去る騎士跡を濁さず
大臣や、司法の官吏たちは皆呆れていた。
騎士団の内部がこんなに腐敗していたとは。これで国の治安が守られるのだろうか。皆不安そうに顔を見合わせていた。
「辞めればいいんでしょう」
突然バーナビーは立ち上がって言った。
「私は騎士団を退団しますよ。それで満足でしょう!」
バーナビーはオーウェンを睨みながら続ける。お前が俺の言うことを聞いていれば……という怒りを込めながら。
「仕事の不公正は私の入団前からありました。私はそれを少し極端にしただけです。魔核は……私は騎士団長に期待されていた。魔核の回収量が少ないと文句を言われた。だから異母弟のオーウェンに相談したんですよ。善意で魔核を第三隊に融通してもらったんです」
「君がやったのは買収と横流しだよ。今あげたのは時間がないので過去六か月の事だが少なくとも二年前から行っていただろう?それは人々を守り悪を捕らえる騎士として見過ごせないことではないかね?」
宰相の言葉にバーナビーは面倒くさそうに答えた。
「だから騎士を辞めますと言っているでしょう」
騎士を辞めても侯爵家嫡男だ。父を補佐して領地経営をすればいい。
宰相が国王陛下を仰ぎ見た。
国王陛下は一つ頷くとおもむろに口を開いた。
「賄賂を貰って不正をした者たちは懲役にする。年数は取り調べの上決めてくれ。そしてバーナビー・ホールディスは騎士団を懲戒免職の上貴族籍を剥奪とする。騎士団長チェスター・ウェルズは騎士団長を罷免、副団長を暫定の騎士団長とし急ぎ騎士団の立て直しを図る事とする。異論がある者は?」
大臣たちは皆頷いた。
取り立てて反対意見もなく彼らの罪は確定した。
騎士団長はがっくりとその場に膝を突くと「私は悪いことはしていない。馬鹿な婿のとばっちりだ」と呟いた。
しかし副団長は彼に向かって言った。
「私は何度もあなたに忠告しました。様子がおかしい、各隊に踏み込んだ調査をするべきだと。今が上手く回っているのだから必要無いと突っぱねたのはあなただ。あなたはおかしいと思いながら娘と結婚させたホールディス隊長を何とか引き立てようとしていたじゃないですか」
もっと納得できなかったのはバーナビーだった。
彼は顔面蒼白になって二の句が継げない。陛下の言葉は何かの間違いだ。私が平民になどなるわけがない……
ホールディス侯爵夫妻は思わず席を立ち陛下の傍に駆け寄った。
いや駆け寄ろうとしてこの騒動に唯一関係していない第一隊の近衛騎士に止められた。
「陛下!陛下!お慈悲を!バーナビーは我が侯爵家の嫡男です。貴族籍を剥奪されては後継者になる事は出来ません!」
国王陛下は侯爵夫妻を一瞥して言った。
「貴族籍の剥奪を撤回することは無い。武のホールディス侯爵家も落ちたものだな」
懲役刑の官吏たち、それに平民になったバーナビーにも懲役が科せられる。それぞれは衛兵に引っ立てられていく。
バーナビーは暴れる気力もなく「私が平民……平民……」と呟きながら引っ立てられていった。
それに追いすがろうとして侯爵夫人は黙ったままのオーウェンに気が付いた。
「お前が!!お前が悪いのよ!!すべてお前が!!」
夫人と反対に侯爵はオーウェンを見て喜びの表情を浮かべた。
「おお!お前がいた!まだ私の息子はもう一人居た。オーウェン、お前が侯爵家を継ぐんだ」
「そんな事させないわ!」
夫人は怒って扇をオーウェンに投げつける。
武芸の心得もない侯爵夫人の投げつけた扇など簡単に躱せる。
しかしオーウェンを庇って前に出た人物にその扇は当たった。
「「「エリオット殿下!!」」」
夫人は唖然とし、次いで蒼白になった。
「王族に対し怪我を負わせたこの者を捕らえよ」
エリオットの命令で夫人は捕らえられた。
「誤解です!私は殿下に対してそのような!」
夫人は言い訳をしながら引っ立てられていった。
「殿下、確信犯ですな」
宰相がこそっとエリオットに囁く。
「うん、お説教ぐらいで解放されるだろうけどオーウェンの為にちょっとした仕返しをしたかったというか……まあ自己満足なんだけど」
これでもエリオットは自分を庇って呪いにかかったオーウェンに対し申し訳ないとずっと思っていたのだった。
引っ立てられた夫人を顧みることなくホールディス侯爵はオーウェンに向かって言った。
