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夢遥か  作者: 藍原センシ
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『夢遥か』壱ノ章 夢遥か⑥

  ④ 日向鶴来


「すまない、皆……これは俺の責任だ」

 嘔気を催す程の血の臭いに、崩壊しかかったあばら家に留まり続ける事は不可能だった。幻月の一団が去ると、僕たちは逃げるように(おく)を出、山中に開けた空き地まで移動した。

 (やしろ)のすぐ傍まで妖除けの結界が張られていたのだ、山中はとうに百鬼連の縄張りになっているに違いない。野侍や堕ち武者が現れては仕方がないが、何も対策をしないよりはいいだろう、という事で俊輔が斥邪結界を張り、取り敢えず落ち着くと、お胡尹に傷を治療して貰いながら弥四郎が頭を下げた。

「あっ、動いたら駄目」

 お胡尹が、包帯を引いて彼の上体を引き起こす。弥四郎は唇を噛んだ。

「隠れ家にあいつらを連れて来ちまうくらいだったら、死んででも俺が囮を遂行するべきだったんだ」

「そういう事を言うな、弥四郎」

 俊輔が窘める。

「お前が死んだところで、あいつらは山狩りをやめなかっただろう。遅かれ早かれあそこは見つかっていた。それにお前が殺されたんじゃ、何の為に俺がお前を『夢遥かの世界』から連れ戻したのか分からない」

「でも、これからどうするの?」お胡尹が言う。

「こっちでの頼みの綱だった道冥先生がやられてしまった……一旦戻って、改めてこっちに……」

 俊輔は独りごつように言ってから、「いや駄目だ」と自ら否定した。

「幻月が、また鶴来を襲わないとは限らない。もし全てがやり直しになったら、俺がもう一度鶴来に会える保証はないんだ」

「──沙夜は」

 僕は、叫び出したいのを抑えて発言した。

 俊輔たちを恨む気持ちはなかった。彼らが居なければ、僕は昨夜(ゆうべ)の襲撃で命を落としていた。そうなれば、沙夜を助けるという選択をする事すら出来なかった。込み上げる憤ろしさは、あまりにも立て続けに降り掛かった不条理に──その陰で糸を引く者たちに対するものだった。

「何処に連れて行かれたの? 魂は昨夜の時点でとっくに『夢遥かの世界』に囚われたんだろう? 奴らが──抜け殻になった沙夜の体を欲しがる理由なんて、ないはずじゃないか」

「それは、俺にも分からない。ただ、最終的に天照道が天照を顕現させようとしているのは現世(うつしよ)だ。形身の魂だけがあっても、天照の御魂(みたま)が宿ったそれが現世に現れる為には元の”肉体(うつわ)”も必要なのかもしれない」

「そんなの、創世の女神がする事かよ……それじゃあ亡骸まで、徹底的に凌辱するみたいなものじゃないか」

「その通りだな、鶴来。許せる事じゃない」

 俊輔は口調を変えずに言い、僕の背中に手を置いた。

 道冥先生が殺され、(つら)いのは彼も同じに違いない。それでも感情を表に見せないのは、彼の冷たさではなく、芯の強さであるように僕には思えた。

「まあ、幻月を使役する者たちの事を考えれば、奴らは京か山城国に向かったんだろう。けど、いきなり俺たちだけで乗り込むのは危険が大きすぎる。切り口を変える事にしよう」

「切り口?」

「『夢遥かの世界』に囚われた霊能者は、沙夜を含めて六人。そのうち、弥四郎とお胡尹は既に救出した。沙夜を除いた三人の居所は、大和、駿河(するが)、京にそれぞれ一人ずつだ。彼らそれぞれの主観は異なれど、『夢遥かの世界』それ自体は一つ。彼らの世界と地続きの場所に、現実から観測したのと同じく眠った他者が居る」

