呪いは続くよどこまでも
最終話です。少し長くなったにゃ。
クライドは話し始めた、事実を巧みにぼかして。
「僕には最愛の婚約者がこの地に居て……」
「えっ!?お前、婚約者がいたのか?」
パーシヴァルの突っ込みにクライドはたじろいだ。
「ああ、いやまだ正式な婚約は結んでいないんだ。でも彼女と僕は相思相愛でね、彼女は僕に相応しいレディになろうと頑張ってくれているんだ」
「ふうん、良かったじゃないか」
ヒューバートは途端に興味を無くしたように呟いた。
「いや、良くないんだ。近頃彼女に言い寄る平民の男がいてね」
「彼女って貴族なんだろ、平民の男なんてライバルにもならないんじゃないか?」
ヒューバートの言葉にクライドは首を振る。
「その男は背が高くて立派な体格をしているんだ。そして魔物をやっつけたとか言って自慢しているらしい。彼女もその姿にポーっとなってしまって……」
クライドはわざとらしく肩を落とした。
「魔物?魔物なんて……なあ」
「俺たちは何十体と倒しているぜ。今日なんて―――」
「おい!」
パーシヴァルたちは咳払いしてクライドに話しかけた。
「で?クライドは黙って引き下がったのか?」
「そこでみんなに助けて欲しいんだけど!」
クライドは勢い込んで言った。
クライドの(もうすぐ)婚約者と横恋慕の平民を街に誘い出すのでその平民を懲らしめて欲しい事。ならず者のふりをして平民を痛めつけた後クライドが颯爽と登場するのでやられた振りをして逃げて欲しい事。
「それって俺たちに何のうま味もないよな?」
ヒューバートが仲間の顔を見ながら言う。
「上手くいって彼女と結婚出来たら絶対にお礼をするから!頼むよ!!」
クライドは必死に頭を下げる。
三人は暫く顔を見合わせていたがパーシヴァルが口を開いた。
「まあ、いいか?人助けだし」
「そうだな、俺たちは今日良い事があって機嫌がいいんだ。損な役割でも引き受けてやるか!」
「その代わり上手くいったらお礼をしてくれよ。俺は金銭なんかいらない、お前の婚約者の友人の令嬢を紹介してもらえれば」
ティーノが言うとパーシヴァルとヒューバートも同調した。
「いいなそれ!」
「団長にも春が来そうなんだ、俺たちにも春が来てもいいよな!」
そうして四人でがっちり握手をしあって別れたのだった。
暫くクライドはナタリーとオーウェンを街に誘い出す機会をうかがっていたが程なくその機会は訪れた。
夕食後、クライドはナタリーに話しかけた。
「ナタリー、劇場で新しい演目がやっているのを知っているかい?」
ナタリーは胡乱な目でクライドを見る。新しい演目をやっているのは知っていたし見に行きたいとも思っていたがクライドと見に行くのはまっぴらごめんだった。
「明後日の夕方の公演のチケットが二枚あるんだ。彼と行ってきたらどうだい?」
そう言ってクライドはナタリーの隣に立つオーウェンを見る。正直はらわたが煮えくり返る思いだが今は我慢だ。明後日になればナタリーの目も覚めるだろう。
「クライド何を企んでいるの?」
ナタリーが疑惑の目を向けるので急いで否定する。
「何も企んでいないよ。僕はこの演目は王都で既に観たからね、彼にも恩情を与えようと思って。平民は観劇なんてしたことがないだろう?」
オーウェンは素直に頷いた。少し前までは侯爵家の令息だったオーウェンだが、趣味は筋トレ、休みの間も体を鍛えることしかすることが無く当然観劇なぞしたこともなかった。
「そうだ!観劇の後食事もしてくるといい。お勧めのお店を教えるよ。平民に一日だけ夢を見させてあげよう」
クライドの言い方は気に入らなかったが観劇から食事のデートコースはナタリーにとって非常に魅力的だった。
チラッとオーウェンを見る。
「お言葉に甘えるにゃ」
素直にオーウェンはチケットを受け取った。
