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夢遥か  作者: 藍原センシ
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『夢遥か』弐ノ章 月下氷人④


          *   *   *


 弥四郎の言った通り、潜行してすぐに聞こえていた水音の源にはそこまで時間を掛けず辿り着く事が出来た。川幅も深さもそこまででもない、数歩歩けば渡れてしまうようなささやかな流れだった。

 現在地は、山の中といっても大分麓に近いようだ。この川も下流に違いなく、遡っていけば急流となり、滝か何かに繋がっているのだろう。

 その流れに沿って歩いて行くと、予想通り山道はすぐに終わった。

 森を抜けた先の畑や水田の続いた畦道を、影の長さと太陽の位置を頼りに方角を確かめて進むうち、見覚えのある轍の道に出た。その先に見えるのは、天守閣を囲いの上に突き出した城下町だ。

 葛城城、大和の領主である片桐氏の城。

「ここは大和で間違いないようだな。山の中から始まったのは、あそこに千与殿が居るからか」

「あんな山の中に?」

「炳五郎殿は、千与殿は分家に置かれていたと言っていた。恐らく、さっきの山の中に彼の言う『深森(みもり)の屋敷』があり、彼女はそこで暮らしているんだろう」

「深森、か……」

 予備知識の全くない状態で俊輔と炳五郎殿の会話を聴いていた僕は、炳五郎殿の口にした固有名詞をそこまで覚えている訳ではなかった。が、その「分家」の屋敷の名は(けだ)し本質を突いたものであったといえよう。

「けど、何で旗本の分家がそんな山奥にあるんだろう?」

「……さあ、それは分からん。だけど話では、『深森の屋敷』は千与殿の出生から三年後に落成し、それと同時に彼女は分家──由比頼母(タノモ)の一家で、容昭の再従妹(はとこ)であり側女(そばめ)、母親である(ヌイ)の方と共にこの屋敷に移ったらしい。……ややこしいな。この事から何となく予想がつく事はある」

「どんな事?」

「霊能者である事を、『()ろい』と見做されたって事だよ」

 俊輔の声色が、そこで急に温度を下げた。

「法も法ろいも元を糺せば『()り』、つまりやんごとなき者たち──神々の意思である(ことわり)に基づいて下された命令(みことのり)、天与のものって考え方だ。実際生得の呪なんて血の問題って事以外に何も分からないんだから、そういう思想は古来からあった。要するに因縁論だよ。常識では有り得ない力を持った子供が生まれ、それが例えば他者に害を成すものだったり、考えられないくらいに気味の悪いものだったりしたらどう思う? そういったものは業病の(たぐい)で、生まれながらにして忌むべき罪を持っている──そう考える人間は、未だに一定数居るんだ」

「それで……そんな事で千与さんは、隔離されたっていうの!?」

 僕は、つい興奮気味に叫んでしまった。

「霊能者なんて、何処にでも居るじゃないか。日出中の人が信仰する天照道の呪祷官だって、神託を受け取る(やしろ)禰宜(ねぎ)の人たちだって、呪者になるには、霊能者でなければならないのに」

「ああ、だから本来は唾棄すべき偏見というべきなんだ。けど、それを皆が信じていた時代もあった。これは天賦の才、これは因業、という(ふう)に、本来ありもしない境界線を人が引いてね。

 千与殿の場合、本当に不幸だったとしか言いようがない。下調べとして由比家の系譜を武鑑で遡ってみたが、記録されている限り過去に血筋から霊能者が出た事はなかった。そしてそんな霊能者第一号の父親となったのは、名門旗本・瀬利家の(うから)であるという矜持の強い由比容昭だった」

「容昭公も不本意だった……なんて事は、ないよね」

 武家には体面がある。そうも思った僕だったが、その考えは浮かぶと共にすぐに立ち消えになった。

「完全に、彼の思い込みだろうな。いきなり血筋から現れた霊能者が業病だなんて迷信、信じ込んでいる少数派なんだから」

「いや、すまない鶴来。俺の言い方が悪かったな」

 俊輔は、慌てたように両手首を振った。

「俺の言っているのはあくまで予想で、状況から見て恐らくそうなんだろう、くらいの考えだ。妄想って言ってもいい。あんまりそれに基づいて論を進めると、救わなければならない千与殿のお父上を誹謗中傷する事になる」

「でも……炳五郎さんだって、容昭公は死後に時が止まってしまった千与さんを本家の屋敷から隔離しようとしたって」

「ともかく、事実と空想は分けるべきだ。俺ももう、変な事は言わないようにするからさ」

「………」

 それでも、僕の中にはまだ引っ掛かるものがあった。

 状況から見て、恐らくそうであろう予測。それは実際に、家同士の横の繋がりが重視され山程の慣習(しきたり)に約された中央武家では”よくある事”だからこそ考えられてしまう事柄なのだ。

 ──僕たちが居た、農民たちと大した違いのない田舎侍の家ではまず有り得なかった事だ。

 僕はそう思ってからふと、千与さんがこの「夢遥かの世界」に反映させている未練というのもその辺りに関係しているのだろうか、という考えが()ぎった。

 俊輔が根拠のない空想を戒めたばかりだというのに、どうも僕は何事にも過剰な先入観を抱いて当たってしまうらしい。

 僕のそのような様子に気付いてか、俊輔はそれまでの調子に声色を戻して僕の肩をぽんと叩いた。

「ま、真実はお前の心渡りで確かめるべきだな。ここであれこれ考えていたって仕方がないや。早いとこ、『深森の屋敷』を探して千与殿に接触(わたり)をつけようぜ」

「……そうだね」

 僕は、小さくこくりと肯いた。

 お胡尹が「なんか」と呟く。

「鶴来君、色々感じやすすぎるところがあるみたい。お願いだから倒れちゃわないでね、この『夢遥かの世界』で」

「そ、そうなのかな……?」

 沙夜が幻月の刀に貫かれる光景を目の当たりにしてから、自分はやや経脈が細くなっているのかもしれない、と僕は思った。今度は俊輔は何も言わなかったが、代わりに弥四郎がお胡尹の言葉を受けて言った。

「夢惣備を行う側から見れば、この世界はあまりにも過酷だ。口で言うと軽い響きになってしまうが、くれぐれもそういうものなのだという事を心に留めておいた方がいいだろうな」

 僕は、彼らもまた以前は”当事者”だったのだよな、と考える。

「……経験則?」

「いや、性格的な問題だ」

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