ディオ
「ありがとうございましたっ」
今の自分のできる限りのことはすべてやり切ったとばかりに目をつぶりながら、月城李比人は深々と礼をした。
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面接の為に控室に足を踏み入れた瞬間、一瞬だけ視界がゆがんだ……、ような気がした。
しかし緊張しすぎたせいだろう。眩暈ではなかった事に安心し、李比人は自分の名前が呼ばれるまで椅子に腰かけ待っていた。
部屋の中には誰もおらずしばらく一人だけだったのだが、しばらくすると同じようにこの面接に挑む同士が部屋に入ってきた。
李比人は入ってきた人物にお互い頑張ろうなという意味を込めて会釈をしてみれば、相手は李比人を驚いたように、そして怪訝そうにじっと見たあと、ぎこちないながらも穏やかに微笑み、会釈を返した。
随分と表情が変わるな。そっか、俺と同じで緊張しているだけかと李比人は今度はニカリと大げさな笑顔を返してみる。すると相手は何が起こったのかわからないと言ったように目を瞬かせた。瞬きと共に長いまつ毛がせわしなく揺れる。
少しの驚きと、猜疑心、そして好奇心……。色々な感情が混じったように表情が変わり、一瞬だけ口元が緩んで不敵に笑ったかのように見えたのだが、すぐに愛想笑いの様な不器用にも見える笑顔を向けた後、李比人から視線を外し高価そうな皮のブックカバーを付けた本に静かに目を落とした。
――自分より少し若いぐらいかな。
身長は李比人よりも高い。
かなり目を引くタイプの美青年で、柔らかな飴色の髪とそれよりも少し濃い瞳物語に出てくる王子様のように鼻筋がすっと綺麗に通っていて顎から首筋にかけてのラインがすっきりしていている。男の李比人から見ても羨ましいぐらい肌も綺麗だ。
でもなんかちょっと、上手く言えないけど、なんか笑顔に違和感が……。
そう思った瞬間、部屋から一人人が出てきた。
またもや驚いたように目を見開いてから、『次の方ー……え?あ、え? あ、申し訳ありません。次の方と、……その、そちらの方も、中へどうぞ』と呼ばれる。
「は、ありがとうございます!」
控室には李比人ともう一人だけしかいない。
李比人が少しだけ慌てながら返事をして席を立つと、隣の青年は声も出さずにすくっと席を立った。
はらり。
立ち上がった拍子にだろうか。李比人の目の前に革のしおりがはらりと落ちた。李比人はしおりの持ち主などではないのだから、青年のもので間違いないだろう。ずっとこんなすました顔で本を読んでいたけれど、やはり緊張していたのだ。
経年変化が美しいブックカバーとしおり、品のある光沢を持っておりとても大事に手入れをされているのだろうことが一目でわかった。
李比人は落ちたそれを拾い手渡しながら小さな声で青年に話しかけた。
「面接はやっぱり緊張しますよね。俺も凄く緊張してますけれど……、悔いが残らないように全力で挑みましょう。お互い頑張りましょうね! 失礼致します。」
中に入り、試験官に挨拶をしてから促されるようにして二人並んで座る。
試験官は三人。二人は恐らく思ったよりもかなり若く恐らく二十代。もう一人は三十代だろうか。
二十代と思われる一人は、呼出の為にドアを開けてくれた人物で李比人よりも少し若そうだ。もう一人は李比人ともう一人が入ってきたのを見て、急に立ち上がった。この短い時間で何か気に障る事とでもしたかと戦々恐々としたが、肩を小さく回してふぅと小さく息をつき何事もなかったかのように失礼しましたと言って、手元の資料に目を落とした、面接が長引いたから、凝り固まった体を伸ばしたかったのかもしれない。
三十代と思われる男性だけが穏やかに微笑み、李比人の方を向いて志望動機をどうぞと促す。
なんだか少しだけ違和感を感じつつも、はいっ! と立ち上がり、ずっと、ずっとこの日のために考えていた志望動機を李比人は語る。
声は強くなりすぎず、高くなりすぎず、あくまで冷静に、しかし溢れる情熱は隠さず……。
「月城李比人と申します。私は……」
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「以上です。ありがとうございました!」
今の自分のできる限りのことはすべてやり切ったとばかりに目をつぶりながら、月城李比人は深々と礼をした。
午前中受けた筆記試験は自己採点では厳しい採点をしても九割は正解できていたし、体力試験に関しても今日まで一日も欠かさずトレーニングも重ねてきて不安はない。
思いの丈はほぼ全て、この面接で話すことができたと思う。
思うのだが、受かるかどうかはまだわからない。
合否通知が届くのは早くても二週間ほどあとだと筆記試験の時に試験官が言っていた気がする。
神様には祈らない。
自分自身を信じて、突き進んだ数年間の自分を信じるのだ。
全てを出し切ったと清々しい気持ちで顔を上げ、目の前にいる試験官にもう一度頭を下げた後李比人は部屋を出るためにカバンを持つ。
不意に隣に座っていた青年と目が合った。
入室前にはあまり表情が動いた様子のなかった青年の瞳に何かが揺れたような気がして、君も頑張れと言う思いを込めて笑顔でぐっと握った拳を彼に向け、にこやかに笑って李比人は部屋を出た。
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