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夢遥か  作者: 藍原センシ
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『夢遥か』壱ノ章 夢遥か⑦

  ⑤ 物部堅塩


 天照寮の入り組んだ(わたどの)を、堅塩は慣れた足取りですいすいと渡って行く。

 広大な住良宮の敷地内の一角に、他の庁舎からは隔てられた天照寮は、その儀式場と庁舎全体を専門の呪祷官による呪で張られた結界に覆われている。神祇官や呪祷官の起臥する部屋を除き、庁舎内にある多くの襖や舞良戸(まいらど)は偽物であり、結界の作用によって日ごとに位置と繋がっている先を変える。

 (みかど)を始めとする()()()()()()人々の警護に当たって、呪を使ってここまで厳重に守りを固めるという事はない。天照寮の用心深さはこの点を採っても帝に対してのそれより力を注がれているといえるが、これに対して太政官たちが異議申し立てを行う事は、暗黙の規則として許されていない。

 当然の事だ。神の(すえ)である帝よりも、神そのものである天官の方が尊ばれ、先とされるのは。

「通せ。わしじゃ、堅塩が参った」

 その”神”(いま)す間へと続く最後の扉の前まで来ると、黒衣(くろご)を纏い、頭巾で顔を隠した二人の呪者に向かって堅塩は言う。彼らが、相伝の呪である迷宮結界──生得のものではないので法ではないが、それに等しい程の専門性を有する──を司る呪祷官だった。

「只今、『目暗(めくら)(てい)』を取っております。姿形を措き、あなた様が堅塩様であるという証拠をお示し下されよ」

 呪祷官の片方が言う。

 堅塩は別段面倒だとも思わず、誓約(うけい)に使う呪符を取り出した。

「わしが本物ならば赤い札、悪心秘めし紛い物ならば白い札が先に燃え尽きる」

 宣誓し、二枚の札を燃やす。

 目暗の体とはいえ、これも段取りの一種であり彼らが本当に目が見えない訳ではない。他者に化ける(すべ)を持った霊能者が存在しないとも限らない為、はっきりとした証を見せねばならないのだ。

 誓約は、神々の意思を示す(うら)いの術。この結果が偽りを示す事はない。

 果たして札は、赤い方が先に燃え尽きた。

「結構です。どうぞ、お入り下さいませ」

「大儀である」

 堅塩は彼らを労うと、両開きの扉の内側に歩を進めた。

 帝の、謁見の間と同等の広さを誇る部屋。しかし、畳に上がった先の空間には窓が一切なく、広間隔で壁際に並んだ燭台から蝋燭がちらちらと淡い光を放っているだけで深い闇が揺蕩(たゆた)っている。

 その闇の向こう、蝋燭の灯を反射させてぼんやりと見えるのは、金糸による刺繡を施された天蓋付きの高座だ。正面から半ば程までに御簾(みす)が垂れているところまで、それは帝の座るものにそっくりだった。

 (いみ)の間。天照頭である堅塩のみが立ち入りを許された部屋。

()()

 堅塩は、はっきりとそう呼び掛けた。自分が仕えるべき主君は、御簾の陰に顔を隠すその人物を措いて他にはない。

「堅塩か。近う寄れ」

 神は──天官は、低く堅塩を呼ばった。堅塩は一礼し、畳に上がり平伏(ひれふ)す。

「首尾を話せ。理化(あやな)す少女はどうなった?」

 天官の言葉回しは、諸国の領主や武家の者が使う言葉程物々しくはない。そのような上辺だけの格式を嫌い、際限のない敬語の格上げを疎ましく思っている事は、堅塩も昔から知っている。

「無事、幻月がこちらに引き込みました」

「ふむ……それも形身となるかの者への、無我意識より(きた)る愛心故か。『夢遥かの世界』……我が(くびき)の下に成り立つ世界ながら、煩わしい制約を設けたものだ」

「そう仰られますな。無秩序な血の氾濫を封じる為でございます」

「分かっている」

 天官が、蝿でも追い払うかの如く手を振るのが見えた。

「私も、彼女の理化す為に恥ずかしき振舞いをせねばならぬな」

「この堅塩もお手伝い致します」

「ああ、頼んだぞ。ところで、(うつつ)の方はどうなっている?」

「私が潜行している間、采配は歴木雅楽に委ねておりまする」

「ほう? あの者か……まだ(わらべ)と思っていたが」

「もう童という程の歳ではありませぬよ、陛下。まだ青いところは目に付きますが、あれはあれで野心を秘めている。法を持ち得ぬ分、本人が狡猾さを育んでいるのでしょう」

「気を付けよ、堅塩。野心も過ぎれば、飼い主にすら牙を剝く」

「手綱は握っておりますれば」

 堅塩は言いながら、現世(うつしよ)に残して来た雅楽たちの事を考える。

 ここは「夢遥かの世界」だった。理化す少女──天孫降臨の伝説を伝える和泉、日根の村の女子(おなご)で、沙夜という名前だった──の精神を窓口に魂を入れ込んだ延長線上にある世界。

 京も朝廷も、住良宮も帝も、役人たちも、ここでは一切が紛い物だ。しかし、「夢遥かの世界」それそのものを統べるこの天官のみは偽りなき真物。その真性を保っているのは、堅塩の「魂鬻(たまひさ)ぎ」の法に他ならない。

 雅楽は未だに、堅塩が魂に送る”報せ”を神託だと信じている。歴代の神子たちがそうであったようにそれは当然の事で、そうであって貰わねば困る。

 堅塩は、やや気弱な彼の奥底に火を灯している矜持の高さを見抜いていた。彼ならば、神の名の下に天照寮を牽引し得る──あと必要なのは慣れのみだが、もう(しば)らくは自分が導くのも良かろう。

「夢の変質には、数日の時を要する。最初の(おこな)いを終え次第、其方(そなた)(うつつ)へ戻れ。周防一党の動向にも心を配らねばならん」

 天官は、結論をまとめるかのように声の調子を上げた。

 堅塩は「はっ」と応じる。(おもて)を上げ、改めて一礼すると、入って来た方向に後ろ歩きで下がる。蝋燭がふっと消え、辺りが完全な闇に閉ざされると、堅塩はそれで天官が夢の集合に溶け込んだ事を悟った。

 忌の間を出る時、その闇の中で百鬼連の妖が啼いているような声が、微かに聞こえた気がした。

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