「今度何かお礼をするにゃ」
「礼には及ばないよ。僕は心の広い男だからね、平民につかの間の夢を見せてあげるだけさ」
実は明日ダリモア伯爵と正式に養子縁組を結ぶ。これは辺境伯とシャーロット夫人、オーウェンだけしか知らないことだ。ナタリーにはサプライズで求婚したいとオーウェンは考えている。
もっともプロポーズはこの呪いが解けてから。『にゃ』などと言わず格好良くプロポーズしたい。それまであと半年、我慢できるだろうか?と考えているオーウェンだった。
二日後、仕事を早めに切り上げたオーウェンはナタリーと街に出かけた。
ナタリーは白い清楚なワンピースで、オーウェンの髪色の真っ赤な薔薇の刺繍が入っている。帽子やリボンなどにもオーウェンの髪色の赤が使われていてとても可愛らしかった。
おまけに今日の昼間、エイベルが言った言葉がオーウェンの頭の中を回っている。
「ナタリー、女の子らしくなったよなあ。そう思わないか?オーニャン」
「ナタリーはいつも可愛いにゃ」
「おーおーご馳走様。だけどなオーニャン、ナタリーの口調、変わったと思わないか?」
そう言われて思い至った。ナタリーは討伐の時など男と同じような服装をしていると口調も男っぽくなっていたのだった。「~なんだ」「~だろう」という感じに。それが近頃は「~なのよ」「~でしょう」というような言葉使いになっている。お屋敷でスカートを履いている時と変わらない口調だったのでオーウェンは気づかなかったのだが、討伐の時しか顔を合わせないエイベルは気づいたのだろう。
「オーニャンに少しでも女の子らしく見せたいというナタリーの乙女心だろ?いじらしいじゃねえか」
「そ、そ、そうかにゃ?」
真っ赤になってオーウェンは頷いたのだった。
クライドたちは路地の物陰に隠れていた。もうすぐ観劇を終えたナタリーたちがここを通る筈だ。
クライドはそうっと物陰から顔を出す。
「どんな奴なんだ?」
とパーシヴァルが物陰から顔を出そうとするのをクライドが押しとどめた。
「おい!見つかるだろう!顔を知っているのは僕だけなんだから僕がタイミングを見て合図するよ。それまで大人しく隠れていてくれ」
パーシヴァルたちは早くも後悔していた。つまらないことを引き受けてしまった。しかしいったん引き受けてしまったことだ、しょうがない早く終わらせよう。
「来た!!もうすぐここを通りかかるよ。白に赤い薔薇の刺繍のワンピースを着た可愛い女の子と赤髪の大男の二人連れだ」
赤髪の大男?疑問に思う間もなく「三、二、一、今だ!」というクライドの合図で三人は飛び出した。
繁華街を歩く目当ての服装の男女の行く手を塞ぐように立ち声を掛ける。
「おうおう!いちゃついて歩いてるんじゃねえ……ぞ?ん?だ……団長!!」
「パーシヴァル、どうしたにゃ?」
突然現れたパーシヴァルたちにオーウェンは面食らう。
「「オーニャン団長!!」」
「ヒューバートもティーノも街に遊びに来たのかにゃ?」
「えっ!?いえ、俺らは……そのう……」
困って立ち尽くす三人。オーウェンもナタリーも首をひねっている。
「待て待てお前ら!!乱暴狼藉は僕が許さないぞ!その可愛いレディを置いて即刻立ち去ったら許してやろう!はっはっはっ」
高笑いと共に路地から躍り出たクライドは目の前の光景を見てきょとんとした。
みんなの目がクライドに向いている。
「クライド、これはどういうこと?」
ナタリーの冷ややかな声が聞こえる。どうしてかわからないけど失敗したらしい。ふっと気が遠くなりよろけたところをティーノに支えられた。
「クライド、俺たちも説明して欲しいなあ?」
またまた冷ややかなティーノの声だった。
辺境伯のお屋敷のサロンに九人の人間が集まっている。
