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夢遥か  作者: 藍原センシ
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『夢遥か』壱ノ章 夢遥か①

  ① 歴木雅楽


 京の中央に位置する住良宮(すめらのみや)──朝廷の(まつりごと)を行う(ところ)

 天照寮の儀式場には、藤の花のような香りが漂っている。壇上で焚かれた香炉から湧き立ち、棚引く煙の匂いだった。祭壇の下には天照寮に属する多くの呪者たちが並んで茣蓙に額を付け、法唱(のりと)を唱えている。


 ちよえにとほかみはませうむすなの

 あやけしくいろおひそこねきたりぬ

 ゆめさへもつゐて わらふるをゑれ


 呪祷官(じゅとうかん)を束ねる「神子(みこ)」、歴木(クヌギ)雅楽(ウタ)は夜空を見上げる。そこには、天照の紋章を象った陣が煌々と輝いていた。

(夢見の刻が近い……天孫降臨の、新たなる神話が……)

「御免」

 祭壇に、物部堅塩(モノノベノキタシ)が現れた。斎服を纏い、烏帽子を被っている。朝廷には服装に関する決まり事も事細かにあるが、雅楽は天照頭(あまてるのかみ)であるこの男の衣が物忌みの装いでない時を見た事がない。

 堅塩は一礼し、雅楽に囁いてきた。

「神子様、”形身(かたみ)”の居所が掴めました」

「……間に合うのか? 夢見の刻まで、もう半時もないぞ」

「”幻月”からの矢文では、宵宮の終わりと共に仕掛けると。誓約(うけい)の通り、周防一党も形身を追い始めたようです」

「競争になるか……それも、大神天照の御心という事なのだろうか」

 雅楽は、もう一度空の陣を見上げる。

 人産みの神、邇芸鵜茅日(ニギウガヤヒ)の直系たる(みかど)を奉り、朝廷の権威に服従する日出国の民にとって天照道は、たとえ在俗であっても国教として皆が信仰するものとされる。それは百鬼連が勢力を取り戻し、野侍や堕ち武者が各地で民を襲うなど治安が乱れ始めた今、朝廷の求心力が弱まって尚変わりはない。

 天照の神託に従い生きる。これが日出国の秩序であり、各地の領主に自治を委ねる封建制度の前提(いしずえ)だった。

 その天照の神託を受け取る一代前の神子が、天照寮を離反した。天の裁きが下ってもおかしくはない事だが、既に彼は雅楽が役を引き継ぎ、堅塩からの教育が終わる前に二人もの霊能者を解放した。

「私は……本当に、神子たり得るのだろうか?」

 雅楽の口から(おもむ)ろに、心の声が滑り出た。

 天照道の究極目的である「新世開闢の計」の為、堅塩や呪祷官、法を持たない神祇官らの助けを借りてばかりいる。実際には雅楽自身も神祇官の出で、呪はそれなりに鍛錬を積んでいるが本職の呪者にはなれない。

「自信を持たれよ、神子様」

 堅塩は、腹の底に力が込もっているようでありながら近くに居なければ聞こえないような、不思議な声色で答えた。雅楽にはこのような特殊な発声方法は真似出来ないが、一区画に百人単位で「千代永(ちよえ)(ほさ)き」を唱え続ける呪祷官たちには壇上の些細な声など聞こえないようであった。

「あなた様をお選びになったのは、他でもない天照の宸意。我らは(すべか)らく、その手足となり役割を全うするまで」

「堅塩殿……」

 既に先代の神子が逃亡してから、一年が経とうとしている。それでも雅楽は未だにこの天照頭の事を上司だった頃の呼び方で呼んでしまう。堅塩の方は呪祷官でもない者をいちいち覚えているはずもなく、雅楽を個人と認識して敬語に切り替えるまで時間は掛からなかった。

誓約(うけい)を致しましょう」

 堅塩は、何処からともなく紅白の呪符を二枚取り出した。香炉を開き、それぞれの札を火種に触れさせる。

「赤い札が先に燃え尽きれば、幻月は形身を得る。白い札の方が先ならば、形身は周防一党の手に渡る」

 宣言と共に、二枚の呪符がふわりと浮き上がった。雅楽と堅塩の間の虚空で、じりじりと燃え始める。

 ──天照に仇成す者の存在を占う誓約に於いて、神意がそれをあると示す事があるならば。

 雅楽は考える。

 それは即ち、自らの敵を天照ご自身がお定めになるという事か。それもまた、天照の渙発される(ことわり)の内という事なのか。

 しかし、雅楽の仮定はそれ以上の考証の余地を与えられなかった。

 瞬刻の間に灰燼と化し、(たつみ)の風に溶けるかの如く吹き散らされて行ったのは、赤い札の方だった。

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