「オーウェン、今までの事は水に流そうじゃないか。バーナビーのようなバカ息子よりお前の方が侯爵家に相応しい。なんて言ったってお前の赤い髪は―――」
オーウェンは片手を突き出して侯爵を黙らせると懐から離縁状を取り出した。ホールディス侯爵に突きつける。
「この離縁状は既に届け出済みで認可が下りているよ。残念だったねホールディス侯爵」
ヘキーチ辺境伯がそう言うとホールディス侯爵は肩を落とした。
まだ諦めきれないようなホールディス侯爵だったが夫人が暴れていると王城の役人がホールディス侯爵を迎えに来て泡を食って退出していった。
「それではこれで―――」
宰相が締めの挨拶をしようとした時にオーウェンが口を開いた。
「待ってくださいにゃ!!」
会議室に集まっていた皆の目が点になる。
「これは……ふっふふふ……聞いてはいたが……実際に耳にすると……ははっははは」
耐えきれず国王陛下が笑い出し、ほかの者たちも吹き出した。
皆が笑い転げる中、辺境伯とナタリーは真顔で立っていた。そのことがオーウェンは有り難かった。
「いや、許せオーウェン・ホールディス隊長。我が息子を庇って呪いに罹ったことは聞いていたのだ。しかし……ふふっ……王都では有名な笑わない強面騎士が随分と可愛らしい喋り方をすると……ふふっ……」
国王陛下は暫く俯いて笑いをこらえていた後キッと顔を上げるとオーウェンに言った。
「すまなかった、もう大丈夫だ。言いたいことがあるなら申すがいい」
陛下が笑いを治めたことでほかの者も居住まいを正した。ほかの者はオーウェンの呪いの事を知らなかったので、同情の眼差しを向ける者もいた。
魔物に接触することでごく偶にかかってしまう呪いは千差万別の作用をもたらす。大概のものは悲惨だ。身体がじわじわと腐っていったり急に暴れ出すようになってしまったり歩けなくなったり身体中鱗に覆われてしまったり……だから呪いに罹ってしまったものは魔女に鑑定してもらい解呪の方法を探る。解呪できる場合もあればできない場合もある。近くにいる者に影響を与える呪いも多いため呪われた者は忌避される。だから万が一呪われてしまった者はそのことを隠すのが常であった。
もちろんオーウェンも対外的には病気を発症したことになっている。
「俺の処分が決まってませんにゃ」
「いや、君は……くくっ……被害者だろう。過酷な討伐ばかり割り振られ手柄を横取りされていた」
宰相が笑いをこらえながら言う。
「俺が一介の騎士ならそうかもしれませんにゃ。でも俺は隊長だったにゃ。任務の不公正も魔核の横流しも俺は知っていたにゃ。隊の部下たちに苦しい思いをさせたにゃ」
「だから君は強くあろうとしたよね、オーウェン。どんな魔物に対しても君はひるまなかった。日々鍛錬を欠かさず討伐の時には一番危険なところにいた。部下の危機を何度も救った。だから第八隊は君が隊長になってから死者はゼロだ」
「ありがとうございますにゃエリオット殿下、でもそれは言い訳ですにゃ。それに俺は他の隊にも不利益をもたらしたにゃ」
「どういうことかね?」
国王陛下の問いにオーウェンは説明した。
任務の不公正を黙っていたことで他の隊が危険な魔物に対する討伐経験を奪ったこと。第三隊に魔核を横流しすることで第三隊に架空の実績が積み上がり先月のオオカミ型魔物に対する失態を引き起こしたこと。
「真面目め……」
こそっと国王陛下は呟いた。オーウェンがバーナビーの悪事を知っていて黙っていたことはもちろん陛下たちも知っている。しかしオーウェンは実質被害者だ。隊長としてと言われれば不当な要求をきっぱり撥ね除け上に不正を報告することが求められるが、王家は見て見ぬふりをした。オーウェンの腕をよく知っていた王家はオーウェンを手放したくなかったのだった。
しかしこの場でオーウェンが自ら処分を求めたことで無かったことにはできなくなった。
不承不承国王陛下は言った。
「オーウェン・ホールディス隊長を解雇とする。今までの功績を鑑みて退職金は支払う、以上だ。異議のある者は?」
皆が頷いた。第二王子エリオットだけは残念そうだったが何も言わなかった。
そうして今度こそ査問会は解散となった。
最終話は本日夜に投稿します。
最後までお読みいただけると嬉しいです。




