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夢遥か  作者: 藍原センシ
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『夢遥か』断章 葉月①

「何を書いているんだ?」

 寺子屋が昼休みになると、凪紗(ナギサ)は前の席に座る娘に話し掛けた。彼女は振り返る事なく、何処から手に入れたのか白紙の巻物にさらさらと筆を走らせ続け、聞こえていないのだろうか、と不安になる。

 もう一度声を掛けようか、と思い始めた頃、彼女がこちらを向いた。

「物語、かな? いつか凪紗にもお話ししてあげたでしょ、霊能者が人々の夢の中に入って冒険するお話」

 凪紗は素直に感心する。

「凄いな、てっきり宿題を早く片付けようとしているのかと」

「せっかく字が書けるようになってきたんだし、頭の中にしまっておくだけじゃ勿体ないでしょ?」

 彼女──奈美(ナミ)は、得意げに指先で巻物を叩く。昼休みになり、包んで来た弁当を早々に完食するとすぐさま書き始めたようで、その紙の端は既に机から二、三寸ばかりはみ出して垂れていた。

 冒頭には、「寝目物語」と題が記されていた。

「いめものがたり──夢物語、か」

「安直すぎるかな? ま、今のところは仮題だけど」

 一月程前に村の祭祀を司る呪者の息努(オキノ)老師が寺子屋を開き、凪紗たち庶民の子供たちにも読み書きの指導が始まった。

 奈美は村(おさ)の子とはいえ末娘であり、特に跡継ぎとしての教育が行われていた訳ではなく、入塾前の基礎学力はそこまで凪紗と差がある訳ではなかった。しかし寺子屋での勉強が始まってからというもの、まさに日進月歩というべき速度で知識や技能を吸収している。

 その進歩の度合いは、年上の生徒たちが彼女に「負けた」と思わされて悔しがる程だった。凪紗と奈美は今年で十二、寺子屋に集う学童たちの中では丁度半ばくらいの歳だ。

 彼女は元々時折村にやって来る語り部の絵空事を聴くのが好きで、自分でも物語を作って凪紗に聞かせてくれる事もあった。それを目に見える形として残したいという思いもあり、学習の原動力となっているのではないか、と凪紗は思う。

「よくこんなに書けるよなあ……俺なんか、宿題以外なら絶対やりたくないよ」

「凪紗は書く以前に、読むのがそんなに得意じゃないでしょ。お願いだから頑張ってよね、私いちばん最初に凪紗に読んで欲しいんだから」

「ううむ」

 辺陬であり、海や山に近いこの村では、税制の一環として(みやこ)に兵役に行く男たちを除いて(ほとん)ど自給自足に近い生活が営まれている。村の者たちはほぼ皆が顔見知りであり、どうしても生活必需品が足りなくなった場合は仲間内で物々交換が行われるなどの融通が利かされている為、売買に関わる金銭の勘定や書類を通じた取り引きなどは必要ない。

 寺子屋が始まったのも、その大きな理由は祭司の引退を間近に控えた息努老師がその後の退屈を紛らわせる為らしい。

「霊能者、か」

 物思いに耽りつつ、凪紗は独りごちた。

「やっぱり凪紗も興味ある?」

「まあ、なくはないけど。でも俺はやっぱり、なるなら呪者より侍の方がいい」

「ええー、才能があるって特別な事なのに。あ、そうだそうだ。聞いた? 次の祭司の堅塩さん、昨日老師から呪縛を解放して貰ったんだって。これで彼、もう本当に呪者なんだよ?」

 寺子屋にも出入りしている老師の弟子の名を挙げ、奈美は興奮気味に言った。まだ三十になったばかりの精悍な青年である彼は、村の子供たちからは憧れの的になっている。とはいえ奈美が心惹かれているのは霊能者という概念であって、彼個人についてではない。

 凪紗は溜め息を()いた。

「まだ信じているの、俺たちが霊能者かもしれないって事?」

「当たり前よ。私には分かるの、凪紗には私と同じ素質があるって事」


          *   *   *


 凪紗が奈美から霊能者であるという推測を語られたのは、彼女と言葉を交わすようになって間もない頃だった。

「『虫の知らせ』ってあるじゃない? 近いうちに何かが起こるっていう時、そんな予感を強く感じるっていうやつ。直感が働くっていうのかな。私、昔からそういう事がよくあったんだ。山火事が起こるんじゃないかって突然思って山に入ったら乾燥で火が出てて、大惨事になる前に消火したって事もある。お父様たちは、信じてくれなかったんだけど」

「それなら俺も、何度か似たような事はあったよ。奈美の山火事みたいな大事(おおごと)じゃないけどな」

「ね? やっぱりそうでしょ?」

 凪紗としては、別に第六感は特別な能力ではない、という事を言うつもりだったのだが、奈美は我が意を得たりとばかりに大きく肯いた。

「最初は気のせいじゃないかと思ってた。だけど、語り部の人から『呪縛者』の話を聞いて納得したの」

「呪縛者?」

「おかしいと思わない? 世界にはこんなに人が居るのに、村ごとに祭祀を司る人しか法が使えないって事。その世代交代ごとに、今まで法を使えなかった人が使えるようになるって事。それはね、法っていうのは自然な力じゃないから元々(ことわり)(いまし)められていて、呪者はそれを解いて使えるようにしているからなんだって。

 だけど呪縛者は、法は使えないけれど力の片鱗が別の形を取って現れる事があるみたい。勘が鋭くなったり、同じ霊能者と以心伝心が出来たり、遠い場所で起こっている出来事を知る事が出来たり、なんてね。勿論、そこまではっきりとじゃなくて、私みたいに『そんな気がする』程度にだけど。そしてそれは、縛められた法が強いものであればある程、顕著になる。それと」

 奈美は、凪紗の左手を取って(てのひら)を上向かせ、自分の左手を近づけた。

「何か、ピリピリって感じない?」

「……言われてみれば、そうかな?」

「私、凪紗の近くに立つとすぐに首にこのピリピリ感を感じるの。鳥肌が立つというか、痺れた足を軽く叩いた感じというか。これ、呪縛者同士の”共鳴”だって語り部の人は言っていたわ」

「こんな微妙な感覚で、そんなに分かるものかなあ」

 冬場、金物の農具の手入れなどを行っている時、バチリと指先で何かが軽く()ぜるような感覚を味わう事がある。その際、産毛がふわりと浮くような感覚が残るが、この時奈美と掌を近づけて感じたのはまさにそれだった。

「嘘じゃないよ。私ね、堅塩さんに聞いてみた事があるんだ。呪縛者って、本当に居るんですか、って。そしたら、呪者の秘密は明かせない、ってはぐらかされた。だけど、それで確信出来たわ。そうでしょ? 本当かどうか分からないなら、こんな言い方する訳ないもん」

 彼女は結局その後、堅塩と呪縛者に関する秘密を共有した。あの寡黙な高弟がよく語ったと凪紗は感心したものだが、どのような相手にもごく自然に懐に入り込み、心を開かせてしまうのは彼女のある種の才覚だった。

 お読み下さりありがとうございます。本日より断章「葉月」に入りますが、まず冒頭から混乱された方も多い事でしょう。が、堅塩が若い者として登場しているので何となく時間軸的な想像はつくかと。演出上の意図ですのでそのまま読み進めて頂ければ問題ありません。

 断章は全六日で、以降はまた鶴来たちの話に戻ります。凪紗と奈美の物語も今後の展開に関わる大事な要素ですので、是非最後まで宜しくお願いします。

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