あれからクライドは両腕をがっちりとヒューバートとティーノに掴まれてナタリーやオーウェンと一緒に辺境伯のお屋敷に引き返した。
夕食を終えて部屋で寛いでいる辺境伯に話を通しクライドの両親も呼び出した。
そうしてみんなでサロンに集まっているのである。
「ほうほう、君たちはクライドから婚約者が平民に誑かされていると相談を受けたのか」
「そうです」
辺境伯の質問にパーシヴァルが答えるとクライドは「違う!婚約者とは言っていないよ!」と反論した。
「けれどお前は婚約間近だって言ってなかったか?彼女とは相思相愛だって」
ヒューバートの言葉を聞いてナタリーが眉を吊り上げた。
「私が!いつ!あなたと!相思相愛になったのよ!!」
ナタリーの剣幕にクライドが首をすくめる。
伯爵夫人がこそっとクライドに言った。
「どうしてならず者を雇わなかったのよ」
「だって母上……僕、ならず者の知り合いなんていないし……彼らは騎士だからならず者より強いだろう?」
「今回の事は伯爵夫人の差し金かね?」
辺境伯の言葉を夫人は急いで否定した。
「あ、あら、何の事かしら……私は一切存じませんわ」
「母上……」
クライドが情けない声を出す。
「し、しかしだなアンドリュー、この平民がナタリーに纏わりついているのは本当だろう?ナタリーは由緒正しいヘキーチ辺境伯の一人娘。しかるべき家の令息と婚約するべきだろう、我が息子のクライドのように」
焦ってファロン伯爵が言うと辺境伯はにんまり笑った。
「あ、そのことなんだけどね、彼、昨日の時点でダリモア伯爵と養子縁組したから。立派な貴族だよ」
「「「えっ!?」」」
一同が驚いてオーウェンを見る。
オーウェンは恨みがましい眼で辺境伯を見つめた。まだナタリーには内緒にしておく約束だったのに……プロポーズに相応しい演出をしてから打ち明けようと思ったのに……
「うん、もう身分の差はないね。早速色々準備をしなくちゃ」
辺境伯はご満悦である。ナタリーも顔を赤らめている。パーシヴァルたちは口を揃えて言った。
「「「オーニャン団長、おめでとうございます!」」」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!いくら養子縁組をしたといってもこの男は平民だったんだろう?辺境伯という高位な貴族になるのは荷が重いんじゃないか?」
ファロン伯爵は尚も食い下がる。
「私はオーニャンが貴族だろうと平民だろうと気にしないわ」
ナタリーがきっぱり言った。
「私も気にしないがね」辺境伯は苦笑しながら続ける。
「オーニャンは、いやオーウェンは元の名前はオーウェン・ホールディスだ。侯爵家の令息だよ。礼儀作法もばっちり習得済みだ。一緒に食事をしていて感じなかったかね?」
辺境伯の言葉に伯爵夫人は顔を真っ赤にさせた。
「オーウェン・ホールディス?」
クライドが首をかしげるとパーシヴァルが言った。
「鬼の第八隊長、赤髪の鬼神、聞いたことないか?オーニャン団長には俺らが束になっても敵わないな」
「「「赤髪の鬼神!!」」」
ファロン伯爵一家はそろって奇声を上げた。その名前なら聞いたことがある。騎士団一の使い手、ニコリともしない冷血漢、鬼のように強くて恐ろしい男……
なんという男に喧嘩を売ってしまったのだろう……一家はへなへなと膝をつき命ばかりはお助けを!とオーウェンに懇願した。
「頭を上げてくださいにゃ。俺は気にしていませんにゃ。だけどナタリーは譲れないのでそこはわかって欲しいにゃ」
オーウェンがそう言うと一家はガクガクと顎が外れるんじゃないかと心配になるほど頷いた。
翌朝、ファロン伯爵一家は脱兎の勢いで支度を終えると王都に帰って行った。
あれから半年、待ちに待ったまたたび草の実が成る季節である。
あれから二人の仲は進展したようなしてないような?