「例えば、俺が『夢遥かの世界』に囚われているとする」

 弥四郎が、具体的な説明をしてくれた。

「同時にお胡尹も、『夢遥かの世界』に囚われている。この時、俊輔が俺に対して心渡りを行い、『夢遥かの世界』に潜行する。そうすると、勿論そこは俺の主観の世界だが、そこから国境を越え、俺の主観が及ばない場所まで行けば何処かに体の死んだお胡尹が眠っている。そこでお胡尹に対して心渡りをすると、今度は彼女の主観の世界に入り、世界の何処かで俺の体が死んでいる」

「大事なのは、それぞれの霊能者に一つずつ、独立した『夢遥かの世界』があるという訳じゃない事だ。『夢遥かの世界』は一つ、(ただ)し観測者が異なる為映る世界も異なる。誰かへの心渡りで潜行した時、何処かで囚われた誰かの夢が叶い、また別の何処かでは別の願いを叶えている、なんて事はない訳だ」

 分かりにくいかな、と俊輔は一呼吸置いた。

「おかしな事に思えるかもしれないけど、それは心渡りで潜行する俺たちが部外者だからだ。弥四郎とお胡尹の例を引き摺るが、俺が弥四郎に、鶴来がお胡尹に心渡りをすれば、俺たちは同じ『夢遥かの世界』に行く。外部から入り込んだ魂だから夢の一部ではない俺たちだけど、お互いに異なる主観を持った俺たちは出会う事はない。それは当たり前の事だ。もしもその状態で出会ってしまったら、とんでもない矛盾が発生して時空間がどうなるか分かったものじゃないからな」

「時空間?」

「沙夜以外の三人を連れ戻す事も、俺の目標だった。彼らを怨霊にして現世(うつしよ)に返す訳には行かない。同時にその世界では、心渡りの対象となった者以外の霊能者の魂にも会える。あくまで、眠った状態ではあるけどね。そこから、別の誰かの主観に飛ぶ事も出来るかもしれない」

「そっか、そこで沙夜に会えれば……」

「彼女は『夢遥かの世界』に引き込まれた現実の地点で、眠りに就いた状態で発見される」

 単なる希望的観測とは言い切れないぞ、と、俊輔は言った。

「だけど勿論、他の三人を踏み台にする訳じゃない。鶴来、お前にとって最優先なのは沙夜だろうが、俺は全員を救う為に今まで戦ってきたんだ。この方法を採るとするなら、お前にも残り三人の救出に加わって貰う事になる」

「それはいいよ、勿論」

 僕は、躊躇う事なく言い切った。

「というより、僕はそうしなきゃいけないんだ……きっとその人たちが『夢遥かの世界』に囚われた事で、僕と同じ気持ちを味わっている人が居る。沙夜だって、こんな事を聞いたら黙っている訳がない」

「安心したよ、鶴来。お前はちゃんと、他人の為に本気になれる奴だ」

 俊輔が言うと、お胡尹が「だってそりゃ」と口を挟んだ。

「俊輔君と同じ血が流れているんだもん。俊輔君だって、優雅な暮らしを捨ててまで知らない私たちを助けてくれた」

「優雅な暮らしって……別に朝廷の神子だったからって、贅沢三昧していた訳じゃないぞ、俺は」

 俊輔は苦笑いをしてから、「それじゃあ」と手を打った。

「大和国に行って、最初の霊能者に会う。旅に出るんだ、誰にも話さずにな」

「誰にも話さずに……」

「そうだ。道冥先生も言っていたな、沙夜に対して心渡りをするには、お前が僻呪の契りの範囲外に出なければならないって。義貞公には惨い事かもしれないが、彼にはお前が死んだものと思って貰おう」

「えっ?」

「村人たちは、先生から昨夜の野侍襲来については説明されている。彼らが山の中を探せば、先生のご遺体はすぐに発見されるだろう。沙夜の死は伝わっているし、その亡骸がないとすれば──鶴来、お前の死は間違いないと思われる」

「そっか……悲しませちゃうな、父上の事」

「……全てを知った今でも、お前は義貞公をそう呼んでくれるんだな」

 俊輔の口調は、心からほっとしているようだった。

 僕は「当たり前だ」と肯く。

「僕は誇りに思っているよ。あの人に──父上に育てられた事を」

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