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元婚約者

*過去の回想と現在が交錯する物語なので、現在の会話を「〇〇」過去の会話を『〇〇』と区別しています(*'ω'*) 

「セシリア様! 良かった! こちらにいらしたのですね!」


舞踏会の会場から外に出ると顔見知りの侍従に呼び止められてセシリアはホッと息を吐いた。


「あの、ドナルドを捜しているのだけど」

「ドナルド様はニコラス殿下の執務室においでです。ご案内します」

「え!? 一緒に行こうって言っていたのに……」


侍従に聞こえないくらいの小さな声で呟くと、セシリアは彼の後について歩きだした。


***


「やぁ、久しぶりだね。セシリア!」


明るく手を振っているのはこのウィンターソン王国の第一王子ニコラスである。元王太子でセシリアの元婚約者だ。


ごく当たり前のように彼の向かいに座り、軽く目で合図しているのがセシリアの夫ドナルド。


「ドナルド、舞踏会の会場で待ち合わせて一緒にニックの執務室に行こうって言っていたのに……」

「え? そうだったっけ? ごめん。ニコラス殿下と二人で話がしたくて」

「何のお話ですか?」

「それは……言えないな。今後のヘイズ公爵家の方針についての話だから機密事項だよ」


もったいぶった様子のドナルドにニコラスは怪訝な表情を浮かべた。


「世間話しかしていなかっただろう? それに方針を決めるのはセシリアだ。公爵になるのは彼女であって君ではない」

「そ、それはそうかもしれませんが……。僕は彼女の名代として……」


ドナルドの整った顔が歪んで少し卑しく見える。


「私に名代は必要ありません。ニック、必要なことがあったら私に直接ご連絡ください」


わずかだがドナルドの口角が不機嫌そうに下がった。こういう言い方をすると彼が嫌がるのは知っているが、きちんとけじめはつけておかないといけない。


「ああ、もちろん分かっている。セシリア、すまないな。今日わざわざ来てもらったのは頼みがあるからなんだ」

「それより王子殿下が舞踏会に出席しなくていいんですか?」

「さっき挨拶を済ませたから平気だ」


ニコラスもそれほど社交好きではない。そういうところも自分と似ていて安心できたのに、と一瞬昔を思い出して胸が疼いた。でも、その疼きは生々しい痛みではない。遠い昔の思い出として昇華できている。


「来年、俺とキャロルの結婚式があるだろう? まだ先の話だけど君にキャロルの付添人マトロン・オブ・オナーをお願いできないかと……」


セシリアは形の良い眉を顰めた。


「私とニックが以前婚約していたことは皆知っているのに大丈夫かしら?」


ニコラスは苦笑いを浮かべた。


貴族子女は十五歳になると、貴族として生きていくのに必要な知識や教養を身につける学校に入学する。


セシリアとニコラスも同じ年に入学したのだが、そこで彼はキャロルと出会ってしまった。


男爵令嬢のキャロルはドレスのまま木に登って猫を助けたり、王族や高位貴族にも気安く話しかけたり、とにかく破天荒な令嬢であった。


普通の令嬢とはまったく違うキャロルにニコラスは心を奪われ、セシリアに婚約の解消を申し出た。


婚約といっても二人の関係は幼馴染というか兄妹に近く、強い恋愛感情を伴うものではなかった。それに泣いてすがっても彼の気持ちは変わらないと悟ったセシリアは粛々と婚約解消を受け入れた。