オーウェンはどうしても呪いが解けてからプロポーズしたかった。プロポーズの言葉は一生ものだ。将来二人の子供が出来て「お父様がお母様に言ったプロポーズの言葉は?」と聞かれ「結婚してくれにゃ」だよ、なんて言えない。
意外と乙女思考のオーウェンだった。
なのでプロポーズもまだ、婚約もまだである。
しかし辺境伯は言った。
「そうか、じゃあ婚約はあと半年待つよ。結婚準備だけしておくね」
意味が分からなかったオーウェンは曖昧に頷いた。
よって婚約をまだ結んでいないオーウェンとナタリーだが結婚の準備だけは着々と進んでいるという謎の状態なのだ。
そしてその準備は温泉地からシャーロット夫人が帰ってきたことで加速している。
「パンパカパーーン!只今より第一回すっぱ選手権をはじめまーーす!」
シャーロット夫人の司会で始まった謎の選手権。
領兵団の鍛錬場にセットされた舞台。そこにオーウェンは立っている。オーウェンの前には大きなテーブル。その上にまたたび草の実を絞った果汁がなみなみと入ったコップが五十個並んでいる。バケツ一杯分のまたたび草の実だ。
実はこの舞台に立っているのはオーウェン一人ではない。あと五人もの兵士が立っており、彼らの前にも五十個のコップが用意されている。
またたび草の実は他の人が飲んでも害はない。それどころか腸内環境が良くなったり、お肌が潤ったり美容効果もあるらしい、ということが最近わかってきた。と言っても飲むときは何倍にも薄めて蜂蜜などを加えて飲むのが一般的だ。
オーウェンの呪いを解くにはまたたび草の実を絞ってバケツ一杯飲まなくてはいけない、ということが領兵団に知られ、団の兵士総出で今年はまたたび草の実を収穫し、絞った。
その作業の合間に「俺、酸っぱいの得意だから飲めるんじゃね?」と誰かが言い出した。我も我もと何人かが立候補し、すっぱ選手権開催の運びとなったのである。
ちなみに挑戦者の一人はティーノである。パーシヴァルとヒューバート、ティーノの三人は修業期間が終わっても帰らなかった。延長を申し出たのである。
まあこの三人のおかげで第二陣としてやってきた王都の騎士団の中で高位貴族の令息たちも領兵団の兵士と軋轢を起こさなかったので良しとしよう。
「みんな、準備はいいかなーーぁ?」
シャーロット夫人のかけ声に領兵団の皆が「おーー!」と答える。
「はじめ!!」
オーウェンは目の前のコップをガッと掴むと中の液体を一気に飲み干した。
一杯目で三人が脱落した。しわくちゃな顔になりながら悶絶している。二杯目でもう一人。最後の一人は五杯まで粘ったが脱落した。
彼らを尻目にオーウェンは杯を重ねていく。彼らとは覚悟が違うのだ。ナタリーにプロポーズする!その一心でオーウェンは杯を重ねた。
あと十五杯でプロポーズ……あと十杯でプロポーズ……あと八杯……あと五……は……い……
「オーニャン!オーニャン!しっかりして!」
気が付くとオーウェンはベッドに寝ていた。
「オーニャン気絶しちゃったのよ。お母様が抱いてベッドまで運んでくれたの。気分はどう?」
「俺は全部飲めたかにゃ?」
その言葉でわかってしまった。全部飲めなかったのだ。呪いはまだ解けないままだ……
「にゃたりー……」
オーウェンは思わず口を塞いだ。
去年コップ一杯飲んだ時は「ナタリー」と言えるようになったのだ。それなのに「にゃたりー」に戻ってしまっている。
たくさん飲めば飲むほど長い言葉を『にゃ』無しで喋れるようになるのではないのか?
オーウェンはがっくりと肩を落とした。
しょぼくれたオーウェンを見てナタリーが言った。
「元気出してオーニャン、また来年挑戦すればいいじゃない」
「にゃたりーにプロポーズしたかったにゃ……」
「え!?延期なの?」
ナタリーは愕然とした。更に一年待つなんて冗談じゃない。
スーッと息を吸い込みナタリーは姿勢を正した。
「オーニャン、プロポーズは私がするわ!あなたは『はい』か『ああ』で答えて。それなら『にゃ』が付かないわ」
オーウェンは目をパチクリさせた。オーウェンに構わずナタリーはベッドのオーウェンの傍らに膝をつくと手を差し出した。
「オーニャン、私と結婚して!生涯あなたを愛するわ。一緒にヘキーチ辺境伯領を守っていきましょう!」
その手を取ってオーウェンは恥ずかしそうに「はい……」と答えた。
「「「おめでとーーー!!!」」」
ドアの外から様子を窺っていた辺境伯や夫人、使用人たち、領兵団の兵士たちから一斉に歓声が上がった。
「ナタリー、カッコよかったぞ!」
「ナタリー、男前!」
「オーニャン惜しかったなあと三杯だったぞ」
「オーニャン、プロポーズしてもらって良かったな!」
みんなの祝福の言葉を聞きながらオーウェンは決心を固めた。いつか、いつの日か、絶対に俺はこの呪いを解いてみせる。その時には結婚していようが子供がいようがもう一度ナタリーに求婚しよう!
オーニャンの挑戦はまだまだ続く……
———(ホントにおしまい)———
最後までお読みいただいてありがとうございましたにゃ。
オーニャンとにゃたりーの幸せを願ってブクマの呪いや☆☆☆☆☆の呪いをかけていただくと嬉しいにゃ!!




