人見知りのへちま姫
*新連載です(*'ω'*) よろしくお願いします<(_ _)>
「あら、セシリア様、舞踏会でお見かけするなんて珍しいですわね」
突然声をかけられてセシリア・ヘイズ公爵令嬢はぴたりと足を止めた。
人見知りで滅多に社交の場に姿を見せないセシリアは、知り合いに声をかけられるなんて想定していなかった。
(この方はどなたでしたっけ…?)
頭の中で失礼なことを考えながら紫水晶のような瞳を細めて笑顔を作る。
目立たないと思っているのは本人だけで、珍しい薄紫色の髪を優雅に結い上げたセシリアはハッと人目を惹きつける存在であった。
「……セシリア……? 例の変人公爵家の……なんでしたっけ?」
「確かへちま!……へちま姫と呼ばれていましたわ!」
「王太子殿下から婚約を破棄されて…」
「ええ。でも、ほら、その後ソーンダイク伯爵家のご令息とご結婚されたのよ」
「ご結婚されてから公けの場には姿を見せなかったのに……」
背後からひそひそと噂話をする声が聞こえてきていたたまれない気持ちになったが、何食わぬ顔で返事をした。
「お久しぶりです。忙しくてなかなか舞踏会には来られなくて……」
「ええ、お忙しくて当然ですわ! セシリア様の事業は莫大な利益をあげていると聞いていますもの~。かくいうわたくしも愛用しておりますの」
「……莫大な利益?」
何の話をしているのか分からない。ぽかんとしていると『信じられない!』という顔で令嬢が言いつのった。
「セシリア様が発明された『月のしずく』ですわ! 今や貴族令嬢で使っていない者はいない、と言われているほどですのよ!」
「……え、ええ、私が作った化粧水ですけど……?」
昔からヘイズ公爵家は変人ぞろいと評判だ。
特定の対象に強い興味やこだわりを持ち、その対象に対して時間やお金を惜しみなく費やすという厄介な家系である。
現に父は珍しい骨董収集に夢中だし、母は衣装やアクセサリーのデザインもするくらいの着道楽で名高いファッションリーダーでもある。彼女が舞踏会で着るドレスは必ずその年の流行になると言われているくらいだ。
社交界で人気者の華やかな母に比べて、一人娘のセシリアは植物を育てることにしか興味がない変人の中の変人と噂されている。
彼女は庭で育てていた『へちま』という植物から抽出された液体が肌にいいことを発見し、独自の化粧水を開発した。
それを知った両親は大興奮で『月のしずく』という商品名で事業化し、セシリアに運営を任せることにした。
最初はささやかだったが肌荒れや敏感肌で苦しむ女性たちの救世主だと評判になり、堅実に利益をあげる事業に成長した。
しかし、結婚をきっかけにセシリアの夫ドナルドが事業を引き継ぐことになった。
『君は社交が苦手だろう? 面倒くさい事業は僕に任せて、君は商品を作ることに集中していればいい』
引っ込み思案のセシリアを気遣ってドナルドはそう言ってくれた。
(莫大な利益? まさか! それどころか事業は全然うまくいっていないわ……)
ドナルドの暗い顔つきを思い出す。
『すまない。売れ行きが悪くて利益が出ないくらい価格を下げないといけないんだ。でも、そのほうが肌荒れで苦しんでいる人たちも買いやすくなるし……』
『そうね。お金が目的ではないし』
『そう言ってくれると嬉しいよ。作るのはバンバン作ってくれて構わないから……』
『え? 売れないのに作っていいの?』
『いや、困っている人たちへ寄付したら喜ばれてね。もっと寄付してあげたくて。頼むよ』
『そういうことなら……』
セシリアがこの化粧水を作ったのは、子供の頃から世話になっている専属侍女のマリアが長いこと乾燥肌や湿疹に苦しんでいたからだ。
誰かの役に立つなら嬉しい。
利益よりも人のためになることを選ぶ夫を誇らしいと思った。
『ありがとう! さすがセシリアだ』
ドナルドは白い歯を見せて眩しい笑顔を見せてくれたっけ。
そんな会話が交わされて以来、事業から入るはずの報酬を受け取ったことはない。利益が出ていないのだから当然だ。
(変ね。きっとこの方は何か勘違いをなさっているんだわ)
「申し訳ありません。所用があるのでもう行かなくては。それではまた。ごきげんよう」
優雅に会釈するとセシリアは舞踏会の会場を後にした。
*読んでくださってありがとうございます<m(__)m>
*一日一回更新予定です。
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