エナ
ぱたりと閉まった扉を、男が鋭い視線を投げる。
ややあって、胡乱げに視線を室内に戻せば、目の前に座っていた三人もなんとも言えない複雑な表情をしているのが見えた。
「おい」
「ルスク……」
「あれは、なんだ」
ルクスと呼ばれた青年は目の前に座る三人をじろりと睨んで右手の小指にしていた指輪を外した。
この国では珍しくもない飴色の髪と瞳が、陽炎のように揺らめきながら数秒かけて銀髪金瞳に変化する。
変化、というよりは、そちらがルクスの正しい髪色と瞳の色なので戻ったと言う方が正しいが。
ルクス・ファティ・ルプス。
このベルク国には小さな子供でも知らないものはいない有名人だ。
さらさらとした銀色の髪に黄金の瞳。すらりとした長い手足。甘いマスクの青年だがまだ少しだけ目元にあどけなさが残る。
この国の初代銀狼王と呼ばれたベルクの先祖返りと言われるほどその外観がよく似ており、それゆえに運命の狼と言われるこの国の第四王子である。
そのルクスは大きくため息をついて、不機嫌を隠そうとする事なく仏頂面で長い脚を組みなおし、鋭い眼差しでその回答を待った。
「なんだって言われても、ボクたちもちょっと良く分からないんだけど……」
「ファルコの言う通りです」
今日は、ベルク国の国防の要であるインヴィクタ内で新しく作られるルクスの隊の隊員選別の為の面接だった。
《運命の狼》とこの国で神のように崇められられる存在のルクスを守り、優秀な人材発掘の為に国内外からでも優秀であれば面接後に試験を受けられるようにして募集を募り、先ほどようやく最後の面接が終わったと思っていたと言うのに、急にふらりと会場に現れたオリエンスに全員が困惑していたのだ。
この隊を希望するならば、この国への忠誠心、ルクスに対する賛美、敬愛、尊敬、崇拝……、行き過ぎたそれらを前面に出して話をするのが定石だ。
それなのにあの男は、ルクスにはこれっぽっちも興味もないように、最後の最後まで微塵もそんな言葉を口に出すことをしなかった。
志望動機から始まり、今までの仕事への取り組み方や自分のスキルアピール。災害救助に対する熱い思い。小さなことから大きなことまで、救助を求める人へどう寄り添っていくべきか……。
濡れたように深く美しい、輝くような黒い瞳でまっすぐ前を見て、誰かを助けるために全力を尽くすこと、面接の大半はそれだけを語っていたのだ。
「あの人、ルクスの事全然知らない風だったよね……」
信じられないと言ったように肩を少しあげてファルコがそう言う。
ルクスの為の隊を作るための募集だと言うのに、本人が警護する対象をルクスではなく一般市民であることを強く語っていたことにも、四人は驚きを隠せない。
「髪と瞳の色が違ってもみんなルクスの事知ってるからバレバレだったのに、あの人だけ全然だったの逆に凄いよね」
「っていうか面接に一緒に入ってくんなよ……。」
「自分の部下になるならある程度自分で見極めたいだろうが」
運命の狼と呼ばれ、その容姿は初代銀狼王と似ているばかりか幼い頃から才覚も充分あったがそれ以前に勉強も好きだったし、剣や体術の稽古も努力を重ねた。今でも手を抜くことなく努力し続けている。
しかし、ルクスには、今の今まで、何かを為した実績はない。
「どうせお飾りだがな」
ふんと不機嫌に息を吐き出し、また先ほどの男が出ていったドアにルクスは目をやる。
明るかった過去。途中で躓き、自慢などできない自らの苦悩。そのなかで見つけた光に向かってもがいて掴み取った夢。
さらに先に向かおうとする眩さ。
語られたそれらから、ルクスはじわっと心の奥に何かが滲むような感覚を覚えたが、何かがわかる前に声をかけられる。
「それでもあなたのそばに、と真剣にこの会場に足を運んだ者もいたことも、また事実ですよ」
面接時に取っていたメモを見ながら、翠瞳を細めルクスにそう言ったのは、側近で秘書的な役割を主に担っているウルラ。
「腕に自信がありそうなやつもいたな……。真剣度合から言えば半々な印象だけどな」
薄い青の瞳をしっかりとルクスに向け、今回の印象をはっきりと口にしたのは、護衛兼側近のコルウス。
「だからと言って人を取らないって言う選択肢はないよ。ある程度お飾りになるのは仕方ないとしても、ルクスの隊なんだからさ、ちゃんと……」
「うっさい。お前たち三人と俺がいれば、何とかなるんだから別に新しく人何か入れなくても大丈夫だろ」
「大丈夫なんかじゃないってばー」
ルクスにそう言われ、赤い瞳を閉じ地団駄を踏んで悔しそうにしているのは同じく護衛兼側近のファルコである。
「私達だけで解決できることもありますが、半年後あなたが成人するまでに自分の隊を持つことは国の決定事項です。まぁまっとうに考えれば小姓から最低でも見習い騎士を経た者を採用したいところですが……」
「そんなもの父上も兄様も了承するわけないだろうが」
間髪入れずにルクスが言えば、言葉を投げたウルラも、それもそうですねと苦笑気味に笑って返す。
「ちょっとどういうやつかわからないが、仕事に対する熱意はありそだし、悪い奴でもなさそうだぞ。この後の体力試験が楽しみだな」
「ボクもそう思う。ルクスは他に気になる人いた?」
コルウスとファルコに聞かれたルクスは頭をひねる。
大体がルクス自身の事など露ほども知らないくせに褒めそやし、そのくせ運命の狼という肩書に釣られてどうかそばに置いて欲しいとすり寄ってくる者ばかりだ。
しっかりと自分の考えを述べることが出来た見込みがありそうなものもいたが、最後のあいつほどではない。
ふと、しおりを拾って手渡してくれた時の言葉が頭に浮かんだ。
《お互い悔いが残らないように全力で挑みましょう。頑張りましょうね!》
自分に対する賛美、敬愛、尊敬、崇拝、そのどれでもない、ルクスだけに向けられた励ましのその言葉を思い出してなんだ落ち着かなくなった感情を知られまいとするように、なるべくいつもと変わらない口調で告げる。
「三人が良いと思う人を数人。あと、最後のあいつだけは絶対に残せ」
先ほどのじわっと心の奥に何かが滲むような何かを、知りたくなった。久しぶりに感じる感情に笑いが込み上げてくる。
ファルコにコルウス、ウルラの三人があっけにとられたように目を見開いたのをみて、ルクスはさらに大きな声で笑った。
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