つぶれた魔物に祟りあり
「「「オーニャン!!」」」
エイベルたちが穴の縁に近寄ろうとするが穴に落ちた魔物はゆっくりと後ろ足で立ち上がった。
穴の縁から上半身をのぞかせると高く上げた手で周囲を威嚇する。おまけに盾でも溶かすよだれを振りまくのでおいそれと近寄れなかった。
「魔物の後方からオーニャンを救出する。力自慢!十名ついてこい!」
エイベルは前方の指揮を第二隊長のローレンに任せて後方に走った。穴を大きく迂回して気づかれないように魔物の後ろに回り込むと太縄を穴の縁から垂らした。
前方では兵士たちが何とか魔物を打ち取ろうと必死に戦っている。しかしよだれを振りまく魔物にはなかなか近寄れない。油断すると鋭い爪の付いた丸太より太い腕が飛んでくる。
「矢を射かけるのよ!顔に向かって!さっきよりは近いわ」
「ナタリー!大丈夫なのか?」
声に驚いてローレンが振り向くと肩に包帯を巻いたナタリーが立っていた。
「後ろにいるオーニャン達が魔物に気づかれたら危ないわ。今は魔物の頭が低い位置にあるからもう一つの目を狙うわ」
そう言って怪我をした肩で矢をつがえようとするのをローレンが押しとどめた。
「俺たちでやる。ナタリーはそこで見ていろ」
そう言ってナタリーの前に弓に矢をつがえた男たちが立ちふさがる。
「いいか、一斉に目を狙え!!」
号令と共に矢が放たれた。
そのほとんどは魔物の腕に弾かれたが一本の矢が魔物のもう一つの目に突き立った。
魔物が再び咆哮を上げる。
腕をぶんぶんと振り回しながら周囲によだれをまき散らす。
見えていないので手当たり次第だ。方向感覚を失った魔物がよろよろしながら後ろを向いた。
穴に落ちたオーウェンは素早く受け身をとるとくるりと起き上がった。魔物は穴の中でもがいた後、後ろ足で立ち上がったところだった。
剣を一旦鞘に納めると踏みつぶされないように注意しながら魔物の足元をすり抜け背後に回る。落ちたときに怪我がないのは確かめ済みである。擦り傷や打撲ぐらいはあるかもしれないが骨折や大きな切り傷などは無い。
魔物の後方に回ると同時ぐらいに少し離れた穴の縁に太縄が垂らされるのが見えた。
急いで駆け寄り上を見上げるとエイベルの顔がのぞき込むのが見えた。
笑顔で手を振り太縄に飛びつく。
縄が凄い勢いで引っ張り上げられていく。
あともう少しで穴の上に出るという時、魔物がくるりとこちらを向いた。
こちらを向いたといっても多分見えてはいないだろう。ただ魔物は手当たり次第に腕を振り回しよだれをまき散らしていた。
そのよだれが太縄にかかった。ジュッと太縄が溶ける。溶けきる寸前、オーウェンは穴の縁の土壁を蹴って跳躍した。
そのまま魔物の腕にぶら下がる。
魔物は突然何かが腕に絡みついて来たので驚いた。驚きながらも腕を振り回そうとする。
オーウェンはくるりと魔物の腕を回って体勢を整えると魔物が腕を振り回そうとする力を使って再び跳躍した。
飛び上がりながら腰の剣を引き抜く。
飛び上がった先は魔物の目前だった。
そのまま渾身の力を込めて魔物の眉間に剣を叩きつける。
断末魔の咆哮が上がった―――
そのまま地面に投げ出されたオーウェンはゴロゴロと地面を転がり起き上がった。
素早く起き上がり剣を構えるが、魔物は上半身を穴の上の地面に投げ出したまま穴にもたれるように倒れていた。
「「「オーニャン!!」」」
皆が駆け寄ってきた。
「やったな、おい!」
エイベルが背中をバンバンと叩く。
ナタリーが目に涙を浮かべてオーウェンに抱き着く。
その身体を受け止めながらオーウェンはナタリーの傷を気遣った。
「ナタリー、大丈夫かにゃ」
「もう!私よりオーニャンの方が危険だったのに!」
