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……

新しいお話、始めました。

どうぞよろしくお願いいたします。

(あ゛……、や、……)


 やだ、と思いはしたが、研修で教わった通りにぐっと奥歯を噛み締め、なんとかそう思う思考を遠ざける。

 しかし色々なところからこの得体の知れないドロドロの液体が体の中にまで入ってきそうで、気が気でない。

 ぞわぞわと体を這いまわるそれに今までは何とか声を出さずにいられたが、そろそろ呼吸を止めてからかなり経つ。もう限界に近い。


 息をしたい欲求と、ベタつくような黒く生ぬるいぬるりとした何かに対する嫌悪感。その気持ち悪いぬるりとした液体が身体中を弄り、あらぬところに入ってきてしまいそうな恐怖感と、いつまで続くのかわからない不安感とに押しつぶされそうになる。


 その時、くぐもった声が李比人に聞こえた……ような気がする。


《どうして……なんで……》


 どうして?


 意識も朦朧とする李比人に、恐らくこの気持ち悪い液体の外側にいる、おそらくアイツが話しかけてきているように思えた。


 どうして??

 

 憧れた水難救助隊にもう少しで手が届きそうだった。ようやく試験を受けることができて、手応えもあった。

 

 それなのに!!

 

 知らない場所で、どうしたって帰る場所がなかったからここにいただけだ。

 周りにいた人が大雑把で、でもいい人ばかりだったからなんとかなっていたし、それに放っておけないお前がこの変なヤツに飲み込まれそうになってたからだろうがっ!


《……!!》


 ごちゃごちゃとした考えが次々と頭に浮かんでは消え浮かんでは消え、ちっともまとまらない。

 それでもごちゃごちゃとした感情の中で、またアイツの声が聞こえたような気がして、李比人は腹に力を込めた。


(こんなところで、負けて、たまるかっ)


 そう思えば、体の穴から入り込んでこようとするこの液体の侵入を絶対に阻止してやるという気力がほんの少し湧いて、手足に力が湧いてくるから不思議だ。

 先ほどまでの嫌悪感と恐怖感がほんの少し和らぎ、声のする方になんとか手を伸ばす。


 そう言えば今日は外の空気が思ったよりも澄んでいて、夏なのに思ったよりも湿気がなくてなんとなく物悲しいように秋の夜空の上に月が浮かんでた。

 それは一緒にここにいるアイツの瞳に似ていた。


 異世界にきてしまった理由なんて、こっちが知りたい。

 けれど、今手を伸ばす理由は、お前が手を伸ばしてくれるからだ。


『金色の、月が、綺麗だったから……』


 ごぼごぼとして相手にちゃんと音として届いたのかは、分からない。

 しかし李比人がそうその声に答えたと同時に、キーンと高い金属音が鳴って体中を這っていた不快な液体の動きがぴたりと止まる。


「そうか」

 

 続いて鈴の音が重なるように声が響いたかと思えば、体中にまとわりついていたヘドロのような液体は突然意思を無くしたように、本当のただのどろどろしただけの液体に変わった。

 急に息が出来るようになった李比人が、勢いよく息を吸い込むと勢いで顔の周りに残っていた黒の液体が少しだけ口に入ってしまった。


「あ……」


 その人物は先ほどまでの不快と恐怖の感覚が蘇ってきてパニックになりそうな李比人を支えながら、口の中に強引に手を突っ込み吐かせようとしている人間とは思えない程優しい声色で言う。


「大丈夫。もう息をしても大丈夫だ。リヒト」

「助けるの、が、遅い、んだ、よっ!」


 あの緑色の訳の分からない液体の気持ち悪さの感覚と、今までの緊張の糸が切れ、さらに疲れもピークに達した李比人の意識が途切れそうになる直前。


「リヒト! 無事か? リヒトー!」


 泣き叫ぶ友人に、なんとか笑いかけることができただろうか。


「ヒーローには十分な見せ場が、必要だろ」

「余裕、か、……」

「リヒト! おい! リヒト!」


 暖かい温もりが李比人を包む。


 悪態をついた李比人は、意識が途切れる直前に見た。

 

 霞んだ視界いっぱいに、心配そうに眉間に皺を寄せ、無理やり口の端をあげるキラキラと輝く金色の瞳に銀色の髪の、ここ一月の間に見慣れた男の顔を。

  

お読みいただきありがとうございます。

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