キザ男振って愛固まる
「「「くせーーー!!!」」」
急いで騎士たち、そして兵士たちはチェスターを遠巻きにした。
小動物――スカンク型の魔物の呪いはわかりやすいものだった。
皆が遠巻きに囲んだ円の中心でチェスターががっくりと膝をつく。
「何だこれは!臭い!自分が臭い!私はどうなってしまったんだ!誰か答えてくれ!誰か……」
その後魔核を回収した領兵団はじゃんけんに負けた兵士が鼻をつまみながらチェスターを連行し本部まで引き上げたわけだが、チェスターがあまりに臭くて馬のところに戻ったものの馬に拒否されてしまいチェスターを引っ立てながら十名ほどの兵士が徒歩で帰還する羽目になった。
領兵団の本部に戻り辺境伯に王都と連絡を取ってもらいチェスターは王都に連行されていった。
引き取りに来た官吏たちも一様に鼻をつまみ顔をしかめていた。
チェスターはもう反抗する気力も残っていなかったが一応辺境に滞在していた騎士が数名付き添って王都に護送されて行った。元騎士団長ともあろうものが魔物討伐の邪魔をしたばかりか辺境伯の娘を矢で射たのだ、かなり厳しい罰が与えられるだろう。
話を戻すとオーウェンは魔核を回収後、一足先に辺境伯の屋敷に戻ることにした。ナタリーを早く医者に見せたかったのだ。
後をエイベルに託しズンズンと歩き出す、腕にナタリーを抱き上げたまま。
「お、降ろしてオーニャン!自分で歩けるから!」
「駄目だ。傷が悪化したら困るにゃ!」
ナタリーがどんなに叫ぼうともオーウェンがナタリーを降ろすことは無かった。
そればかりか馬のところに着くとオーウェンはナタリーを自分の馬に乗せその後ろに跨った。
「オーニャン!!私自分の馬で帰るわ!」
「その肩で手綱を握ったら傷が悪化するにゃ」
そう言ってナタリーを後ろから包み込むように手綱を握った。
ナタリーは傷の痛みより背中に感じるオーウェンの厚い胸板や自分のお腹に回された太い腕、耳元で感じる吐息が気になって気になって……別の意味で発熱しそうだわ……と疲労困憊になってお屋敷に着いたのだった。
お屋敷でナタリーを医者に診せやっとオーウェンは一息ついた。
実は彼もかなり怪我をしていたのだがナタリーが心配で心配で少しも痛みを感じていなかった。医者はナタリーを診察した後オーウェンの傷の処置もして帰って行った。
控えめなノックの音にナタリーが返事をするとためらいがちにオーウェンが顔を出した。
「ナタリー、寝ていなくていいのかにゃ?」
「大丈夫よ。それよりオーニャンありがとう」
「お礼を言われるようなことしていないにゃ。それよりナタリーを守れなかったにゃ。すまなかったにゃ……」
項垂れたオーウェンに近づきナタリーはオーウェンを見上げた。
「この傷は不可抗力よ。あんなところで矢を射かけられるなんて想像もしていなかったんだもの。オーニャンは十分私を守ってくれたわ」
そっとオーウェンの手に触れる。
「魔物を倒した時のオーニャン……格好良かった……」
ナタリーが下からウルウルした目で見つめる。
オーウェンはナタリーの傷を気遣うようにそっと肩に触れ……ゆっくりと抱き寄せ……二人の顔がゆっくりゆっくりと近づいていく……
バター――ン!!
