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虐げ異母兄世にはばかる


 第二王子エリオットに出した手紙の返事が届いた。


 オーウェンが想像した通り隣のバチリート領に遠征した隊は第三隊だった。

 やはりこのままにはしておけない。今まで俺は間違っていた。



「一度王都に戻ろうと思っているのですにゃ」


 朝食の席でそう切り出すと辺境伯は怪訝な顔をした。


「三か月ここに居る許可は貰っているのだろう?」


「そうですにゃ……少しけりをつけたいことがあるのですにゃ」


「それはオーニャンが先日ナタリーと出かけてからずっと考えていることかね?」


 ついに辺境伯までオーニャン呼びになってしまった!いや、今拘るのはそこではない。オーウェンが悩んでいたことを辺境伯に気づかれていたことだ。

 

「気づいておられたのですかにゃ」


「そりゃあわかるよ。始終眉間に皺が寄っていたからね」


 王都に居た頃は眉間に皺が寄っているのが普通だった。俺はこの地に来てそんなにもリラックスした表情をしていたのかと改めてオーウェンはこの地で過ごすことが出来たことを感謝した。それもあと少し、呪いを解くまでのことだが。いやもうここに戻ってくることは無いかもしれない。

 しかしまたたび草の実がなるまであと一か月半、一か月半もの間この問題を放置してはいけないような気がした。


「私も一緒に王都に行こうかな」


 オーウェンは驚いてナタリーを見た。


「それはいい!私も一緒に王都に行こう。一挙に問題解決だ」


「は?」


 辺境伯の言葉にさらに驚く。彼は騎士団のゆがみに気が付いていたというのか……それでは俺がやって来たことも……


 オーウェンは辺境伯の鋭さに脱帽した。


「申し訳ありませんにゃ。これは俺が弱かったせいですにゃ、ヘキーチ辺境伯閣下の手を煩わせる訳にはいかないですにゃ」


「いや、娘のことだ。私が知らぬ存ぜぬというわけにはいかない。それよりオーニャン、ヘキーチ辺境伯閣下などと水臭い呼び方をしなくても義父上と呼んでくれてもいいのだよ」


「「ん?」」


 噛み合わない会話に首をかしげる。


「お父様、何の話です?」


「オーニャンはお前に求婚するために家の許可を貰いに行くのだろう?」


「は?」


「お父様!!ななな……どどど……」


「にゃたりー落ち着くにゃ。閣下、それは誤解ですにゃ。俺とにゃたりーはそんな関係ではにゃいですにゃ」


 自分の気持ちを押し殺してオーウェンは言う。もっとも俺にはそんな資格などないと考えているオーウェンだった。


「先日出かけた時に愛を確かめ合ったとエイベルが言っていたぞ」


「「違う(にゃ)!!」」


「気が合うではないか」


「閣下にゃ、俺にはにゃたりーに求婚するような資格にゃんてにゃいんだにゃ」


「資格なんて!!」


 その言葉に反応したのはナタリーだった。


「資格なんて……いらないわ。話し方のことを言っているなら……」


「違うにゃ」


「それはオーニャンの生まれのことかね?」


 辺境伯の言葉にオーウェンは無言になる。

 暫く黙ったまま何かを考えていたオーウェンはじっと見つめる辺境伯の目に耐えられなくなったようにボソッと言った。


「そうともいえるしにゃ、それだけでにゃいともいえるにゃ」


「オーニャン、私たちに話してみないかね?君が何に悩んでいるのか、何にけりをつけに行くのか」


「……」


 それでもオーウェンは黙っていた。騎士団内、またはオーウェンの実家の侯爵家内部の話だ。部外者に話していいものかと悩む。


「オーニャン、私も聞きたい。あなたの力になりたいの」


 ナタリーに真剣に見つめられオーウェンの心は揺れる。


「オーニャン、私たちが信用できないか?君が口外しないでくれと言えば国王陛下に聞かれても口外しないと私は誓おう」


「閣下やにゃたりーは信用できますにゃ。俺の人生の中で最も信頼できる人ですにゃ」


 心につられて瞳も揺れる。頼ってもいいのだろうか……孤独に生きてきたオーウェンだった。だれにも頼らず一人で解決してきたオーウェンだった。


 ただ一人、第二王子のエリオットだけは何かとオーウェンを気にかけてくれる。彼がいることで救われたことは何度もある。だが彼は王族だ。だからオーウェンは実家の侯爵家のことはエリオットに話したことは無かった。




