王都へ道連れ世は情け
騎士団に同時に入隊したオーウェンとバーナビーであるが、その扱いは天と地ほどの違いがあった。
バーナビーは輝くブロンドと甘い美貌を持ち表面上は人当たりも良く己の益になるような者を取り込むのが上手かった。
人脈と権力を駆使して首席卒業という栄誉を勝ち取ったバーナビーは鳴り物入りで騎士団に入隊した。
彼は瞬く間に人気者、花形騎士となった。騎士団の門前には一目会いたい令嬢たちが常にたむろしていた。
騎士学校在学中、オーウェンは実力はあるものの陰気で人嫌いの偏屈だと言われていた。バーナビーはオーウェンがメイドの子であると吹聴して回っただけでなく凶暴で屋敷中の使用人たちからも嫌われていると言いふらしていたのでオーウェンに近づく者はいなかった。オーウェンはそれでもかまわなかった。屋敷を離れて折檻されることがなくなっただけでも御の字だ。誰とも喋らないことなど苦痛でも何でもなかった。
ただ、暇だったので鍛錬に明け暮れオーウェンは益々強くなった。
騎士団に入隊してバーナビーは第三隊、オーウェンは第八隊に配属された。近衛の第一隊を除く第二~第八までの隊の内、第七、第八隊だけは騎士学校を卒業していないたたき上げの平民で構成されている。
通常なら侯爵家の人間であり騎士学校を卒業したオーウェンが配属される筈はないのだが父かバーナビーか誰かの策略だろう。ただオーウェンはこの環境が有り難かった。やっとバーナビーとも縁が切れ、バーナビーに阿る貴族もいない第八隊でようやくオーウェンは伸び伸びと己の実力を発揮できるようになった。
しかし数年後、八隊合同演習の剣術大会でオーウェンが圧倒的実力で優勝してしまった。権力を駆使して既に隊長になっていたバーナビーは出場しなかったのだ。圧倒的実力を認められ第八隊の隊長に任命されてから再びバーナビーが近づいて来た。
バーナビーは現騎士団長の次女を娶り第三隊の隊長になっていた。
まず、第二~第八までの隊に割り振られる魔物討伐に明らかな偏りが見られた。
出動回数は変わらない。しかし大型の魔物や群れを組む魔物、きわめて凶暴な魔物は全て第八隊に回された。そして特に第三隊は小物の魔物討伐が割り振られた。
そうであれば毎月魔核の回収は質、量ともに第八隊がトップになる筈である。
バーナビーは第八隊が回収した魔核を第三隊に横流しさせたのだ。
オーウェンに話を持ち掛けたときは既に仕事を割り振る官吏や監督官吏を取り込み済みだった。第八隊の副隊長までも金と権力で抱き込んだ後だと知ったオーウェンは沈黙を貫いた。
ただ、己のせいで危険な任務にばかり行かされ手柄をかすめ取られている第八隊の騎士たちに申し訳なかった。第八隊の騎士たちは平民ばかりだったので任務の不公平さに気が付いていなかった。他の隊も同じようなことをしていると思っているのだ。だからオーウェンは更に精進した。部下を一人も失うことが無いように。女性一人近寄らせることなく仲間と飲みに行くことなく休日も剣を振り続けるオーウェンは貴族の令嬢や令息からは恐れられ忌避されていたが部下たちは実は信頼を寄せていたのであった。
「不正って……オーニャンは被害者じゃないの!」
ナタリーは声を荒げた。目にはうっすら涙が滲んでいる。
「いや、違うにゃ。俺はその分自分が頑張ればいいと不正に目を瞑ったにゃ。それが今回の事を引き起こしたにゃ」
「今回の事って?」
「先日のオオカミ型の魔物の件にゃ。俺が黙っていたから第三隊はやってもいない実績が積み上がっていたにゃ。第三隊は経験する機会を与えられずいきなり群れで襲い掛かる魔物の討伐をしにゃくてはにゃらにゃくなったにゃ」
「それは自業自得でしょ」
「でもそれで商隊の馬車が襲われる羽目になったにゃ」
「それは……そうだけど……」
「エリオット殿下はその辺の事情は知っていたのかね?」
「俺は話してにゃいにゃ。でも薄々感づいていたかもしれにゃいにゃ。ある時からエリオット殿下が大型の魔物の討伐隊を率いるようになったにゃ。率いるのはいつも第八隊でなぜか殿下は俺に目を掛けてくれたにゃ。殿下が同行した討伐は魔核の横流しが出来にゃいからバーナビーはかなりイライラしてたにゃ。多分俺が急な病ということになって騎士団を休んでいるから相当困っているにゃ」
「それでオーニャンは王都に行って何をするつもりかね」
「エリオット殿下に事情を話して騎士団の不正を公にするにゃ。そして俺も罪を償うにゃ」
「そうか、オーニャンの覚悟はわかったよ。うん、やっぱり私も王都に行こう。オーニャン、私を信用して話してくれてありがとう。この件は少し私に預からせてくれないかね」
「閣下を巻き込むわけにはいかにゃいにゃ」
「多分君が恐れながらと事を公にしようとしても握りつぶされるだろう。それに君は今その……なんというか実に個性的な喋り方だろう。ふざけていると言いがかりをつけられ逆に処罰されるかもしれない」
オーウェンは自分の口調のことを忘れていた!毎日『にゃ』言葉で話し、周囲も普通に受け止めているためすっかり麻痺してしまったオーウェンだった。
「あらお父様、この口調はオーニャンの個性よ。オーニャンは真面目な人だわ」
ナタリーの言葉はとても有難い。有難いがこの口調は俺の個性じゃない。呪いのせいなんだ、本来の俺はこんなふざけた口調で話さないんだと言いたかった。
「私たちはオーニャンの事を知っているからそう思うがね、王城の人間、特に不正を働いていた騎士団の者たちは攻撃の材料にするだろう。オーニャン、私もオーニャンの力にならせてくれ」
オーウェンは深々と頭を下げた。
「ご迷惑をおかけするがよろしくお願いしますにゃ」
「なんの、将来の娘婿……むにゃむにゃ……ああ、ところでオーニャン、君はホールディス侯爵家に未練はあるかね?」
「侯爵家とは騎士学校に入学して屋敷をはにゃれた時に気持ちの上では縁を切っておりますにゃ」
「うんうんそうか」
辺境伯は満足そうに笑った。
「オーニャン、私はこれでも少しは偉いんだ。大船に乗ったつもりでいてくれ」
それはオーウェンも知っている。ヘキーチ領は魔物の出現率が高いが王都の騎士団を頼ったことは一度もない。今は隣国との関係は良好だがその平和が保たれているのは勇猛な辺境伯の領兵団が国境を守っているので隣国が迂闊に手を出せないという理由もある。アンドリュー・ヘキーチ辺境伯は滅多に王都に出てこないが陛下の信頼も厚いと聞いていた。
オーウェンはもう一度深々と頭を下げた。