水だったのである。


へちまから抽出される液体に月の魔力を注ぐことで治癒の効果が継続することを発見した。


『月のしずく』を使い始めてからマリアの肌は常につやつやすべすべである。長年苦しんできた肌荒れや湿疹から解放され、彼女は狂喜乱舞してセシリアに感謝した。


ただ、特別な力は悪用しようとする人間を引きつける。悪人にとっては喉から手が出るほど欲しい金になる能力かもしれない。


慎重なオスカーは警戒したほうがいいと進言した。


『お嬢さまと『月の巫女』の力については秘匿されたほうがよろしいかと……』


セシリアも両親もオスカーの意見に賛成だった。


『セシリアが変な実験動物みたいな扱いを受けたら嫌だわ』

『そうだな。使用人にも内緒にしよう』


というわけで、マリアとオスカー以外の使用人はセシリアの魔法の力をしらない。彼らの前では満月の夜に外に出ないよう気をつけている。


結婚した後に打ち明けると、ドナルドは飛びあがって喜んだ。


夫婦だから秘密を打ち明けて当然だと思っていたが……。


(いくらでも使える便利な力だと思われても困るのよね)


セシリアははぁっと息を吐いた。


***


「じゃあ、今日はお休み! いいわね! 『月のしずく』は私たちに任せなさい!」


自信満々の母親に多少の不安を覚えながらも、マリアから「大丈夫ですよ。私がちゃんとしますから」と囁かれて、セシリアは素直に任せることにした。


(さすがに疲れたわ……。魔法を籠めるのも体力を使うってドナルドに伝えておいたほうがいいかもしれない)


一人になるとセシリアは放心状態になってベッドにごろりと横になった。


とんとん


「どうぞ」


ノックの音に応えるとゆっくりと扉が開きオスカーが顔を覗かせた。


柔らかい栗色の髪に琥珀色の瞳。虹彩の中心にある黒い瞳孔が光の角度で猫の目のように表情が変わる。涼しげな目元、高い鼻梁に通った鼻筋。少し薄い唇も魅力的だ。単なる従者にしておくにはもったいないほどの美貌の持ち主である。


「お嬢さま? 御用はおありではありませんか?」

「オスカー、あなたも今日お休みでしょ? 先ほどお母さまが……」

「はい。分かっています。ただ休むことに慣れておらずどうしていいか…」

「駄目よ。ちゃんと休んでちょうだい。朝食は食べたの?」

「いえ、それはまだ……」


オスカーが言いかけた時にセシリアのお腹がぐぐぅと大きな音を立てた。淑女らしからぬ音に彼女の顔が真っ赤になる。


「あ、ああああ、ごめんなさい! ……恥ずかしい、もう穴があったら入りたいわ」


セシリアが呟くとオスカーがくすっと笑って頬を緩めた。彫像のような無表情がほろりと崩れたのが珍しくて思わず目を奪われた。


「ではご提案があります。私がお嬢さまの分も朝食をお持ちしますから、ここで一緒に召し上がっていただけませんか?」

「え? 私とオスカーが?」

「お嬢さまと使用人が同じテーブルで食べるなんて無礼極まりないですが……」

「ううん! 一緒に食べたい。一人で食堂のテーブルで食べたって美味しくないもの! せっかく今日はお休みなんだから!」


気がつくと両手を握りしめて力いっぱい主張していた。オスカーがこんなふうに言ってくれるのは初めてだ。


オスカーはにこやかに微笑むと「ではお待ちください」と言って部屋を出ていった。


セシリアはぼんやりと過去のことを思い返した。


幼い頃からオスカーとマリアは特別な存在だった。


どこに行くにも何をするにも必ず二人がついてきてくれた。


一人っ子のセシリアにとっては頼りになるお兄さんとお姉さんという感覚で、彼らがいない生活は想像もできない。


オスカーは剣術も強くて、王宮の近衛騎士団から入団を打診されたこともあったそうだ。


セシリアが十歳。彼が十八歳の時である。


『……団長がオスカーの腕を買ってくれてね。いきなり副団長を任せたいなんておっしゃっていたよ。近衛騎士団の副団長なら子爵待遇になる。オスカーにとっていいことだらけの話だったのに』


父が残念そうに話していたのを覚えている。


『なぜ? どうしておことわりしたの?』


セシリアはオスカーに尋ねた。


『近衛騎士団に入ったほうが良かったんじゃない?』


心の中でオスカーがこの家から出ていくことにならなくて良かった、と安堵してしまった自分にセシリアは罪悪感を覚えていた。


『お嬢さまは俺がいなくなったほうがいい?』

『まさか! オスカーがいない生活なんて考えられないけど……。でも……行ってほしくないっていうのは私のわがままだから』


オスカーの顔が幸せそうにほころんだ。何がそんなに嬉しいのだろうと思うくらいのあけっぴろげな笑顔だった。


『俺はここでの生活が一番好きなんですよ』

『ほんと? ほんとうに? じゃあ、ずっとわたしのそばにいてくれる?』

『はい。もちろんです。私はお嬢さまだけの騎士ですから』


珍しく『俺』呼びだったのに『私』に戻ってしまった。


(『私』だと少し線を引かれているみたい…)


それ以来、オスカーは従者兼護衛として常にセシリアを守ってくれている。


とんとん


扉をノックする音がしてオスカーが美味しそうな朝食と共に戻ってきた。


パンケーキにポーチドエッグをのせてオランデーズソースをかけるエッグベネディクトはセシリアの大好物だ。副菜にアスパラガスと炒めたほうれん草が添えられている。新鮮なフルーツにさっぱりしたヨーグルトと蜂蜜をかけた小鉢も嬉しい。


「美味しそうね! ありがとう、オスカー」


良い香りのお茶を淹れながらオスカーが微笑んだ。


「どういたしまして。ところでお嬢さま、今日お休みされるのであればレンをお呼びしましょうか?」

「ああ、それはいい考えね。いきなりで空いているかしら?」

「大丈夫ですよ。今日の午後に予約が取れるか聞いてみます」


レンというのはオスカーの知り合いの整体師の女性だ。


神がかったマッサージの腕に口が堅く聞き上手。彼女に施術してもらうと気持ち良くて身も心もほぐされていく気がする。


一時間ほど施術してもらうだけで驚くほど体が軽くなるので、疲れた時にはお願いしている。


(それにレンに話を聞いてもらうと不思議と心も落ち着くのよね……)


セシリアはレンが初めて来てくれた時のことを思いだした。


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― 新着の感想 ―
全然関係ない話ですが……。 かなり昔、熱海に旅行したときにマッサージを受けました。 当時、86歳と語っていたお姉さんは、細い腕なのにマッサージが凄く巧かったのを思い出しました。 ネタバレしないように書…
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