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夢遥か  作者: 藍原センシ
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『夢遥か』参ノ章 天読み⑦


          *   *   *


 僕たちには天幕の一つが与えられ、次の作戦がまとまるまでそこで寛いでいるようにと言い渡された。兵部さんと再び顔を合わせる機会はなく、しかし明らかに彼が琴姫様から事の経緯(いきさつ)を聞いて僕たちに付けた監視と思しき兵二人が天幕まで着いて来た為、こちらの行動はかなり制限されざるを得なかった。

 気持ちの急く僕だったが、俊輔から「焦る事はないさ」と耳打ちされた。

「こうして(おか)に上がった以上逃げようと思えばいつでも経路は確保出来るし、兵部殿と目を合わせる事さえ出来ればまず第一目標は達成出来る。琴姫様が鷹揚な方で助かったが、勿論この世界の彼女は兵部殿の心が生み出した擬似人格に過ぎない。今のところ、彼女が俺たちを受け入れてくれた事が、干渉を試みている俺たちに対して兵部殿が心を開き始めているのか、琴姫様ならそうするだろうという彼女に対する印象が夢に反映された結果なのかは不明だな」

 天幕に入ると、俊輔は早速弥四郎に時柵を使わせ、入口で僕たちが不穏な話し合いを始めないかと耳を(そばだ)てている侍たちの時を停止させた。

 心置きなく話せるようになると、僕たちは先程の琴姫様との話し合いで追加された大量の報せを消化する事にした。まず、お胡尹が真っ先に僕たちに対して頭を下げて謝った。

「ごめんなさい。私が墓穴を掘っちゃいました」

「気にするな、お胡尹。ともあれこうして駿河軍に認知されながらも行動を共に出来るようになったんだから、(かえ)って良かったかもしれない」

 俊輔は彼女を元気づけるように言い、「それよりもだ」と手を打った。

「色々と報せが過多だが、今解消出来る疑問は一つ一つ整理していく事にしよう。まず皆分かっていると思うが、この世界では兵部殿が生前に知らなかった事は他の人物も口にしない。さっき琴姫様が俺たちに言った事は、全部兵部殿の持っている報せだったという前提で話を進める」

「彼の思い込みとかが含まれる可能性は?」僕は尋ねる。

「当然あるだろう。例えば俺は、天読みの本当の法としての効果を知らなかった。もし俺が『夢遥かの世界』に囚われ、その中に琴姫様が登場した時には、彼女は死の瞬間からどうこうという事はなく単に『先読みの法』としての力を持った呪者として出て来るだろう」

「琴姫様が兵部殿を評した言葉についてはどうなんだ?」

 弥四郎が指摘する。僕も、最初に引っ掛かった部分を想起した。

 ──冷酷にして苛烈、私と二人きりになると暴力的な本性を露わにしますのよ。まるで……そうですね、成長の止まってしまった子供のような性情です。

「あれも、兵部殿自身が琴姫様の言葉を借りて述べた自己分析なのか?」

「そうだな。彼女の言葉は、兵部殿が実際に自分に対して下している評価なんだ。そう考えると大分自罰的、というか自虐的にも取れるが……」

「何だか今一つしっくり来ないな。多分、千与殿の時よりも今回の兵部殿の『夢遥かの世界』が現実的すぎるからそう思うのかもしれない。だが、色々と分かりにくい事があるのは事実だ」

 弥四郎は腕を組み、唸るように言った。

「何よりまず、生前に抱いていた願いが叶うはずのこの世界で、彼自身が全く楽しそうに、心が満たされているように見えない事だな。四六時中気を張っているようだというか、心にゆとりがなく見える」

 彼の言った事は、僕たち皆の抱いていた気持ちの代弁だった。

 そうだ──兵部さんは、この「夢遥かの世界」を楽しんでいない。あたかも願いなど最初からなく、強いて生前の日常の延長を望んだ、とでもいうかのような。それでは生前の日常というのも、彼がこの世界で僕たちに感じさせた、余裕の持てないような心のうちに過ぎ行くものだったのだろうか。

「……彼って」

 沈黙を破ったのは、お胡尹の台詞だった。

「琴姫様の、何なんだろう?」

「側近としての彼の正体が謎に包まれているのは、事前知識の通りだ」

「そうじゃなくってさ。琴姫様には、旦那さんが居た。ちゃんと側配の人まで。船に乗っていた時、あの人旦那さんたちと、呪者の人とおんなじ部屋だった。それはおかしい事じゃないけど、どうして彼まで? 側近っていっても、家臣は家臣でしょ。お殿様だって、幾ら心を許せる相談役が居たとしても寝る時までその人を同じ部屋に置いたりはしないじゃない」

