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しょぼい呪いに侵された強面騎士は辺境で癒される~もうお前の言いなりにはならないにゃ  作者: 一理。
本編

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12/22

解呪薬は口にすっぱし


 一か月後、オーウェンはヘキーチ辺境伯領に戻ってきた。

 そろそろまたたび草の実が成る季節だった。


 辺境伯とナタリーも一緒だ。


 ホールディス侯爵家と縁を切り平民となったオーウェンはヘキーチ辺境伯領の領兵として雇われることになった。

 呪いを解くだけでなく辺境伯領での生活が楽しかったオーウェンはここに戻ってくることが出来て嬉しかった。

 

 ホールディス侯爵は何度もオーウェンに復縁を迫ったがオーウェンは取り合わなかった。役所に提出済みの書類が役に立った。王都に着いてすぐ辺境伯のアドバイスで離縁していてよかったと胸を撫で下ろしたオーウェンだった。


 そのホールディス侯爵は既に侯爵ではない。夫人と嫡男の失態により降爵となり現在は伯爵だ。バーナビーは平民となり服役中、夫人は説諭だけで家に帰されたが元侯爵は夫人と離縁した。夫人は今は甥が当主の実家の伯爵家に戻ることになったもののかなり肩身が狭い思いをしているらしい。そしてホールディス侯爵家の人々がオーウェンにしてきた仕打ちがどこからか明るみになり、その人でなしの所業に人々は眉を顰めた。夫人は実家で身の置き所が無く、元侯爵は悪評のあまり社交界に顔を出せない。家を継ぐべき養子も見つからない。虐待を恐れて近しい親戚は養子縁組を拒んだのだ。というのは表向きで評判の悪いホールディス伯爵家など沈みゆく船だ。どの家も関わり合いになりたくなかった。


 退団の手続きに騎士団に行った時だった。


「「「隊長!」」」


 駆け寄ってきたのは第八隊の騎士たちだった。


「騎士団を辞められるって本当ですか?」


 オーウェンが頷くと騎士たちは息を呑んだ。


「そんな……隊長は俺たちを見限ったんですか?」


「おい、お前が隊長の口調をあんなに笑ったからじゃないか?」


「お前こそ肩を震わせてたじゃないか!」


 喧嘩を始めそうな騎士たちにオーウェンが割って入った。


「違うにゃ」


 その言葉に再び笑いそうになるも、騎士たちは笑いを抑え込んで口々に言った。


「俺たち隊長を馬鹿にしたんじゃないんです!」


「そうです!なんかほほえましいっていうか……」


「いつも眉間に皺を寄せている隊長が親しみやすいっていうか」


「あーーもう!うまく言えないけど、俺たちは隊長を尊敬してるんです!」


「そうです!だから……隊長と笑い合いたいっていうか……」


「お願いです、辞めないでください!!」


 オーウェンは目の覚める思いだった。

 呪いに罹った時、全ての人に馬鹿にされているような気がした。ヘキーチ辺境伯領の人達と触れ合うまで身の置き所が無かった。

 いや、呪いに罹る前もオーウェンは孤独だった。

 でも違った。

 第八隊の騎士たちはオーウェンの事を慕ってくれていた。あの笑いも馬鹿にしたものではなく親しみを持った笑いだった。

 オーウェンが一歩歩み寄ってみれば、難しい顔ばかりせず日常の何気ない出来事でも話すようにしていればオーウェンは孤独ではなかったのかもしれない。


「……ありがとうにゃ」


 オーウェンは深々と頭を下げた。


「隊長、辞めないでくれますか?」


 それはできない相談だった。オーウェンは国王陛下から解雇を宣言された。この決定は覆らない。


 事情を説明すると騎士たちは項垂れた。


「隊長はこれからどうされるんですか?」


「ヘキーチ辺境伯に領兵として雇ってもらうことが出来たにゃ。俺は辺境で頑張るにゃ。みんなもここで頑張ってくれにゃ」


「「「隊長……」」」


 最後は握手して別れた。

 最初駆け寄ってきたのは数人だったが、オーウェンが来ているのを知った騎士たちが後から後から駆け寄って来て最後は第八隊の全ての騎士たちと握手して別れたのだった。



 


 その騎士団は今再編の真っ最中だ。


 まず、平民だけの隊というのを無くした。そして大型の魔物や凶暴な魔物の討伐経験のある第七隊、第八隊の騎士たちを各隊に振り分けた。不正が無いように騎士団外の第三者によるチェック機関も設けた。

 そして圧倒的に実践経験のない騎士たちを鍛えなおすために二十人を一組にして半年に一組ずつヘキーチ辺境伯の領兵団に修行に出されることになった。これは国王陛下と辺境伯の密約による。

