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夢遥か  作者: 藍原センシ
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『夢遥か』弐ノ章 月下氷人⑥


          *   *   *


 外見は「村(おさ)の屋敷のような」と感じられた「深森の屋敷」だったが、中は思いの(ほか)手狭だった。道冥先生が自宅の一部を利用して開いている秋嵐塾に出入りしていた僕には、丁度そのような印象を受ける。

 とはいえ、家長の頼母一家と、縫の方と千与さんの母娘(おやこ)だけが暮らすにはこれでも大きいのかもしれない。平屋とはいえ、土地の面積自体は本家と比べてそこまで差異はなかった。

 俊輔は、こなれた様子で廊下や座敷を抜け、襖や舞良戸(まいらど)を開放していく。やむを得ず人と出くわし、その傍を通らなければならない場合には、弥四郎の時柵や僕の心渡りによる意識支配で目を欺き、進む。

 鶴来、と簡潔に呼ばれる度に法を使いながらも、僕はいつまで経っても若干の緊張が抜けなかった。

「居ないな……」

 半刻程もそうして捜索すると、また一室の障子を閉めたところで俊輔が呟いた。彼の顔が曇るのを見、えもいわれず不安な気持ちが誘われる。

「まさか、ここに居ないなんて事は?」

「可能性は低い。ここはあくまで、千与殿の主観で成立する世界なんだ。彼女と全く無関係な場所から『夢遥かの世界』が開始されるとは考えにくいし、それならこの屋敷以外に、彼女が居そうな場所は近辺にない」

 俊輔の言葉に、僕は「それなら」と口にする。

「何だ? 何か心当たりとか?」

「いや、ちょっと待ってよ……考えられるとすれば」

 実際に考えつつ、思いついた事を口にする。

「僕たちの探索中にも、『夢遥かの世界』は変化するのかもしれない。本当は千与さんじゃない呪者がこうして入り込んでいる訳だし、そもそも『夢遥かの世界』全体には偽神……だっけ。その意思も働くみたいだし。もしもこの世界に働いている何者かの意思が、掻爬の作用的に僕たちの夢惣備を妨げようとしている……とかは、考えられないかな?」

「ふむ……」

 俊輔は、やや意外そうな目で僕の顔を覗き込んできた。

 僕はやや面食らい、「な、何?」とたじろぐ。

「いや、我が弟ながらなかなか冴えているなと思って。確かに有り得るな、今まで俺が潜行してきた『夢遥かの世界』でも、俺に対する妨害としか思えない事象は度々起こった。天照道にも、個々人の夢に這入(はい)り込める呪者は居るからさ。もしかするとまた、物部堅塩が──」

「えっ、誰?」

 尋ねると、俊輔は

「いや、すまん。俺の独り言だ」

 余計な事は言わない、とばかりに両手首を振った。

「一応、主観となっている霊能者から見て夢がおかしな形にならないよう、呪者の排斥を重視して世界が変質する事はない。だから、ここからは手分けするとしよう。俺と鶴来、弥四郎とお胡尹の二手に分かれる。そうすればどちらかの組は、千与殿の魂に辿り着けるだろう」

「参考までに聞くが、その分け方の理由は?」尋ねたのは弥四郎だ。

「この世界では法を使えない俺と、人目を欺く(すべ)のないお胡尹。後者の場合は夢患いで幻を使えるが、これは(うつつ)──夢の中でこの言葉を使うとややこしくなるが──に絵空事を持って来るものであって現のものを見えなくする事は出来ないからな。この二人に、それぞれ心渡りと時柵を使える鶴来、弥四郎を付ける」

「なるほど」

「見つかったら、窓から信号を上げて連絡(つなぎ)をつける」

 俊輔は、懐から爆竹のような筒を取り出して弥四郎に渡した。

 本来は武士が山中などで孤立した際、家紋の形に細かく点滅する花火で自分の所属を示し、味方に応援を求める為の道具だ。何故彼が持っているのだろう、と疑問に思った僕だったが、無駄な事を尋ねるのは()した。

 僕たちはその場で分かれ、僕は俊輔と共に行動を再開した。

 考えてみれば、それは彼に出会ってから初めて僕たちが二人だけになった瞬間だった。とはいえ、彼は特に何を言うでもなく忽々(こつこつ)と探索を進める。相変わらず淡々と進む夢惣備に、僕はやや拍子抜けしていた。

「ねえ、俊輔」

 沈黙を重く感じ、僕は彼に話し掛けてみた。

「ん? どうした?」

「何か……夢惣備って、凄く地味な作業なんだね」

「まあな」俊輔はいつもの口調で肩を竦めた。「人探しも、神呼ばいの儀での交信もだけど、重要な事に限って地味な事の繰り返しなんだよ。伝奇ものの読本(よみほん)なんかに書かれるような派手な演出は、(ほとん)どが作り事だ。けど、夢惣備がこういう地味なものであるのは幸いな事なんだよ」

「幸い?」

「本来『夢遥かの世界』は、現実の裏返しだ。時空間的な意味で果てがない。迷い込んだ魂の育った環境が環境なら、その主を探す為に幾つもの過程を踏まねばならない事もある」

「そうなんだ……」

「まあそれは、追々残り三人の夢惣備で体験する事になるんだろうけどな。今はただ目の前の『夢遥か』を──千与殿の魂を解放する為に、やれる事を一所懸命にやるってだけだ」

「僕って、本当に役に立つのかな? ここに来てから、ずっと俊輔たちに頼りっぱなしな気がする」

「俺たちには、以前に経験があるっていうだけだ。それに今までの夢惣備だって、誰が見ても満足な形で成功したとはいえない。もっと言えば、鶴来、『夢遥か』の真実を確かめられるお前の居る今回が、初めて本当の夢惣備を出来る機会だって言ってもいいんだ」

 俊輔は足を止めると、くるりと振り返って僕の肩に触れた。

「今後はお前も、経験者という意味で完全に俺たちと同じ立場になる。沙夜を助けたいんだろう? 弱気になるなよ」

「心渡り……まさか、こんな事に使えるなんて思わなかった」

「そういうものなんだよ、法って。呪者を目指している訳じゃない霊能者で、自分の持っている力を熟知している者なんて皆無だと言っていい。法は突然血筋に関係なく発生するし、手掛かりは過去に一族から同様の霊能者が出たという記録を見つけて調べる事しかないんだから」

 でもな、と俊輔は続けた。

「各地の霊能者の血が神託による婚姻で交配され、生み出される法のうち、俺たちの母上の一族に発生した心渡りは、呪縛されない力のうちでは最高のものって言われているんだぜ?」

「えっ?」

「他者の心の中に入り、それを読んだり、無我意識と語り合ったりする。その結果として、俺たちは偽神の世界である『夢遥か』に行く事が出来る。他にそんな事が出来る法は、ことごとくが呪縛されているものだよ」

 彼が言った時、ふと微かな声が耳に届いた。

 朗読をするような、やや調子の高い声。若い女性のようだ。

「………? 俊輔、これって」

「ああ、近いみたいだな。やっぱり、観測者が増えると偽神もごまかしが効かなくなるって事か」

 俊輔は言い、(しば)し耳を澄ませた後、

「あっちの奥みたいだ」

 裏手に続く、縁側の曲がり角を指し示した。

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