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呪いは油断した後にやってくる


「後ろへ廻れ!!取り囲め!!」


「右手の奴!気をつけろ!攻撃が来るぞ!」


 荒れ果てた岩山に男たちの怒声が響き渡る。

 ごつごつした足場の悪い岩場で騎士たちが対峙するのは小山ほどの大きさの一匹の魔物。

 化け猫と形容されるようなそれは久しぶりに出現した大型の魔物で近隣の畑や家畜、人にまで被害を及ぼしていた。


 そこで第二王子率いる討伐隊が派遣され、こうして魔物を岩場に追い詰めているのだった。


 この討伐で目覚ましい働きを見せているのが騎士団第八隊の隊長オーウェン・ホールディス。

 厳つい大男だ。剣の腕は騎士団一と言われているが二十五歳独身、女性の影もなく日々訓練に明け暮れるオーウェンは荒くれ者の第八隊の隊長だった。


 ついにオーウェンの一太刀が魔物の眉間を切り裂いた。


 ドウとその場に倒れピクピクと痙攣する。


 やった!ついに倒した!と皆が安堵した時だった。

 断末魔の魔物が黒い塊を吐き出した。

 その塊は第二王子に向かって飛んで行く。オーウェンは咄嗟に第二王子の前に立ちふさがった。


 黒い塊はオーウェンの身体に当たり霧散する。


 辺りが静まり返った。


「オーウェン、大丈夫か?」


 第二王子のエリオットが声を掛ける。

 オーウェンは慎重に手足を動かした。なんともない……身体に不調も不具合も見られない。

 オーウェンは首をひねったのち頷いた。


 黒い塊は確かにオーウェンに当たったが何の変化ももたらさなかった。何だったのだろう?魔物の最後の攻撃かと思ったのは穿ち過ぎだったのかもしれない。


「なんともなくて良かった。魔物は絶命しているか?」


 エリオットはホッとため息をついた後、他の騎士に声を掛けた。


「はい!既に息はありません」


 騎士の声に勝鬨が上がる。魔物の討伐はこれにて終了、騎士たちはエリオットの前に集合した。


「皆、よく頑張った。魔物は倒されこの地の人々は再び安心して生活を送ることが出来るであろう。後は魔核を回収して引き上げよう」


 エリオットの言葉に隊長のオーウェンが答える。


「ありがとうございますにゃ。我ら一同……」


 咄嗟にオーウェンは手で口をふさいだ。


 俺は今何を言った?噛んだ?噛んだのか?


「ふっ……オーウェンどうした?」


 少し笑いをこぼしながらエリオットが問いかける。


「いえ、失礼いたしましたにゃ」


 もう一度オーウェンは口をふさいだ。さっきより強く。


 周囲は静まり返っていた。目の前のエリオットも、振り返ると部下の騎士たちも皆俯いて震えている。

 必死に何かに耐えている。


「ぷっ」


 ついにエリオットが吹き出した。

 それをきっかけに次々と陥落する者が現れ一帯は笑いの渦に包み込まれた。

 オーウェンの声は重低音のバリトンボイスである。そのバリトンボイスで可愛らしく『にゃ』などと言われては耐えられるものではなかった。


「み、皆静まるにゃ!俺は言いたくて言ってるわけではにゃいにゃ!」


 オーウェンが喋るたびに笑いは増してとうとうヒーヒーと呼吸困難に陥る者も出始めオーウェンはその場にがっくりと膝を突いた。









「あらーこれは呪いねー」


 王城の一室に呼び出された魔導士の女性は暫くオーウェンの瞳を覗き込んだ後面倒くさそうに言った。


「呪い?」


 エリオットとオーウェンが顔を見合わせる。


「倒した魔物の断末魔の呪いよ」と魔女は繰り返した。


 あれからオーウェンは何度か普通に喋ろうとした。しかしいくら気を付けても語尾に『にゃ』がついてしまうのだ。


 何度も周囲を笑いのるつぼに叩き込みようやくオーウェンがふざけている訳でも場を和ませようとしているわけでもないと―――もっともオーウェンはそんな性格ではなかったが―――理解したエリオットは王城に戻ると魔導士を呼び出した。


 魔導士とは魔力を持った人間だ。この世にはほんの少数だが魔物のように魔力を持った人間が存在する。もちろん魔物のように誰彼構わず攻撃するような凶暴な性格はしていない。魔力を有する者は魔導士と呼ばれどの国でも丁重に保護している(囲い込みともいう)特に魔導士の女性は治癒や鑑定、解呪を得意としている者が多く彼女たちは魔女と呼ばれていた。魔導士、特に魔女は国が高額で雇い望めば高位貴族との婚姻も可能であるが大抵の者は人嫌いの傾向にある。


