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夢遥か  作者: 藍原センシ
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『夢遥か』肆ノ章 恋煩い②

  ④ 日向鶴来


「羽後国、由利の村の(むすめ)、雪。お胡尹の母方の叔父、与兵衛(ヨヘエ)の子。村で唯一の武家である六(ごく)二人扶持、戸破(ヒバリ)家の長男朝直(トモナオ)許嫁(いいなずけ)。しかし数年前の奥州凶作の折、糊口を凌ぐ為に上洛し(みやこ)の色町に身売り、早蕨屋で芸名・白雪太夫を名乗る。昨年立春の夢見の刻、同じく上洛していた朝直、お胡尹と共に幻月の襲撃に遭い死亡、『夢遥かの世界』に邂逅」

 帝の御座(おわ)()す京は、沙夜を除く「夢遥かの世界」に囚われた霊能者たちの最後の一人が眠る地であり、また和泉国・日根の村を襲った幻月が拉致した沙夜が運ばれたと思われる場所でもあった。天照の形身である沙夜の肉体が天照寮に運び込まれたのだとしたら、僕たちは朝廷と真っ向から戦わねばならない。

 だが、京を目指す前俊輔は、到着したらそれよりも先にまず最後の一人、雪さんの夢惣備を完遂すると言った。僕もそれには異存はなく──無論一刻も早く沙夜を救出したいという気持ちは変わらないが──、現在はこうして俊輔が天照道への抵抗運動初期に契約を結んだ貸家で彼女と向き合っている。

 弥四郎がいつものように人物の背景などの基礎知識を(ひら)くと、お胡尹が「ちょっと語弊ありだよー」と注釈した。

「襲って来た幻月と戦おうとして私が夢患いを使ったら、お店を燃やしちゃって皆で死んじゃった。だから、ゆっちゃんと猛君が死んじゃったのは私のせい」

「お胡尹……」

 弥四郎は呟き、微かに睫毛を伏せる。彼もお胡尹に気を遣って敢えて(ぼか)した言い方をしたのだろうが、お胡尹もその事は分かっているらしく、小さく「ありがとね」と付け加えた。

 京に近づくに連れて、いつも()()()()としている(ように見える)彼女──俊輔曰く「やや不思議ちゃん」──の元気が段々なくなっている気がしたのは、確かな事実だった。僕がその事で頻りに彼女の体調を心配する様子を見かねた俊輔は、ある夜彼女が眠った後で僕に事情を打ち明けた。沙夜の前に最後に夢惣備を行う霊能者である雪さんが彼女のかつての親友であり、共に「夢遥かの世界」に接触した事、僕が仲間に加わる前、弥四郎と共に彼が行った夢惣備でお胡尹は解放する事が出来たが、雪さんは覚醒(めざめ)を拒んだ事。

 そして、お胡尹は生前自分が負った心の傷を思い出して尚、自分と同じように夢に囚われた者たちを助ける為に目を覚まし、(うつつ)で俊輔に協力する事を申し出てくれたという事。

 即ち、彼女の”未練”は決して解けた訳ではない事。

「幻月か……」

「最初の段階で、明確に『夢遥か』との接触に幻月が関与していると分かっていたのはお胡尹たちとお前の──沙夜の場合だけだった。戸破朝直が巻き込まれたのは完全に不幸な事故だったが」

 俊輔は、お胡尹を見つつ「そうも言い切れないのだろうか」と呟いた。

「お胡尹と雪、彼女の婚約者だった朝直の三人は、幼少期からの親友だった。それが故郷から二百里も離れた場所で同時に命を落とした。これは偶然なのか、それとも仕組まれた事なのか」

「運命だったんだよ、多分」

 お胡尹本人が言った。

「私もゆっちゃんも猛君も、皆京に行こうって思ったのはそれぞれの考えでの事だもん。そりゃ、村で皆がお腹ぺこぺこで死にそう、ってなったのはきっかけだけど、そんな事まで敵さん、仕組めないでしょ?」