 王家はオーウェンを手放したくなかったのだ。今回の事で騎士団の内部がガタガタな事、実は第七隊、第八隊以外は魔物討伐に圧倒的に経験が足りず、実力が無いことが露呈した。ここでオーウェンに抜けられることは非常に痛いのだ。

 そのオーウェンをヘキーチ辺境伯が攫って行くことを知って国王陛下が拗ねた。


「狡いではないか!」


 ブツブツと不満を言う国王陛下に対し、辺境伯は譲歩することにした。

 オーウェンは譲れないから代わりに騎士団の騎士たちを鍛えなおしてやる。順番に辺境に寄越せ、と陛下に言ったのだった。






 


 辺境伯の屋敷に着いた。


 馬を下り屋敷に近づいた時だった。


「あなた!ナタリー!おかえりなさい」


 玄関の大扉をバターーンと開けこちらに駆け寄ってくる人がいる。

 あまりに勢いよく開けたせいだろう、玄関の頑丈そうな大扉が変な角度に傾いでいる。


「シャーロット!」


「お母様!」


 その夫人は駆け寄って来て辺境伯とがっしと抱き合った。


「ぐえっ」


 辺境伯から変な声が漏れた。


「お母様!」


 ナタリーの悲鳴でその夫人は辺境伯を放した。


「あらやだ、ごめんなさいあなた」


「い、いや、会えて嬉しいよシャーロット。元気そうだね」


 オーウェンはまじまじとその御夫人を見ていた。会話の流れからしてこの人が辺境伯夫人だろう。しかし辺境伯夫人は病弱で領地南西部の温泉施設で長期療養中だと言っていなかっただろうか。目の前の御夫人はいたって健康的に見える。


「あなたがオーウェン・ホールディスさんね。私はアンドリュー・ヘキーチの妻でシャーロット・ヘキーチと申しますわ」


「オーウェン・ホールディスですにゃ、いや、今はただのオーウェンですにゃ。辺境伯夫人にはお初にお目にかかりますにゃ」


 オーウェンが急いで挨拶すると夫人は「聞いていた通り面白い人ね」と笑いながら手を差し出した。


『面白い人』という評価はオーウェンの人生で初めてである。目をパチクリしながら差し出された手を握る。


「ぐっ!」


 あまりの握力にオーウェンの手の骨が軋んだ。


「あら、またやっちゃった」


 夫人はペロッと舌を出した。





「呪いですかにゃ!?」


 屋敷のサロンに落ち着いてお茶を飲みながら夫人の話をオーウェンは聞いた。

 

 本当はこの場にいないつもりのオーウェンだったが謎の「いいからいいから」という言葉と共に家族団らんのはずのヘキーチ辺境伯一家に交じってサロンでお茶を飲んでいる。


 ここを発つ前は客人扱いだった。しかし今は平民となり領兵として雇ってもらったのだ。主人と一緒にお茶を飲むわけにはいかない。「俺の宿舎はどこですか?」と兵士たちの寮に向かおうとしたが、案内されたのは屋敷の中のここを発つときと同じ部屋だった。そして「いいからいいから」と謎の言葉で部屋に荷物を置かされ、サロンで辺境伯一家とお茶を飲んでいる。


「ええ、私十歳の時にゴリラ型の魔物に呪いをかけられたの」


 あっけらかんと夫人は話す。

 もともとシャーロット夫人は先代辺境伯の一人娘でアンドリュー・ヘキーチは婿養子らしい。

 その夫人は十歳の時にゴリラ型の魔物に呪いを掛けられてしまった。


「どんどん力が強くなる呪いなのよ」


「は?」


 オーウェンの呪いも変な呪いだが夫人の呪いも変な呪いだった。それも解呪できないらしい。


「あ、でもね、領地南西部の温泉のお湯を飲むと力が弱まるのよ」


 つまり解呪には至らないが温泉のお湯を一定期間飲み続けることで呪いが薄まるらしい。時間が経つと戻ってしまうので定期的に温泉を訪れる必要がある。それで夫人はお屋敷と温泉地をだいたい三か月ごとに行ったり来たりしているらしい。対外的には病気療養ということにして。


「力が強い事はいい事だと思いますがにゃ」


「ふふっありがとう。そう言ってくれたのはアンドリュー以来二人目ね。でもね、放っておくとどこにも触れなくなっちゃうのよ。このカップも触れただけで壊してしまうわ」


 そう言って夫人は紅茶のカップを持ち上げた。


「それにね、愛しの旦那様や最愛の娘を全身骨折で失いたくないのよ」


 オーウェンは納得した。夫人の呪いはオーウェンの呪いよりずっとずっと厄介だった。それでも夫人は明るかったし辺境伯もナタリーも夫人の呪いの事を気にしていなかった。

 



