騎士もおだてりゃやる気出す
翌日、オーウェンが魔物討伐の準備をしているとナタリーがやってきた。
兵士たちと同じような厚手のシャツにズボン、肩当てや胸当てを装備し頑丈な革のブーツにマントを羽織っている。弓矢や剣も装備済みだ。
「オーニャン、私も討伐に行くわ」
オーウェンは首を傾げた。昨夜クライドがナタリーを領都に誘っていたからだ。
「今日は街に行くんじゃなかったかにゃ?」
「冗談でしょ!あんなウザい男と出かけたくなんかないわ!」
そこへ今言ったウザい男が息を切らしながらやってきた。
「ナタリー!」
クライドはナタリーに追い付くと両手を広げて天を仰いだ。一々気障な男だ。
「ナタリー、またそんな恰好をして。この美しい僕の隣りは気後れするのもわかるけどさ、男勝りにそんな事ばっかりしていると嫁の貰い手がなくなっちゃうよ。まあ君は僕がいるからいいけどね。少しは女らしくしてくれないと僕の立場ってものがあるんだよ」
「なんであなたの立場を私が考えなくちゃいけないのよ。あのね、ここは辺境で私は辺境伯の唯一の跡取り娘なのよ。関係ない人はすっこんでいて」
「何だ?何だ?」
野次馬の兵士たちがたくさんやってきた。
「お貴族様が何の用だ?」
「ナタリーに手を出したらただじゃ置かないぞ!」
「オーニャン、ライバル登場だな」
「お貴族様のヘロヘロ野郎なんかに負けるなよ」
野次馬のヤジの矛先がだんだん自分の方に向いて来たのでオーウェンは急いで号令を掛けた。
「みんな、整列するにゃ!」
その日の討伐も一定の成果を上げオーウェンたちは領兵団の本部に引き上げてきた。
魔物討伐は領地内に魔物が出たときに行うだけでなく一定の間隔で定期的に行う場合もある。
魔物は魔物から生まれる他に普通の動物が魔物に変化する場合がある。大気中に含まれる魔素が異常に濃い地域が世界で何カ所かある。そこで濃い魔素に晒され続けた動物が魔物に変化してしまうのである。ドーイナック山はその魔素が濃い地域の一つである。頂上に近い洞窟が魔素の濃い場所らしい。この魔素を薄めるような技術はまだ無い。したがってドーイナック山では定期的に魔物討伐を行わなければならないのだった。
「今日のナタリーの活躍は凄かったな」
「鬼気迫るものがあったぞ」
兵士たちがひそひそと話している。確かに今日のナタリーは凄かったが、ストレスを発散しているようにオーウェンは感じた。
今日はオーウェンは自らは討伐せず王都からやってきた騎士たちのフォローに回った。彼らは小型の魔物は問題なく倒すことが出来るが中型や大型の魔物にはビビってしまう。それらが出たときに魔物の特徴や動き方、効果ある攻撃の仕方などを教えながら彼らをフォローしていたのだ。
その彼らは初めて見るナタリーの雄姿に目を丸くしていた。可憐で華奢な令嬢が凶暴な魔物に立ち向かっていくのだ。彼らは唖然とし、次に令嬢に負けまいと張り切ったのだった。
数日が経過した。
クライドは相変わらずナタリーに言い寄り玉砕している。しかしこれが全くめげないのだ。彼の自信はどこからくるのだろう?オーウェンはある意味感心していた。俺はあんな根性は無い。そもそも俺には資格がない。オーウェンはクライドの事が羨ましかった。
伯爵夫人はあれ以来食事を共にしていないが偶に廊下などで会ってしまうと大げさに眉を顰められた。
伯爵は何度も辺境伯を説得しているようだがそれは無駄に終わっていた。なにしろ言い方が傲岸不遜なのだ。いくら親戚とは言え伯爵が辺境伯に向かってあんなに偉そうにものを言えるだろうか?それを許している辺境伯も謎だった。
お屋敷内はそんな感じで皆イライラが募ってきているようだが、領兵団の方は順調だった。
問題児の三人はなんとか鍛錬についてこれるようになった。領兵団の奴らは気のいい奴ばかりである。三人が頑張ろうとする姿勢を見せると大げさに褒めた。
「パーシヴァル、お前鍛錬場を八十周走れるようになったなあ」
「ふん、みんなは百周走っているじゃないか!それより俺のことを気やすく呼ぶなよ、平民が!」
「硬いこと言うなよ。それより八十周だって凄いぞ、昨日は七十周だったからな。日々成長してるってこった」
「おおっ!ヒューバートも腹筋二百回クリアしたぞ!」
「ティーノもだ!」
「すげえすげえ!」
こんな調子でおだてられた三人は妙にやる気を出しているのだった。平民だと馬鹿にしていた兵士たちとも打ち解けてきたようである。
この辺境のみんなは本当に凄い!とオーウェンは改めて感心した。オーウェンの頑なで孤独だった心を溶かしたのもナタリーを始めとするこの地の人々だったのだから。
ある日の夕食にナタリーの姿が無かった。クライドの姿も無い。
「ああ、領都に劇団がやって来てね、ナタリーはクライドと観劇に行っているよ。夕食も食べてくるらしい」
辺境伯の言葉にズキリと胸が痛んだ。クライドになびかないナタリーを見て安心していたらしい。あんな気障な奴でも何度も誘われれば絆されるだろう。というかナタリーは辺境伯の一人娘なのだからしかるべき家から婿を迎えることになるだろう。それがあのクライドなのかもしれない。
どうして胸が痛いんだ……そんな事ずっと前からわかっている。俺はナタリーが好きなんだ。
オーウェンが無理やり蓋をしてきた気持ちだった。身分が違うからと、そんな資格がないからと抑え込んでいた気持ちだった。そのくせオーウェンの事を心配してくれたり手が触れると真っ赤になるナタリーを見てナタリーは俺のことを好いてくれているのではないかとどこかで安心していたオーウェンだったのだ。
自分からは何も行動を起こしていないくせに……身分の壁を乗り越える努力もしていないくせに……いや、ナタリーにこの気持ちを伝えてさえいないくせに……俺は卑怯だ。
オーウェンは落ち込んだ。
片やファロン伯爵は上機嫌だった。
「おいアンドリュー、クライドとナタリーはちょうど年回りも合うだろう。二人で観劇に行くくらい仲がいいんだから婚約を結んではどうだね?」
伯爵に水を向けられて辺境伯はにっこり微笑んだ。
「私がナタリーの婿に選ぶ男の条件は三つだけだよ。一つ、ナタリーの事を生涯愛しぬくこと。二つ、ナタリーがその男を気に入っていること。三つ、この辺境を守り抜く強さを持っていること」
それなら!それなら俺にもチャンスがあるんじゃないかとオーウェンは顔を上げた。
「おいおい、貴族の中でも侯爵家より上の辺境伯家の結婚だぞ。家格とか血筋とかも大事だろう?それに領内の安全はそこの平民団長が守ってくれるだろう?強さなんていらないんじゃないか?」
伯爵の問いかけにも辺境伯は微笑みを浮かべるだけで答えなかった。
今日はあと二話十五時頃と二十時頃に投稿します。