 目の前の魔女もそろそろ中年に差し掛かる年齢であるが独身で人嫌い。仕事以外は滅多に屋敷から出てこない。


「それで魔女殿、この呪いは他にどのような症状が出るのだろうか」


 もしかしたら呪いに蝕まれてじわじわ命を落とすのだろうか?エリオットは唾を飲み込む。

 オーウェンはエリオットを庇って呪いをその身に受けたのだ。オーウェンが命を落とすようなことがあってはならない。


「んーー魚が好きになる」


「は?」


「肉より魚が好物になる……くらいかな?」


「その……魔女殿、改めて聞くがこの呪いは語尾に『にゃ』が付くことと魚が好きになる呪いだと?」


「うん、そう言ってるでしょ。はぁーー徹夜で仕事を終えてベッドにもぐりこんだのにこんなつまらないことで呼び出されるなんて」


 魔女は大あくびをした。


「しかしだにゃ。俺にとってはつまらない事ではにゃいのだにゃ。俺はこれから先一生この喋り方ににゃってしまうのかにゃ」


 たまらずオーウェンが口を挟むとまたエリオットが笑い転げた。


 魔女も吹き出しながら「チャームポイントだと思っとけばぁ?」などと言って帰ろうとする。


「待ってくれにゃ!呪いを解く方法を教えてくれにゃ!!」


 必死で言い募るオーウェン。

 エリオットは密かに自分が呪いを受けなかったことに安堵した。

 なんともしょぼいが侮れない呪いである。


「またたび草」


「は?」


「またたび草の実を絞って飲むといいわ」


「それはどこに生えているにゃ!」


「この国だとえーーとヘキーチ領のドーイナック山の山中ねぇ」


「承知したにゃ。かたじけないにゃ」


 オーウェンが重々しく頭を下げる。

 魔女はひらひらと手を振って「私はそのままでも面白くっていいと思うけどぉ」と言いながら帰って行った。


「殿下……にゃ。俺は直ぐにでもヘキーチ領に向かいますにゃ!」


 エリオットは笑いをこらえて頷いた。


「ああ、許可しよう」






 


 ヘキーチ領はアンドリュー・ヘキーチ辺境伯が治める王国北東部の領地である。隣国との間にドーイナック山が聳え樹木に覆われた山中は魔物の発生率も多く、隣国との境界に位置することから屈強な兵士を多く抱え勇猛果敢な領として知られていた。



 ヘキーチ領の領主の館、城ともいえるような堅牢な塀に囲まれた広大な敷地の門前でオーウェンは馬を下りた。


 ここまで騎馬で三日。最低限の装備で駆け続けてきたオーウェンであった。


 門番に第二王子エリオットに書いてもらった書状を渡す。


 オーウェンの身分を保証するとともにこの地に滞在する許可、ドーイナック山に立ち入る許可を出して欲しいというものだった。


 門番が書状を検め屋敷に知らせようとした時に数頭の馬の足音が背後で聞こえた。

 オーウェンが振り向くと五名の兵士を従えたうら若き女性が門に近づいて来た。

 彼らは門前で馬を下りると門番に顔を向けた。


「お嬢様、おかえりなさいませ」


 お嬢様ということは彼女は辺境伯の娘なのだろう。豪奢なブロンドの髪を高い位置で一つにまとめ化粧っ気のない顔、服装も背後に控える兵士と同じような服装だ。多少胸当てや肩当てなどに豪奢な縁取りがしてあったりマントの留め金が可愛らしい花模様だったり赤い房飾りがついていたりするくらいである。

しかし彼女はそれでも十分愛らしい顔立ちをしていた。


 オーウェンが目礼すると彼女は「あなたは?」とオーウェンに訊ねる。

 オーウェンは門番の持つ書状に目を向けた。

 門番が書状を差し出すと彼女はそれを検めた後オーウェンに向き直った。


「オーウェン・ホールディス殿、私はアンドリュー・ヘキーチ辺境伯の娘ナタリー・ヘキーチと申します。それでどういった目的でここまでいらっしゃったのでしょうか?」


 オーウェンは困った。口を開くのはなるべく避けたかった。もちろん黙ったまんまというわけにはいかないことはわかっているがそれなら笑われるのはせめて辺境伯一人にしたかった。


「お初にお目にかかるにゃ。目的については辺境伯にお話ししたいにゃ」


 覚悟を決めて口を開くと一瞬この場にいる全ての人の目が点になった。


「ホールディス殿、ふざけていらっしゃるのか!」


「ふざけてなどにゃいにゃ」


 ナタリーはじっとオーウェンを睨む。オーウェンは黙って立ち続けた。

 やがて「ふうっ」と息を吐きナタリーはオーウェンに向かって言った。


「オーウェン殿、中に入られよ。父共々事情をお聞かせ願いたい」


 後ろに控えていた兵士の一人に辺境伯に知らせるよう言伝ると彼女はオーウェンを門の中に案内した。



 






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