同じ穴の魔物と団長
アーベント村に再び魔物が現れた。
かねてからの手はず通り村人は一番頑丈な村長の家に集まり、中に閉じこもって魔物が去るのを待った。
三階建ての家ほどもある巨大な魔物は家など簡単に壊してしまうが、村長の家よりは手前にある厩舎を壊して家畜を襲うだろうと予想していた。
案の定魔物は厩舎を襲い牛を三頭喰らうと満足してドーイナック山に帰って行った。
家畜を襲われることは村人にとって痛い事だが決して手出しはしないようにと言い含めてある。そんな巨大な魔物は一人二人でどうこうできるものではないのだ。
アーベント村に駐在していた領兵は村人の安全を守ると同時に魔物を追跡してねぐらを見事突き止めた。
オーウェンが討伐の準備をしているとナタリーがやってきた。
「オーニャン、私も行くわ」
「許可できないにゃ」
「どうして?討伐経験なら沢山あるし足手まといになんてならないわ」
それはわかっている。実際ナタリーはかなりの戦力だ。連れていきたくないのはオーウェンの我儘だ。ナタリーを危険にさらしたくないだけなのだ。
数度の問答の末、結局オーウェンは折れた。ナタリーは後方に居ろと言っても聞かないだろう。オーウェンが団長になるまで団長代理で魔物討伐を行っていたのはエイベルとナタリーなのだ。大型魔物も凶暴な魔物も討伐経験がある、それも指揮者としてだ。
ナタリーが危険にさらされたら絶対に俺が守る!と決意してオーウェンは討伐に向かった。
今回の討伐は総勢六十名。領兵団五十名に王都の騎士十名を同行させる。大型魔獣の討伐経験を積むためだ。ただ彼らは後方で援護の位置につけるが。
一行でドーイナック山に入る。山裾のなだらかな場所までは騎馬で進んでそこから徒歩で茂みに分け入った。しばらく木々の生い茂る獣道を進み岩のゴロゴロした場所に出る。行く手に大きな洞窟が見える。ここが魔物のねぐららしい。
洞窟の入り口を遠巻きにしてオーウェンたちは陣取った。
その後方、最後尾の更に後方に気配を殺しながらついてくる一人の男がいることなど夢にも思わずに。
「いいかにゃ、魔物は熊型にゃ。鋭い爪や牙を持っているにゃ。それに力も強い、十分注意するにゃ。それにかなり大きいにゃ、まずは巣穴から出て来たところを狙うにゃ。仕留めきれなかったら足を狙って転ばせるにゃ」
作戦をオーウェンが領兵たちに話していく。
まずは洞窟から出て来たところを狙う。急所は頭や首の後ろ、身体の上の方にある。弓で仕留められればいいがダメなときはまずは足を狙って魔物を倒し、頭が低い位置になってから急所を狙うのだ。魔物が立ち上がってしまった状態では到底急所に届かない。
通常の弓より大型の弓を構えた十名が洞窟の入り口を取り囲む。いずれも大柄の兵士たちだ。残念ながらナタリーはこの弓を引くことが出来ない。引く力が足りない為だ。辺境伯夫人なら軽々と引けるだろうが。
洞窟の入り口にそろそろと二名の兵士が忍び寄り火のついたモクモニールの木を投げ入れる。
この木は燃やすと大量の目に染みる煙が発生するのだ。
程なく洞窟から魔物の咆哮が聞こえた。
「出てくるにゃ!」
魔物がのそりと洞窟から姿を現すとともに一斉に矢が放たれた。
しかしその矢は魔物の固い毛皮にほとんど弾かれてしまう。数本が身体に突き立ったが浅手だ。魔物が再び咆哮を上げ後ろ足で立ち上がった。口から何かを吐き出す。
「盾で防ぐにゃ!」
弓箭隊の前に大盾を持った兵士が立ちふさがり、魔物が吐き出した液体を受け止めた。盾がジュッと溶ける。
「あの液体は危険だにゃ!」
「すげ!何でも溶かすよだれだ!」
誰かが言った。
「何喰っても消化不良なんか起こさないってか?」
また誰かが言う。周囲で笑い声が起こった。兵士たちはリラックスしているようで安心した。
大繩が用意された。これで足を引っかけ転ばせるのだが、魔物の注意を引く必要がある。
「私がやるわ」
ナタリーが言った。オーウェンは首を振る。
「私が一番適任だわ。オーニャンもわかっているでしょう?あそこの木」
とナタリーは魔物の右手に立つ木を指さした。