 彼女の視線をなぞり、僕は横たわる雪さんを改めて見る。

 花形妓女だったという事実は、実際に花遊の経験がない僕でも「さもありなん」と納得出来るような美しい娘だった。名に掛けた訳ではないが新雪の如く白い肌は、襲撃の夜にぶつけたのか首筋に葡萄(えび)色の痣こそあるが、茹で卵の如く滑らかで作り物のようだ。それは着せられた死装束の白さと相俟ち、世界が彼女だけが色を塗り忘れたような印象を与えた。それでいて、長い髪は漆黒で豊かだ──。

「美人さんでしょ、ゆっちゃん」

 お胡尹は半ば自分の事ででもあるかの如く得意げに、半ば友人が自分にはないものを持っている事に対する軽い嫉妬を滲ませながらそう言った。

「今はお目々瞑ってるけどねー、ぱちって開くと綺麗な瑠璃色してるんだよ」

 俊輔が肯く。「渡海の人間じゃなくても、日出には碧眼の持ち主が一定数存在している。特に奥州には、そういった人間の割合が集中しているらしい」

「猛君、身分的には名字がある私ん家と同格なんだ。けど私、一人娘だし、(やしろ)の管理者の家系だったから他所(よそ)にお嫁に行く訳には行かなかったし。それで、お父さんが結婚して親戚になってたゆっちゃんが彼のお嫁さんになる事に決まっていたの。田舎侍の世界って、ホーケンセイがそこまで厳しくないから」

「お胡尹──」

 僕は、俊輔と弥四郎をちらりと見てから開口した。

「仲間になった時に俊輔たちに話した事、僕にも教えてくれないか? 雪さんに何があったのかを調べて未練を解くには、お胡尹の持っている報せが不可欠だ。(つら)い事を話させてしまう事にはなるだろうけど」

「だいじょぶ。私も、鶴来君にはちゃんとお話しするつもりだったから」

 お胡尹は肯き、訥々と語り始めた。

「簡単に言うと、私とゆっちゃんと猛君は大親友だったけど、最終的には三角関係になったの。ゆっちゃんと猛君が好き同士、私は片っぽから猛君が好き。二人は小っちゃな頃から婚約者だったから仲良しなのは分かるけど、そこに何で私が? って感じだよね。

 それはね、私が昔、一族相伝の夢患いを上手く制御出来なかったから。法で困っていたのはゆっちゃんも同じで、あっちは『猫(だま)し』、肌に触った男の人を恋に落とす能力だったんだ。でもこの事に関しては、今は端折らせて貰うね。

 今でも私、幻を使うと色々やりすぎちゃう事がある。夢患いって、ちゃんと相手に見せる幻は自分の頭の中ではっきり形になっていないと駄目なんだって。私、頭悪いしそんな難しい事考えられないからさ、小っちゃな頃から炎ばっかり出してた。形が決まってないし、想像するのも簡単だし。

 俊輔君たちに付き合って貰ったから今じゃ大分マシになったけど、昔は感情が昂りすぎて、かーっとなったりするとすぐ火を起こしちゃってた。それで、お腹空いたよー、とか、襁褓(おしめ)替えてよー、とか、そういう事でよく泣いてた頃、私を抱っこしてたお母さんに大火傷させちゃったんだ。

 私のお家、安彦っていうんだけどね、私はその一族の中で稀代の強い力を持っているって皆が考えた。それが制御不能じゃ危ないから、お父さんは何としてでも『いい形』にしようと思って、私を隔離して訓練した。二つか三つくらいの時だったんじゃないかな、山の中の洞穴に畳敷いて、お座敷みたいにして。ご飯食べる時も、寝る時もそこ。夜も。怖くて泣いちゃいそうになったけど、お父さんはそれも我慢するのが訓練だって言った。そうじゃなきゃまた、お家で火事を起こしちゃうかもしれないからさ。

 けど、小っちゃかった私にとってそれは(かえ)って重圧や緊張を与えるばっかりだったな。法の操作技能は増々悪くなるし、失敗するとお父さんからお父さんの夢患いで折檻されるし。お父さんはね、ほんと凄かったんだよ。火で焼かれるんだけどそれは幻だけで、お叱りが終わった後は五体満足で熱かった感覚だけが残るの」

