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アストリッドと夏至祭の魔法使い  作者: 上津英
Ⅱ havn―海―

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22 「はっ!? 魔女の誘いに乗っかれるか!」

「いやあああ!!」


 塀に凭れかかっていた自分達は、蓋を外したバネ人形のように甲板から投げ出されてしまった。

 投げ出される直前、面舵の近くで地図を見ていた航海士が、斜面を登り切れなかった子供のように斜めになった甲板をずり落ちるのが、やけにゆっくりと見えた。

 このままだと冷たい海に落ちてしまう。昼だろうが、数分も浮かんでいれば体温を奪われて死ぬ。


「アストリッド!!」


 同じく船外に投げ出されたウィルが叫ぶのと同時に、海面に落ちる直前で空気のクッションに受け止められる。隣を見るとウィルもクッションに受け止められていた。

 ウィルは杖を持ってはいなかったが、ぷかぷかと近くで浮いているので問題なく魔法が使えているようだった。


「くそっ捕まれっ! 落ちるぞっ!」


 上方からルーベンの声が聞こえる。どうやら海に落ちたのは自分達だけのようだ。


「な、なに!?」


 慌てて船を見上げると、崖に挟まれた細い道を曲がるのに十分な距離を確保出来なかったのか、船尾が崖に衝突しているのが見えた。バランスを崩した船はあっという間に船首を上に傾いていく。

 だから先程ルーベンは怒鳴っていたのか。


「崖に衝突したようですね……危ないっ!!」


 すぐに座り直せた自分の頭上に、破損し割れた船体から木箱が何個も落下してきたのだ。咄嗟に身構えた自分を不自然に避け、次々と木箱が海に沈んでいく。いつの間にかウィルは杖を手にしていた。

 跳ねた海水がびしゃっとスカートと脚を濡らす。


「有り難う! 荷物……あっあそこ!」


 海面に浮かんでいる木箱を手繰り寄せている時気が付いた。

 沈み出した船の中腹、食堂があると思しき部分から火が上がっているのだ。昼食時だったのが災いを呼んだ。


「おち、落ちるー!」


 消火活動なんて行えるわけが無い。数人しか居なかった甲板からですら悲鳴しか聞こえて来ないのだ。食堂はきっと今、戦場よりも地獄に近い。


「ウィル! お願い! 助けてあげて!」


 生きながら焼かれるのも、沈んで体温を奪われるのも見過ごせない。喉を枯らすくらいの大声で隣の魔法使いに頼む。


「っはい!」


 自分の声にハッとしたウィルが叫んですぐ、見えない蓋を被せられたかのように食堂の火が消えた。一拍後船は空気に包まれるような形で動きを止める。


「へ、と、止まった……やっ、まだ捕まってろっ!」


 声を張り続けているルーベンの声が聞こえる。

 火事も沈没も無くなったとは言え、船は原型を保っていられぬ程破損している。燃えていた部分からは今もどんどん板が剥がれ落ちている。

 その時。焦げ落ちた部分から落ちてくる1人の老婆が見えた。

 半分焦げていて意識を失っている。生きているのかも分からない女性は、自分達が居る空気のマットの上にぽすんと落下した。


「ソニアさんっ!?」


 その人は、質問をする自分を褒めてくれたあの女性だった。この辺り一帯が空気のマットと化しているようなので、急いで女性の元に駆け寄り、弱いながらも息がある事を確認した。


「ばあちゃん!! って、クララァ!? ウィルも! は、生きてたのかよおい……!」


 甲板の出っ張りに両手でぶら下がっていたルーベンが、自分を見て怪物でも見たかのような声を上げる。

 きっともう、ウィル共々とっくのとうに死んだと思っていたのだろう。そんな人物が海上に立っていたら気味悪そうに声を出すのも当然だ。


「ルーベンさん、皆さん! こっちに下りて来てください! そこに居たら危ないです!」


 破損した船にしがみついているのは危険だ。船乗り達が躊躇している横、ウィルが海上を走り意識の無いソニアの元に駆け寄り容態を診ていた。

 下手に落下しては、割れた板が刺さり命を落とす可能性もある。だったら安全なこの海上に……と思ったが、ウィルが魔法使いである事を知らない船員達はみな一様に絶句していた。


「ばっ、なんだよそこ!? なんで浮いてるんだよ!」

「まほ……ウィルは魔法使いなんです! だから海上に落下しても大丈夫です! ウィルを……私を見て下さい! ソニアさんだって大丈夫でしょう!」


 次第にルーベン以外も会話に参加してくる。しかし彼らの声は非難がましい物だった。


「はっ!? 魔女の誘いに乗っかれるか!」

「っ、死ぬよりましでしょう!! 良いから!」


 厳しい言葉に気圧されてしまうが、みんなに助かって貰いたい一心で負けじと呼びかけ続ける。


「アストリッド、駄目です。ソニアはもう……人体魔法を使えば助けられますがそうしたら俺が寝て、俺が寝てしまったら貴女が沈んでしまう! 俺は貴女を沈ませたくないっ! これだけ治したら直後に叩き起こす事も出来ないんです!」


 こちらを向いたウィルの表情に余裕は無い。


「そんなの剝がした甲板に乗れば済むでしょ! だから助けてあげて! 貴方達も早く落ちて来なさい! じゃないとソニアさんが死んでしまうの!」


 喧嘩でもしたかのような声で言い返す。頭がごちゃごちゃして今にも泣きそうだったが耐えた。ウィルの表情も何時もよりずっと険しい。


「あーもう! 貴女って人はっ! 後は任せますからね!」


 どこか自棄になったウィルが叫び――直後、甲板がべりっと剥がれた。しがみついているルーベンや船員達を風圧で振り落とさぬようゆっくりと、海上に甲板の島を作る。

 自分達の体もふわっと浮き、甲板の上に移される。


「うわっ!? ま、ま、ま……っ!」

「は!?」


 船乗り達がこの光景に見るからに怯えていたが、大丈夫だと信じて欲しかった。ウィルは自分達に危害を加えるような魔法使いではないのだから。


「貴方達も早く落ちて!」


 甲板が剥がれた事で支点が崩れ、船は一層傾きを増した。もう垂直と言っていい。

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