「あそこに登って魔物の目を狙うわ。私の弓でも目なら狙える。弓の正確さも逃げ足の速さも領兵団一よ」
それはわかっている、わかっていて許可をなかなか出せないオーウェンだった。
「早くしないと―――」
「わかったにゃ。だけどくれぐれも無理はしないでくれにゃ」
「了解!」
ナタリーは素早く木に向かって走り出す。その間にオーウェンたちは反対方向から矢を射かけ魔物の注意を引く。ナタリーが木に登り弓に矢をつがえるとオーウェンは魔物の前に躍り出た。
「こっちだにゃ!こっちを向くんだにゃ!!」
魔物が向きを変えてオーウェンの方を見た瞬間をナタリーは見逃さなかった。素早く魔物の目を狙って矢を放つ。矢は狙いたがわず魔物の左目に突き立った。
「やったわ!」
魔物が怒って立ち上がる。ナタリーの元に突進しようとする。
魔物の視線が上を向いた機をとらえて足元に太縄を持った厳つい男たちがスタンバイした。ナタリーは素早く木を下りて逃げようとする。
ナタリーが地面に降り立った瞬間、どこからか飛来した矢がナタリーの肩に突き刺さった。
「あっ!」
思わず倒れ込むナタリー。
それを見た皆の反応が少し遅れた。その遅れが連携の息を乱し魔物は男たちの引く太縄を踏みにじってナタリーに突進した。
オーウェンはナタリーが倒れ込むと同時に地を蹴っていた。素早く走ってナタリーに向かって飛び込むとそのまま抱きかかえ地面をゴロゴロと転がった。
一瞬遅れて魔物の鋭い爪が今までナタリーのいたところを薙ぎ払っていた。
ごろごろ転がった後、素早く起き上がるとオーウェンはナタリーを抱いたまま駆けた。エイベルの指示で兵士達が援護してくれる。
左目に突き立った矢が魔物の方向感覚を狂わせているようで魔物の攻撃は当たりにくくなっていた。
屈強な兵士たちが魔物に切りかかる。しかし浅手は負わせられるものの致命的な一撃は与えられないでいた。魔物の急所ははるか上空にある。
後方に一旦退いたオーウェンはナタリーを後ろに控えていた騎士たちに預け応急処置を頼んだ。急ぎエイベルのところに引き返す。
戦局は泥沼化し、魔物は逃げるそぶりを見せ始めていた。手負いのまま逃がすわけにはいかない。
「エイベル、この先に大穴があったにゃ」
オーウェンは討伐前に頭に叩き込んだ地形を思い出しながら言う。
ここから東に少し行ったところに地面が陥没して大穴が開いている場所があるのだ。
「そこにこの魔物を誘導するにゃ」
「しかしなオーニャン、穴に落としても魔物は死なないと思うぞ。それに大穴と言っても深さはこの魔物の胸ぐらいしかないし」
「でも穴に落ちれば急所の頭に手が届く高さになるにゃ」
「そうか!!ナイスだオーニャン!」
「それにしてもナタリーに矢を射たのはどいつだ?」
「それは気になるがにゃ、今は魔物に集中だにゃ」
「わかった。後できっちり落とし前をつけてやる!」
オーウェンはエイベルにはそう言ったが後方に控えた騎士たちに動きの怪しい者がいないか探すように頼んでいた。
王都から来た騎士たちは直接討伐に参加していない。大型魔物の習性や討伐の仕方を今回は後方で眺めるだけだ。戦闘に参加できずうずうずしていた騎士たちは役割を与えられて張り切っていた。
オーウェンたちは戦いながら大穴の方向に魔物を誘導していく。オーウェンは常に最前線で戦いながら仲間が危なくなると助け、味方の士気を高めていた。
穴の縁まで魔物を誘導する。力自慢の兵士たちと一斉に突きを入れる。魔物の固い皮膚の前では致命傷にはならないがチクチクと攻撃してくる者たちをうっとうしがって魔物はわずかに後ずさった。
ガラガラと縁の岩や土を崩しながら魔物が穴に落下する。
「「「やった!!」」」
魔物の様子を見ようとオーウェンが穴の縁に近づいた時だった。
ヒュンヒュンと立て続けに矢がオーウェンに向かって放たれた。
気配を察してオーウェンは振り向きざまに矢を切り払う。が、矢を避けるためにステップを踏んだその足元の土が崩れた。
「オーニャン!!」
エイベルの叫び空しくオーウェンは穴に落下した―――




