『夢遥か』勇者・命(ミコト)の伝説
「よくぞ参った、勇者ミコトよ」
ミコトが平伏すと、天の高座に坐す女神・天照は宣われた。
世を救う為、一度はそのご加護を賜り、共に百鬼連と戦った相手だ。しかし、今こうしてミコトは、その宸儀を直視する事すら畏れ多いという気になっている。顔を上げられないのは儀礼であると同時に、ミコト自身がそうする事が出来ない為でもあった。
あまりに、目映かった。
神々しかった。
この御姿と纏われる空気感──光輝こそは、天照が日出国に於ける創世の女神であらせられるに相応しい。
「地に害成す百鬼連を……かの蘇古常百鬼を地の底に封じてくれた事、改めて感謝するぞよ」
「勿体なきお言葉」
ミコトは声が震えぬよう精一杯腹の底に力を込め、言葉を紡ぐ。
「私めが勝利出来ましたのは──日出の地を救う事が叶いましたのは、天照、あなた様のお力添えのございましたが故。地上の民全てを代表致しまして、感謝を申し上げます」
「うむ。だが、まだ終わってはおらぬ」
天照は高座からお立ちになり、こちらにお御足を運ばれた。
階を下り、ミコトの一間先に下げた視線に捉えられる位置までお進みになられると、そこで玉歩は止まる。
さらさら、と衣擦れの音が鳴る。
天照は屈み込まれると、ミコトの肩にお手を置かれた。
「面を上げよ、勇者ミコト」
ミコトは、ほんの数寸ばかり頭を動かす。こうした場合、字義通りに捉えてご尊顔を直視しない事は知っていた。が、
「もそっとじゃ。我が顔を真っ直ぐに見よ」
天照は、こちらが戸惑うような事を宣われた。
ミコトは躊躇いながらも、徐々に顔を上げていく。
「其方と、母子の契りを交わそうぞ。其方はこの天津国の神の族に名を連ね、天孫として再び中原に降り立つのじゃ。世に精気を満たし、地を寿げ。その時初めて、世は救われるであろう」
──私が、天孫に。
ミコトは心の臓の大きく跳ねるのを感じながら、女神の御姿を直視した。
天照の湛えられた表情は──慈しみ深き微笑みだった。
強張っていた心が、ふっと解れたように思った。
(これで、日出国は安泰だ……)
長き戦に摩耗した心身に、心地良い疲れがやって来る。
ミコトは会心の笑みを浮かべながら、天照の差し伸べられた御手を取った。