「いや、俺は大きな怪我はしてないにゃ。守れなくてすまなかったにゃ」
抱き合ったまま会話をするオーウェンとナタリーを見て兵士たちがニヤニヤと笑っている。
ハッと気づいたナタリーが離れようとするがオーウェンは離さなかった。
「団長!怪しい奴を捕まえました!」
声がした方を振り向くと騎士たちがフードを目深に被った怪しい男を引っ立ててくるところだった。
「こいつが岩陰に隠れて矢を射ていたんですよ!」
得意そうに騎士のパーシヴァルが男を前にグイッと突き出した。
「怪しい奴め!ツラを拝んでやる!」
ヒューバートが男のフードに手を掛ける。
こいつらも領兵団に馴染んで来たなぁと思いながらオーウェンは彼らを見ていた。
最初の反抗的な態度が嘘のように最近では鍛錬も張り切り平民たちと酒を酌み交わす彼らなのだ。
男は暫く抵抗していたが無理矢理フードを剝ぎ取られた。
「……あれ?チェスター・ウェルズ騎士団長?」
ティーノの素っ頓狂な声が上がった。
チェスターは酒場で魔物の情報を聞きつけると領兵団を見張ることにした。
そうしてこの討伐の現場までこっそり後をつけてきたのだった。
具体的な計画があったわけではないが討伐の邪魔が出来てオーウェンに怪我でも負わせられたら少しは胸がすくだろう。後をつけていて同行しているナタリーが辺境伯の娘だと気づいてからはナタリーもチェスターの標的になった。
赤髪の鬼神と言われているオーウェンより辺境伯の娘の方が的にしやすそうだ。
上手いこと立ち回って魔物の討伐を失敗させる。ピンチになったところで颯爽と現れ私が指揮を執り魔物を討伐するのはどうだろう?
私の名誉も回復し、騎士団長再就任も夢ではないのではないか?
チェスターはほくそ笑んだ。勝算の無い話ではない。仮にもチェスターは騎士団長だった男だ。多少賄賂を使ったりおべっかを振りまいて得た騎士団長の地位だったが全く実力が無いわけではない。それなりには強いのだ。剣にも弓にも自信はあるし、魔物の討伐経験もそれなりにある。
ただし、騎士団長に就任してから全く鍛えていなかったチェスターはすっかり実力が衰えたことに気が付いていなかったが。
そうして岩陰に隠れていたチェスターはあっさり騎士たちに掴まったのだった。
「ええい!離せ!私は騎士団長だぞ!」
チェスターは喚くがパーシヴァルたちはこそこそと話をしていた。
「騎士団長って首になったんじゃなかったっけ?」
「そうそう、俺たちが辺境に修行に来なきゃならなくなったのはバーナビー第三隊長と騎士団長のせいだって聞いたぞ」
「まあ、ここもいいところだから来て良かったけどな」
「お前ら!何をごちゃごちゃ言っている!早く私を―――」
「キュー―」
変な声が倒れた魔物の方から聞こえた。
みんなが一斉に振り向くと魔物の腕がもぞもぞと……
しまった!まだ生きていたのか?こと切れたのは確かめた筈なのに……と思った次の瞬間、魔物の腕の下から何かが這い出てきた。
這い出てきたのは小型の魔物だ。
熊型の巨大魔物は倒れた時にその大きな腕で小型の魔物を潰していたらしい。その小動物型の魔物は腕の下からよろよろと這い出ると二三歩歩いてぱったりと倒れた。
倒れた時にその魔物は黒い塊を吐き出した。
その塊はオーウェンたちの方に向かって飛んでくる。
オーウェンはナタリーを離すとその前に立ちブン!と剣を振った。
塊を切ったわけではない。剣の風圧で吹き飛ばしたのだ。
運悪く吹き飛ばした塊はチェスターを捕えた騎士たちの方へ飛んで行った。
慌てて騎士たちが飛びのく。塊は逃げ遅れたチェスターにぶつかって霧散したのだった。
あと二話で完結します。