「ナタリー!怪我をしたんだって!?だから女だてらに魔物討伐なんて!僕のお嫁さんになったらそんなお転婆な事はさせないよ!君はドレスを着て僕の隣りで社交界の華になるんだ!!」
ナタリーはため息をついた。
「クライド、私はあなたと結婚なんて絶対にしないわ。それよりノックもせずに女性の部屋に入るなんてマナー違反よ」
「なっ!何を言っているんだ!あっ!お前!平民!どうしてナタリーの部屋にいるんだ!お前が弱いからナタリーが怪我をしたんだな!」
オーウェンに食って掛かるクライドの前にナタリーが立ちふさがった。
「クライドいい加減にして!オーニャンは私を守ってくれたし大きな魔物を倒したのよ。そりゃもう格好良くって……」
ほうっ……とため息をつくナタリーを見てクライドは焦った。
「おい平民!お前ナタリーを誑かしたな!」
「クライド!!」
抗議をしようとするナタリーを制してオーウェンは言った。
「俺はナタリーを愛しているにゃ。誰にも譲るつもりは無いにゃ」
「オーニャン……」
思わず顔を赤らめるナタリー。オーウェンからの初めての愛の告白だ。
「オーニャン……嬉しいけれど、初めては二人きりの時に言って欲しかった……」
「え!?あ!う……」
無自覚で愛の告白をしたオーウェンだった。
その後オーウェンの鋭い眼光にビビったクライドが泣きながら部屋を出ていった後もう一度告白のやり直しをしたかどうかは二人しか知らないことだ。
「母上!母上ーー!」
泣きながら部屋を出ていったクライドは伯爵夫人に泣きついた。
「僕のナタリーがあんな野蛮な男に誑かされるなんて……母上、どうしたらいいですか?」
話を聞いて伯爵夫人は爪を噛んだ。
「クライド、ナタリーは魔物を倒したあの平民をうっとりした目で見つめたのね」
「そうです。僕というものがありながら……」
「クライド、街に行ってならず者を雇うのです!」
「は!?」
「ナタリーと街に行った時にならず者に襲われる、それをあなたが颯爽と助ければナタリーはあなたに夢中になる筈です」
「僕、ならず者に勝てる自信がありません……」
「だから先に話をつけておくのですよ。お金を渡してあなたにやっつけられる芝居をしてもらうのです。あんな平民風情が魔物をやっつけたところを見てナタリーはポーっとなったのでしょう?素敵なあなたがならず者をやっつけるところを見ればナタリーはあなたの虜よ」
「母上って……天才?」
「クライド、自信を持つのよ。辺境伯の座はもうすぐあなたのものだわ!」
夫人の話を受けてクライドは街に出かけた。
繁華街をうろうろする。
「ならず者って……どうやって知り合ったらいいんだろう……」
とりあえず近くの酒場に入ってみる。
酒場をうろうろしていると突然声を掛けられた。
「クライド・ファロン伯爵令息じゃないか?こんなところで会うなんて奇遇だな」
声を掛けてきたのはパーシヴァル・ランガー侯爵令息だ。
確か侯爵家の三男で騎士団に入っていた筈だ。どうしてこんな辺境にいるんだろう?
「こんなところで会ったのも何かの縁だ。こっちのテーブルに来いよ」
一緒に居たヒューバート・ノット伯爵令息も声を掛ける。もう一人、ティーノ・オトウェイ伯爵令息も一緒だった。
クライドは礼を言ってテーブルに着いた。三人とも騎士団に所属していた筈だがどうしてこんなところにいるのだろう?クライドは三人と顔見知りだった。歳回りも近く、パーティーでよく顔を合わせていたからだ。
「三人はどうしてここに?」
クライドが聞くと三人は顔を見合わせた。
「旅行だよ」
「そ、そうだ。俺たち休暇中なんだ」
パーシヴァルたちは魔物討伐の後興奮していた。あんなでっかい魔物を見たのも初めてだったし領兵団の兵士たちの戦いも素晴らしかった。何よりオーウェン団長の恰好良さといったら!!
「俺たちもあんな風になりたいな!!」
帰還しても興奮冷めやらず三人は街に繰り出して祝杯をあげることにしたのだった。
そうして三人で盛り上がっている時にクライドが店に入ってきたのだ。
領兵団に修行に来て三人は最初は不満だったが近頃はとても充実している。しかし目の前のクライドには素直に修行中の身だとは言い出せなかった。こいつは軽薄でカッコばかりつけている奴だ。目端の流行ばかり追いかけてモテると勘違いしている。令嬢たちも遊ぶのにはちょうどいいけれど結婚するのはちょっとねぇ……と言っているのを聞いたことがある。でも交友関係は広いのだ。修行中の身だなどと言ったら王都に帰ってどんな噂をばらまかれるかわかったものじゃなかった。
「クライドはどうしてこんなところにいるんだ?」
酒を勧めながらティーノが聞く。
クライドは考えた。ならず者に知り合いはいないが目の前の三人は騎士だ。ならず者より強いに違いない。この三人に助力を求めたらどうだろう?
「三人はもう王都に帰るのかい?」
「いや、まだしばらく滞在する予定だ」
「それなら相談にのってもらいたいことがあるんだけど」
クライドは話し始めた。
次が最終話です。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
最終話は十三時頃投稿の予定です。最終話までお付き合いいただけると嬉しいです。