 彼女が長い台詞を発するのは新鮮だった。僕は、彼女の口に出した疑問についても考えを巡らせる。

 兵部さんは本当に、琴姫様の愛人だったのだろうか。琴姫様は、天読みの法を継承する為に榛名家当主の婚姻は近親者の中から結ばれると言っていた。それは、恐らく子を成す事を前提とする場合側配も同様なのだろう。蔵人さんも景吾さんと同じく榛名の分家出身だとは、琴姫様が説明して下さった。

 勝呂の姓を持つ兵部さんは、榛名家の血縁者ではないようだ。その彼は、子を作る事を想定せずに琴姫様に囲われている正真正銘の男妾(つばめ)だという事なのか。いや、まだ状況は易々と判断出来るものではない。あまり憶測で考えを巡らせすぎるのも彼への侮辱になるような気がする。

「鶴来は? 何か気付いた事とかはあったか?」

 俊輔に尋ねられ、僕は考えつつ開口した。

「兵部さんも、琴姫様の”腹心”の一人ではあるんだろうと思うよ。けど、彼も琴姫様が全てを打ち明ける程の関係性ではないように感じた」

「というと、具体的には?」

「琴姫様が最後に言っていた事──国元に居た時、朝廷から神祇官がよく訪ねて来ていたって事。琴姫様はそれが訳の分からない事であるみたいな言い方をしたけど、実際にその神祇官を応対していたのは彼女だろう。だからこれも、琴姫様の言葉を通して兵部さんが抱いていた疑問を口に出したんだと思う。

 琴姫様は天照道のやり口を知っていながらも、それを日出国の在り方として達観しているみたいだった。その一方で、彼らを真に自分たちと結んでいる相手として信用しているようでもないみたいだ。兵部さんは琴姫様程直接教団や天照寮の人たちと関わっているようではないけれど、彼らと琴姫様の間に何か非公式な交渉があるんじゃないかと疑っている……だから少なくともその点について、琴姫様は彼と事情を共有してはいないように思う」

 何だか、上手く言葉に出来たような気がしなかった。

 ただ直感として、琴姫様は兵部さんに秘密を作っている。そして、兵部さんの知らない事は反映されないこの世界でそれが仄めかされるという事は、彼は琴姫様が「秘密を作っている」事自体は知っている。

 兵部さんは、本質的に主君である琴姫様を信用しきっていないのではないか。それ故に、僕たちはこの世界に表白し難いちぐはぐさを感じるのではないか──。

「今回鍵になるのは、()()殿()()()()()()周囲の人間という点か」

 俊輔が、無理矢理にまとめた。

「彼にとって、『占縁の宮』の上に立つ天照道とは敵なのか味方なのか。その者たちと琴姫様が、自分には詳細の分からない繋がりを持っているという事は何を意味しているのか」

「……そうだね」

 僕は肯いた。千与さんの時もそうだったが、「夢遥かの世界」に囚われた彼らを解放するには心渡りだけではいけない。彼らの無意識が拾い上げている報せを注意深く観察し、彼ら自身が気付いていない事実を導き出さねばならないのだ。

 こうも登場人物が多いと、全体的に兵部さんの主観による”偏向”が掛かっているという事を忘れてしまいそうになる。外部の人間として夢惣備を行う以上、客観的な見方は常に心掛けておかねばならない。

 と、その時だった。

「おい、ぬしら、どうした? 大丈夫か?」

 天幕の外で、景吾さんの声がした。見張りの侍たちに語り掛けているらしい。

「立ったまま眠っているのか?」

「いけない……」

 弥四郎が思い出したように呟き、発動しっぱなしになっていた法を解除する。長時間に渡って体内器官も停止していたはずなので、彼は法の解除と同時にがくりと両手を突き、激しく空気を貪った。

 傷や異常を自覚した瞬間に苦痛が襲って来るのは、往々にしてよくある事だ。

 見張りの侍たちが、はっと我に返ったような気配があった。時間の止まっていた彼らにとっては突然目の前に景吾さんが現れたように見えただろう。天幕に映っていた影が、戸惑うように動く。

「……姫様が、天照道の方々をお呼びだ。ぬしらも交替し、休息を取るように」

「はっ」

 景吾さんも怪訝に思ったようだったが、殊更(ことさら)に疑いを掘り下げるような事はしなかった。見張りの二人の影がその場から去って行くと、彼は「御免」と断り、天幕の中に入って来る。

「神子様方。戦略が整いました故、私と共にいらして下さい」

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