3 僕ら三人。
僕とあいつは先生たち、校長室に呼び出されて一時間ほど説教されて解放された。
「……朱里に近づくな」
「それは僕のセリフだ。八郎、エイに近づくな」
「なんでお前が?」
校長室を出て、俺はあいつに鎌をかけた。
すると見事にひっかかる。
「やっぱり八郎なんだ。記憶はあるんだな。エイを殺しておいて、まだ彼女の邪魔をする気なの?今度は僕が殺してやろうか?」
「ふん。できるもんならやってみろ!」
「わかった!」
あいつにとびかかろうとしたら、すぐに羽野さんが間に入った。
どうやら僕たち、いや八郎を待っていたみたい。
あんなひどい目にあっても、エイ、羽野さんは八郎の傍にいる。それが悔しくてたまらない。僕だって人間になったのに。
「二人とも、また先生に怒られるよ。なんで喧嘩するの?」
「別に」
「羽野さんには関係ないよ」
彼女のせいとか思われたくなくて、僕はそう答えた。あいつもそうだったみたい。そういうところがもっとイラつくけど。
「じゃあ、また明日ね」
羽野さんはあいつと帰っていった。
あんな奴がエイと一緒に帰るなんて、ものすごい嫌だったけど、今のあいつは性格が悪いだけの男だ。大丈夫なんだろう。
それから、僕たち三人は奇妙な関係を築いた。
特に八郎は僕が誰の生まれ変わりが知りたいらしく、いつも誰からの名前を挙げ、僕の正体を探る。
「八郎。なんで君はエイを殺したの?元から殺す予定だったの?」
「そんなわけはない。俺はエイを気絶させただけだった。だけど、親分が殺しやがった」
「八郎が殺したわけじゃなかったんだ」
「あったり前だ。エイには迷惑をかけた。だから、この世界では幸せになってほしいんだ。俺の償いだ」
あいつは嫌な奴だ。
だけど、エイに対してはいい奴だった。
「なあ、お前、本当に誰だよ」
僕たちはエイ、羽野さんが傍にいないと昔の話をする。
どうやら僕たち以外に生まれ変わりはいないらしい。
エイは記憶がないとのこと。
「朱里ももしかしたら、他人の空似にすぎないと思ったこともある。だが、お前が朱里をエイだっていうんだから、彼女は本当にエイなんだろう」
「羽野さんは、エイだよ。絶対に。君は八郎であるのが確かのように、彼女はエイだ」
「そっか。お前の正体知りたいな。友達じゃなかったんだろうなっていうのはわかる」
僕はお前に殺された犬。
何度か言おうとして飲み込んだ言葉。
今日も飲み込んだ。
そうして月日は過ぎて、僕が入学してから半年がたった。
「八郎、エイは?」
「……今日は休み」
「なんか元気ないね。君らしくない」
「俺に会いたくないんだって」
「へ~」
「面白そうだな」
自然と僕はにやけていたらしい。
八郎はエイを殺してなかった。
だけど、僕を殺したのは事実。
彼が彼女を利用したせいで、彼女は殺された。
だから、八郎のことは今だに好きじゃない。
「部屋から出たくないと。特に俺の顔は見たくないって」
「え?昨日は普通だったよね?八郎、何かした?」
「いや。なにも」
考えられることは、普通の風邪。だけど、八郎に会いたくないってことは、理由はあれしかない。
「記憶がもどった?」
「かもな」
八郎はがっくりと肩を落とし、ぼやく。
「自業自得。ざまあ、みろ」
僕は舌を出して悪態をついてやったが、無反応だった。
「……潮時だ。俺はもう朱里に干渉しない。お前もいるしな。お前と朱里ならいい恋人同士になりそうだ」
「なんだよ。それ」
「お前は朱里の恋人になりたかったんだろ。お前ならよさそうだ」
「それで終わらせるつもり?散々羽野さんを振り回しておきながら?」
「悪かった。だけど、俺みたいな奴を朱里に近づけたくなかった」
八郎は笑う。
こいつは嫌な奴だ。
だけど、今と前のやつは違う。
「まずは確かめてみなよ。僕も一緒に確かめる」
「そうか。ありがとう」
今の八郎は優しく微笑んだ。
☆
八郎の予想はあたり、羽野さんは前世の記憶がもどっていた。
「羽野さん」
「あ、犬里くん」
エイ、羽野さんの顔色は悪い。周りに八郎の影はない。
「聞いてもいい?エイ」
彼女の隣に立ち、僕は彼女に囁く。
「どうしてその名前を!あなたも生まれ変わりなの?」
「うん。そうだよ。僕はしろちゃんだ」