ニコラスは国王と王妃の前でセシリアに謝罪した。


『本当に申し訳ない! 全て俺のせいだ。どんな償いでもする』

『…………』


償いと言われても…と言葉を失ったセシリアに国王がすまなそうに声をかける。


『セシリア、何の申し開きもできない。全てこの愚息の責任だ。君は王太子の婚約者としてよく頑張っていた。もし、婚約を解消したくないならばそのように王命を出そう』

『いいえ。婚約の解消を受け入れますわ。……私も望んでいることですから』


セシリアは少しだけ嘘をついた。


『本当に……? 寂しいわ。あなたを本当の娘のように思っていたから』


王妃は心から残念そうに見える。彼女もガーデニングが好きでセシリアが王宮の庭で植物の世話をするのをいつも楽しそうに見守っていてくれた。


国王は深くため息をついた。


『何の瑕疵もない公爵令嬢の名誉を傷つけたニコラスには罰が必要だ。王太子の地位を剥奪する。よいな? 正式に第二王子を王太子とする』

『はい。もとより覚悟のうえ』


ニコラスの表情には何の変化もない。


『そして、セシリアが幸せな結婚をするまで婚約はしないと誓います』

『私が一生独身だったらどうするのですか?』


思わず尋ねるとニコラスは軽く苦笑した。


『君は魅力的だからすぐに求婚者が列をなすだろうが……。俺のことは気にするな。あ、でも無理に結婚しなくちゃ、とか思わないでいいからな』


そんな会話の後、ニコラスはヘイズ公爵家を訪れセシリアの両親にも頭を下げた。


ヘイズ公爵夫妻は当然激怒した。


『うちのセシリアのどこに文句があるっていうんだ!!!』


父は叫んだ。


『どうせ変人ばかりのヘイズ公爵家の令嬢なんて、莫迦にされて大切に扱われるわけないですものね……。ですが! ニコラス殿下! 世間で何と言われようと、セシリアは我が家の自慢の娘なんですのよ!!!』


母も吠えた。


二人が怒ってくれた分、セシリアの胸は少し軽くなった。


幼い頃から気心が知れて、二人で一緒に植物を育てたこともあった。彼女の変わった趣味にもニコラスは楽しそうに付き合ってくれたから婚約解消と言われた時、本当は心の中で少し傷ついた。


『お父さま、お母さま、自分を愛していない人と結婚するほど不幸なことはありませんわ。ニックには幸せになってほしいです』

『セシリア……君は……』


ニコラスの目がうるうると潤みだした。


(ちょっと腹黒で曲者っぽく見えるけど、案外単純で素直な男の子なのよね……)


そう思うとまたちょっと胸が痛かったけど、キャロルのことも不思議と嫌いにはなれなかった。


ニコラスが幸せになれるなら二人の結婚を祝福しようと決めたのだ。


***


「……やっぱり花嫁の付添人マトロン・オブ・オナーを頼むのは無神経だよな」


ニコラスは気まずそうに腕を組んだ。彼は約束を守り、セシリアがドナルドと結婚するまでキャロルと付き合うことすらしなかったそうだ。


「セシリア、もうわだかまりはないだろう? 引き受けてさしあげたらどうだい? 君がニコラス殿下のことを忘れられないのかも、なんて想像しただけで僕の胸は張り裂けそうだよ」


ドナルドが切なそうにセシリアの手を握る。


「忘れられないとかそういうのはないですけど……」


これは本心だ。今となっては王太子妃の重責から逃れて、毎日好きなだけ植物を愛でる生活ができて幸せだと思っている。


「セシリア、気が進まないのなら構わないよ。キャロルのわがままだ」

「キャロル様の希望なの?」

「ああ、セシリアがいいって駄々をこねてな…。他に信用できる友達はいないって。まったくあいつは」


困ったようにニコラスの凛々しい眉尻が下がる。


セシリアは思わず噴き出してしまった。天真爛漫というか本能の赴くままに生きるキャロルにニコラスが振り回されているのは明らかだ。


「そういうキャロル様は今どこに?」

「ああ、キャロルは連日朝から晩まで妃教育を受けているところだ。王太子でなくとも王族になるのは大変だ。厳しいから音をあげて止めたいっていうかと思ったけど頑張ってくれている」

「キャロル様はあれで根性がありますから。それにあの方はニックが大好きなのですわ」


彼の顔が沸騰したように赤くなった。


顔中を涙で濡らしながら、セシリアの前でカエルのように平伏して詫びるキャロルの姿が脳裏に浮かぶ。


(あの時、ニックを好きな気持ちでキャロルには敵わないって思っちゃったものね)


「分かりました。キャロル様が望むなら私が付添人をします」

「本当かい!? ありがとう!」


ニコラスの顔が輝いた。

*読んでくださりありがとうございました!

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