「俺の生まれのことは閣下は知っていますかにゃ」


「ホールディス侯爵家の庶子だということは知っている」


 やはりヘキーチ辺境伯は知っていた。別段伏せられている話でもない。

 オーウェンはポツポツと話し始めた。









 オーウェンはホールディス侯爵家の庶子だ。それも現侯爵がメイドに手を付けて生まれた子だ。正妻の妊娠中に。


 メイドの母共々侯爵家を追い出されても文句は言えない。いや、むしろ追い出されたかった。しかしオーウェンは侯爵家の第二子として引き取られた。

 メイドの母はいくばくかの金を貰って放逐されたらしい。彼女がオーウェンのことを愛してくれていたのか、それともお金を貰って喜んで出ていったのかオーウェンは知らない。


 ホールディス侯爵家は武の家だ。過去騎士団長を何人も輩出し戦争があれば総大将として戦地に赴いた。オーウェンの祖父も長年騎士団長を務めていた。

 その祖父はオーウェンと同じ赤髪で厳つい大男である。

 オーウェンの父は祖母に似たのか優し気な顔立ちの美丈夫で赤に近い栗色の髪だ。父は侯爵として仕事をしているが騎士団には入っていない。

 それが祖父には我慢がならなかったのだろう。武で有名なホールディス侯爵家なのだ。だから祖父は孫に期待した。そして侯爵夫人譲りのブロンドの髪と整った容姿で生まれてきた正妻の息子よりも誰にも喜ばれるはずがなかったオーウェンを殊更に可愛がった。オーウェンは祖父譲りの見事な赤髪で普通の赤ん坊よりも体が大きかった。実は顔立ちは父親に似て整っていたのだが祖父は大きな体と代々の侯爵家当主と同じ赤髪を殊更喜んだ。


 オーウェンがよちよち歩きの頃から祖父はオーウェンに剣術を手ほどきし、オーウェンは祖父の期待によく応えた。確かにホールディス侯爵家の武の血はオーウェンに引き継がれていたのだ。


 立場が逆転したのはオーウェンが六歳の頃、祖父が急死した後だった。

 それまで武の家の恥と言われていた父親、軟弱な子供を産んだと言われていた侯爵夫人が手のひらを返した。いや、今までため込んできた不満を爆発させた、オーウェンに。

 祖父に顧みられなかった彼らは祖父に対する不満を全てオーウェンにぶつけた。

 

 侯爵の第二子として届け出がなされ祖父の親しい友人たちには存在が知られていたためオーウェンは侯爵家の人間として残ることはできたものの家の中では虐げられ続けた。薪割りや荷運びのような下男の仕事を六歳の子供のころからさせられ、気に入らないことがあると物をぶつけられたり鞭で打たれたりした。特に侯爵夫人の癇癪は酷く十歳くらいまでは酷い折檻で何度も生死の境をさまよった。

 オーウェンは『いらない子』『下賤な子』と幼い心に刻み込まれ侯爵家の人間に決して逆らわないように育てられたのだった。


 十五で騎士学校に入学した。

 騎士学校は寮生活だったのでやっと侯爵家と離れられるとオーウェンは安堵した。

 父はオーウェンを騎士学校に入れたくなかっただろうが祖父の昔なじみの老人たちはオーウェンのことをよく覚えていて社交の折に父に「来年はご子息が十五ですな。騎士学校に入学されるのでしょう?楽しみですな」と話しかけてくるのでやむなく入学させたのだった。


 しかし騎士学校には同学年の異母兄、正妻の息子のバーナビーも入学した。

 父は自らが騎士になれなかったことを密かに恥じていた。祖父に可愛がられたオーウェンよりもバーナビーが騎士として出世することが祖父に対する仕返しだと思っていたのかもしれない。


 そのバーナビーは入学後にオーウェンに囁いた。


「お前は下賤な子でホールディス侯爵家の面汚しだ。せめて私の役に立て。私に最大の便宜を図れ」


 バーナビーは狡猾だった。

 もちろん武のホールディス侯爵家として様々な教育を受けているのでバーナビーは強かった。並よりは。本当の実力はオーウェンの足元にも及ばなかったが侯爵家の権力をうまく使い、例えば剣術大会の時などは自分が敵いそうにない実力のある者は先にオーウェンと当たるようトーナメントが組まれた。そして決勝でオーウェンと当たる。オーウェンはバーナビーに敵わない。わざと負けるわけではない、幼いころから侯爵夫人とバーナビーに痛めつけられていたオーウェンはバーナビーを前にすると身体が委縮してしまうのだった。


 十八で騎士学校を卒業しオーウェンとバーナビーは騎士団に入団した。








明日は午前十一時と午後八時に投稿します。

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