 二週間後、朝食の席でナタリーが言った。


「オーニャン、またたび草の実を取りに行きましょう」


 いよいよ待ちに待った時がやってきたのだった。


 オーウェンは結局お屋敷の前と同じ部屋に住み、辺境伯一家と食事を共にしている。

 下っ端の一兵士として雇われたと思っていたオーウェンだが領兵団の団長だった。古参の兵たちが納得しないだろうと思ったのだが、全員一致でオーウェンの団長就任を認めた。


「ご領主様を手合わせで負かしたオーニャンが団長になるのは当たり前だろ」とエイベルが言う。


「それに未来のお婿……もがっ」


 エイベルは何か言いかけて仲間に口を塞がれていた。


 しかし団長としてでもご領主様と同じ屋敷に住むのはおかしいと思うのだが「いいからいいから」と押し切られてしまったのだった。



 


 ナタリーとまたたび草の実の採取に向かい、籠一杯に実を採ってきた。

 二人で花を見に行った時のことを思い出して切ない気持ちになった。あの時は俺にはナタリーを好きになる資格なんて無いと思っていたが、あの時は曲がりなりにも貴族だったのだ。平民になった今は本当に資格を無くしてしまった。ホールディス侯爵家の籍を抜けたことは微塵も後悔していないが。



 丸くて赤いつやつやの実を絞りコップに入れていく。


「どのくらい絞ればいいの?」


 ナタリーが聞くがオーウェンは首を傾げた。


「そういえば聞いてなかったにゃ」


「じゃあコップ一杯絞りましょう」


 片手で包める大きさのまたたび草の実はつるんとした皮の内側に果汁をなみなみと湛えている。十個も絞るとコップ一杯分がたまった。


「じゃあ、オーニャン……」


 ナタリーと辺境伯夫妻が見守る中、オーウェンはグッとコップを掴み一気に飲み干した。


「~~~!!」


 酸っぱい!物凄く酸っぱい!


 口をすぼめしわくちゃな顔になったオーウェンはしばし耐えた。




「オーニャン……」


 心配そうなナタリーの声に応える。


「ナタリー……」


「治った!!」


「ついにやったにゃ!」


「治ってなかった!!!」


 いろいろ試した結果、以前は「いや」とか「ああ」とか短い返事の時には『にゃ』が付かなかったがそれが「そうだな」とか「わかった」とかちょっと伸びただけだった。


「またたび草の実を絞って飲めば解呪できると言われたんでしょう?」


 ナタリーの言葉にオーウェンは頷きながら言った。


「魔女殿に手紙を送ってみるにゃ」






 魔女から手紙が届いたのはそれから二か月後、実の盛りをとうに過ぎたころだった。


「ごめーーん!量を言うの忘れてたわ。バケツ一杯飲まなきゃダメなのーー!よろしくね」


 バケツ一杯……あのくそ酸っぱい果汁を……いや、やってやる!飲み干して見せる!

 そこでオーウェンは気が付いた。実の盛りが終わっていることを。来年まで待たなくてはいけないことを……


 がっくりと膝を突くオーウェンをナタリーが慰める。


「大丈夫よオーニャン、気長に待ちましょう。私今の口調のオーニャンも好きだし……」


「ナタリー……」


「あっ!あの……」


 真っ赤になって見つめあうオーウェンとナタリーを眺めながら辺境伯は微笑む。


 先日、友人の伯爵から手紙が届いた。オーウェンを養子に迎えるという手紙だ。辺境伯家に婿に入るためにはやはり平民の身分では難しい。友人の伯爵は領地で大型魔物が出たことがありオーウェン率いる第八隊に討伐してもらった過去がある。オーウェンに感謝していた伯爵は二つ返事で養子の件を引き受けてくれた。

 あとはあの堅物をどうやって説得するかだが……


 どこまでも生真面目なオーウェンは養子の件を固辞するかもしれない。けれど今の二人の様子を見ていると陥落まであと少しな気もする。


 きっと来年の今頃には……

 





 ———(おしまい)———




ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。

少しでも面白いと思っていただけましたら評価やブクマをいただけると嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「にゃたりー」に、「おーにゃん」と返す男前な気風の良さ(女性ですが男前! かっこいい)。 「いいから、いいから」とか、「治った!」「治ってなかった!」などの掛け合い言葉の調子の良さ。 …
[一言] かわいいにゃーーーー!オーニャン幸せになれよぅ。ニャタリーとねっ!
[一言] バケツ1杯にちょーっとだけ足りなくて、でも気づかれなくて。 その後結婚したオーニャンとニャタリーの間に産まれた子供の頭に興奮するとネコ耳が生える…まで想像してニヤニヤしました。
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