「しろちゃん?!」
エイの目が限界まで見開かれた。
「信じられない?だけど、僕は犬のしろだ。っていうか、僕はいろんな名前で呼ばれていたから、いっぱい名前があるけどね」
「本当にしろちゃんなの?」
「そうだよ」
「ああ、しろちゃん。よかった」
エイは心底ほっとしていた。
「八郎が怖いんだよね?」
「うん。だって、私は彼のせいで」
「うん。そうだよ。八郎のせいで、君も僕も死んだ」
「しろちゃんも?」
「うん。実はあの夜の前、僕はあいつらの計画を知ったんだ。だけど、怪我していて、その前に駆け付けることができなかった」
「そうなんだ。しろちゃん、怪我して」
「怪我させたのは八郎だよ」
「八郎さんが!?」
「ちなみに僕を殺したのも八郎だ」
「なんてこと、しろちゃんまで」
彼女は座り込んでしまった。
頭を抱えている。
「気にしないでいいから。エイ。僕は君と再び会えてうれしい。そして八郎はそんなに悪い奴じゃない」
「しろちゃん?」
「あいつはエイを利用した。だけど殺すつもりはなかったと」
「でもそれでも、あの人は私の気持ちを利用したわ」
「うん。そうだね」
エイは怒っていた。
そうだ。
僕も八郎のことをよく知るまでは怒りで我を何度も忘れそうになった。
だけど、今は違う。
残念ながら、記憶が戻る前の羽野さんは八郎のことが好きだったはずだ。
「今と昔は違う。僕はしろちゃんだけど、今は人間の犬里賀次郎だ。エイも、今は羽野朱里さんだろ」
「だけど、私は怖い。また騙されるんじゃないかって」
「そうだね。だから、僕がずっと一緒にいる。君が八郎を信じられるまで。八郎っていうのもやめなきゃね。今の名前は、」
「木埜下俊介よ」
「俊介ね。ね。僕も羽野さんのこと朱里って呼んでもいい?」
「もちろん。私は賀次郎くんって呼ぶね」
「うん」
僕と、朱里ちゃんと、俊介の摩訶不思議な関係がその日から始まった。
俊介はなんていうか、やっぱり女の影がいつもついていて、なんだか朱里ちゃんを応援できなかった。朱里ちゃんもやっぱりエイの記憶があるからちょっと違うみたいで。
「賀次郎くん。話があるの」
「なに?」
「あ、俺は用事があるから」
俊介はなんかそそくさといなくなってしまった。
「あの、賀次郎くん。私、賀次郎くんを好きになったみたいなの」
「へ?だって俊介は」
「うん。俊介くんのことは多分好きだった。だけど、昔の記憶を思い出して、少し私の意識が変わったの。前は盲目的に俊介くんのことを慕っていたけど、色々考えるようになって。それで、賀次郎くんっていつも私のことを見てくれてるじゃない。それがとてもうれしくて。ちょっと嫌な子になっていたの。賀次郎くんはしろちゃんの記憶があるから私に優しいのに。だからほかの子と仲良くしてても我慢しなきゃいけないけど、どうしてもできなくて。だから決めたの。賀次郎くん、私の彼氏になって。そしてずっと一緒にいて」
「僕、僕でいいの?」
「賀次郎くんだからいいの」
僕は犬だった。
エイは僕が犬だった時に一番優しかった女の子だ。
そして僕が救えなかった。
だけど、僕が朱里ちゃんを気にするのはそれだけじゃない。
彼女は可愛いし、優しい。
「朱里ちゃん、僕でよければ彼氏にしてください」
「ありがとう!」
そうして、僕と朱里ちゃんは付き合い始めた。
俊介はいまだに女の子たちとよく話しているけど、誰が彼女かはわからない。
いい奴ではないけど、悪い奴ではない。
僕と朱里ちゃんは、俊介とずっと友達でい続けた。
彼はいい奴ではなかったけど、最後まで悪い奴にはならなかった。
「お前らがいてよかった。ありがとう」
結婚式の前日、俊介がそう言って笑った。
俊介はずっと独り身で、僕たちはたまにお茶を飲んだりご飯を一緒に食べたりした。
彼は人生を誤ることなく、普通の人として過ごした。
何を成すこともなかったけど、彼は最後まで笑っていたと聞いた。
「朱里ちゃん」
僕は朱里ちゃんを残して死ぬ。
だけど曾孫まで生まれて満足だ。
「また来世で会えるといいな」
「そうね。生まれ変わって待っていて」
「うん」
朱里ちゃんの笑顔は何歳になっても可愛い。
彼女に見守られる中、僕は人生の幕を閉じた。
(終)




