歌う少女
儂らの村には掟がある。それは「夜遅くに独りで歌いながら村を通り過ぎる少女には絶対に近寄ってはいけない」というものだ。
世は関ヶ原の合戦から数年が経過。戦国は甲斐の武田、それを討った尾張の織田、それを討った明智、それを討った羽柴とコロコロと天下取りが入れ替わる。朝鮮に目が向いたと思いきや、三河の徳川が今は覇権を握っている。羽柴こと豊臣方がまた徳川を破る算段として全国から浪人を集めているやら、第三の勢力が江戸幕府を倒幕しようとしているやら、もっぱらの噂である。この乱世はまだ50年、100年と続くのか、いつ終わるとも知れない。
儂らの村は先祖が竹藪を切り開いてできた村だ。竹を産業として各種の工芸品や、筍を加工して隣村と取引をしていた。竹に関わって生活をしているのだが、その竹の習性は非常に趣深い。根は繋がっており、見えている竹藪は1つの生命体なのだ。土の下は根が絡んでおり深くは掘れないのだが、竹藪が人間の髪の毛のようなものだとすると、土深くに巨大な体にあたるものが存在するのかもしれない。
また生命力も凄まじく、竹藪で行き倒れの死体があったのだが、高さ3m程まで持ち上げられていた。つまり筍の上で死に、筍が生長し、服を引っ掻けて、痩せこけていたとは言え数十貫もある人間を押し上げたのだ。中の大部分が空洞の割には節が入っており頑丈。世が世なので、斜めにカットしただけの武器としての竹やりにも一定の需要があった。
そんな儂らの村に、ある時期から夜遅くにだけ歌を歌いながら通り過ぎていく独りの少女が現れる。その少女は村で留まることは無い。初めてその少女が現れ、通り過ぎ遠く声が聞こえなくなった後、村人の数十人が全員で集まり、
「あれはひどい。あの少女はきっとこれからも定期的にこの村に現れる。」
そしてその考えは正しく、7日に1度程の頻度で、深夜に歌いながら通り過ぎていく少女が現れ続けたのである。
遡ることおよそ2年前、儂らの村は食い詰めた豊臣方の野武士の襲撃を受けた。そして何もかも奪われた。命さえも。戦国の世の常なのかもしれないが、あまりにも理不尽な出来事であった。豊臣方は立て直しを図っていると聞くがどだい無理な話である。天下分け目の関ケ原は徳川方の圧勝であったのだ。徳川は更に安定を求め、南蛮船や朱印船で新型の兵器を仕入れているとの噂だ。だが戦う術をろくに持たない儂ら村人の命はそれ以下だ。
だが不思議な事が起きた。ほぼ同日に絶命させられた儂ら数十人の村人の命は竹藪のように魂が根っこでつながり、死して尚、やり取りが可能となったのだ。村に居座っている野武士どもに復讐を果たそうと相談をしていたのだが、その感覚に慣れる前に野武士どもは村から離れてどこぞへと行ってしまった。儂らはこの竹藪から出られないようで、やつらを追いかける事ができなかったのである。
剪定する者のいない村などはすぐに荒れてしまう。特に竹藪は。竹が村のそこかしこに浸食し、村の一部を上空へ持ち上げて行ってしまう。また通り過ぎる際に儂らの村の物を勝手に持っていく者もいる。先祖が切り開いて作った村はあっという間にただの竹藪に逆戻りしてしまった。
儂らの村の隣村と隣村をほぼ最短で繋ぐ竹藪の中の村が無くなってしまった。この2つの隣村の間はそれなりに距離があり、移動するには竹藪を突っ切るのだが、儂らとしてはもう他人にこの竹藪に入ってもらいたくはなかった。この竹が儂らの墓のようなものなので無思慮に踏み荒らされたくなかったのである。直接に通行人に危害を加えるようなことはしないが、それなりに怖い思いをしてもらうことで、
「竹藪の中では野武士に皆殺しにされた村人達の怨霊が出る」
という噂が立ち、別のルートを通ってもらえるようになった。
そんな中で、あの少女の存在だ。
少女は夜遅くまで竹藪を挟んだ隣村まで働きに出ている。竹藪を避けて家に帰ると物凄く距離が遠くなり、帰りも遅くなってしまう。か弱い足腰では最短距離である竹藪を突っ切るしか無いのだろう。しかし「村人の怨霊が出る」という噂が彼女の恐怖心を倍増させる。彼女は恐怖を紛らわせるために歌を歌っているのだろう。ここにいるとアピールしているようにも感じられ、儂らのように野盗に遭ってしまってはと冷や冷やさせられる。
儂ら村人はあまりにも可哀そうな彼女を思ってせめて「夜遅くに独りで歌いながら村を通り過ぎる少女には絶対に近寄ってはいけない」という掟を作ったのだ。