「もういい、お胡尹」

 俊輔が、堪えられなくなったように容喙した。「無理するな」

「駄目だよ俊輔君。まだ、本題に入れていないもん」

「だけど──」

 彼と弥四郎は、既に彼女からこの話を聞かされているのだ。二人とも顔を背けるようにして聴いていたが、僕は彼女から目が離せなかった。

 否、あまりの壮絶さに、一切の言動を封じられていた。

「だから私、心を閉じようとしたの」

 お胡尹は俊輔の制止を黙殺し、先を続けた。

(つら)いとか苦しいとか、言っちゃ駄目。表に出しちゃ駄目。そうじゃなきゃ誰かを傷つけてしまうかもしれないし、私も痛い思いをする。耐えろ、耐えろって、緊張を自分の中に溜め込み続けた。

 そしたらある日、ぷつんと切れちゃった。引っ張りすぎたお財布の紐が切れるみたいに。そして、何も感じなくなっちゃったの」

「それで……?」

 僕は、声を震わせながら先を促した。

 お胡尹はそれに対し、あっけらかんと笑って(いら)えた。

「終わり。それから何だかんだあったみたいで、私はゆっちゃんと、彼女と小っちゃい頃から遊んでた猛君とお友達になって、仲良く暮らしました」

「ちょっと、お胡尹」

 深刻に聴いていただけに、僕はつい彼女の肩を掴んでしまう。何故そのような過去を抱えながら、それを(おど)けた調子で語れるのだ、と思った。だが、お胡尹は申し訳なさそうに笑うだけで首を振った。

「ほんとだってば。ぷっつり切れた瞬間から、ゆっちゃんたちとどうやって仲良くなったのかまでは全然覚えていないの。私、心失くしてたんだね。それからの思い出の中に、お父さんは出てこない。代わりにトミおじちゃん──富男(トミオ)さんっていうお父さんの弟が家に居て、お母さんと一緒に私を育ててくれた。

 多分トミおじちゃん、私が独りぼっちだったからゆっちゃんたちと仲良くして欲しくて一緒に遊ばせたんだと思う。私とゆっちゃん、従姉妹(いとこ)同士だし、ゆっちゃんは法のせいで男の子とは猛君以外と遊べないし。

 育ての父、っていえばそうなのかもだけど、私はずっと『トミおじちゃん』って呼んでた。私にとってお父さんはお父さんで、それ以外の人をそういう(ふう)に呼ぶの、しっくり来なかったんだね。だけど、何でお父さんが居ないのかは分からないままだった。お母さんに聞いてみた事もあったけど、そしたらお母さん、泣いちゃって。それで私、それ以上聞いたら悪いような気がして」

「だけど、君たちは三角関係になった」

 僕は唾を呑み込み、先を促す。聴く方も語る方も相当精神を試されるような話ではあるが、ここで中断する訳には行かなかった。

(ごめん、お胡尹)

 内心で謝った僕に、お胡尹は言葉を紡ぎ続ける。だがその先は、先程までより重々しい響きを帯びていた。

「段々私、二人が好き同士だって事が分かってきたの。それまで、二人が仲良しなのは許婚(いいなずけ)だからって皆に教えて貰いながらも、その許婚っていう意味が分かっていなかったんだね。私も、(とお)を超えた頃から春が目覚めて、男の人と女の人の間の気持ちとか、分かるようになってさ。だけど、二人がそうだって思うと、何かすっごくもやもやして。最初は気付かない振りしてたんだ。

 だけど十二の時、見ちゃったの──社の裏で、ゆっちゃんと猛君が隠れてぎゅって抱き締め合って、ちゅーしてるとこ」

「………」

「私、びっくりした。で、お母さんにその事を夢中になって問い質して、そこで初めて二人が将来結婚するって理解(わか)った。いいな()けって、漬物の事じゃなかったんだ、って」

 お胡尹は、とうとう睫毛を伏せた。

「それから私、出来るだけ今まで通り二人に接しようって頑張った。けど、疎外感っていうのかな、何処か、私だけ二人とは違う所に居るような気がしてさ」

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