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8. 遅すぎる自覚 





それから数日後。

アリアはいつも通り、市場の露店で商品を並べている。



ここ数日、アリアの頭の中はフィニスのことで一杯だった。

うっかり古本屋で恋愛小説を買い、夜通し読んでしまう程度には、悩んでいる。



「結局、よくわからないままだ…」



恋愛小説の主人公たちは皆、出会ってすぐ相手に惹かれたり、何か事件をきっかけに意識するようになっていた。

お話なのだから仕方ないけれど、参考にならない。もっと普通の人たちはどうしているのだろう。




ため息を吐きつつ開店準備をしていると、ふと、斜め前の雑貨屋に新聞記事が並んでいるのが目に入った。号外なのか、大量の新聞が溢れんばかりに置かれている。


その一面記事の写真が目に入り、アリアは思わず凝視した後すぐ、その新聞を買った。




一面に載っていたのは、キールだった。彼が王女と腕を組み、歩いている写真。

王女は嬉しそうにキールにしな垂れかかり、ドレスから零れ落ちそうなくらい大きな胸がキールの腕に食い込んでいる。キールは神妙な面持ちだが、彼らの前に身分の高そうな男性が立っているので、何か真面目な場なのかもしれない。



アリアはその新聞を買い、ゆっくりと目を通した。


記事曰く、その写真は貴族が開いた英雄の慰労会というパーティーで撮られたものらしかった。キールが一緒にいる女性はやはり結婚相手と噂される第三王女で、キールを囲んでいるのはどうやら偉い王侯貴族のようだ。

記事はキールが公式の場で王女と仲睦まじい姿を見せたことで、やはり結婚は間近なのだと主張している。



アリアはじっとその写真を見つめた。

ドキドキと、心臓が大きな音を立てている。次第に呼吸まで苦しくなってきた。


(…なんで?)


キールが王女と結婚するらしいことくらい、ずっと前から噂されてきたことだ。

キール本人の口からは聞いたことがないけれど、相手が王族なのだから、例えアリア相手にも軽々しく口にできないことなのだろうと思ってきた。それに彼は一度も公式の場でこの件についてコメントをしていない。それは肯定のようなものだと、世間は考えている。



だからアリアもずっと、いつかキールは王女と結婚するのだと、そう信じてきた。

なのに、どうして今、こんなに動揺しているのだろう。



キールの隣に立つ、美しい女性。

さすが、お姫様だ。白黒写真でも分かるほど美しい顔立ちに、女性らしい体つき。

幸せそうにキールに寄り添う姿は、まさに仲睦まじい恋人だ。


(…なんで)


国の慶事が書かれている記事を、写真を見て、しかし今アリアの心を占めている感情は、ひどく醜いものだった。



(…なんで、こんなに、嫌なの)



アリアは動揺した。ずっと分かっていたことなのに、アリアはこの二人の姿を見るのがつらい。



今までいくら新聞に書かれようが、キールと王女の仲睦まじい姿を映した写真は、一度も見たことがなかった。文字で書かれた内容を見て、ああ、キールには結婚話が出ているのだと、思ってきた。理解してきた。だが、実際に二人の姿を目にするのは初めてだ。



そしてそれを今この目ではっきりと見て、アリアは今更、拒否反応を示している。



世間でどう言われようと、どう扱われようと、アリアの前に立つキールはずっと変わらずキールだった。子供のころから一緒にいる、血は繋がらないけど家族のように大切なキール。並外れた才能があって、英雄になったけれど、アリアの前ではキールはずっとキールのまま。


それが今、本当に遠くへ行ってしまうのだと、アリアは実感を伴って、理解した。




滑稽だ。

いつまでもアリアのことを妹として扱い、心配し続けるキールに、いい加減お互い自立すべきだなんて言い放ったのは自分なのに。

それから2か月以上会えず、お互いのためにはこれでいいのだなんて余裕ぶっていたのは、自分なのに。



きっと心のどこかでアリアは、またアリアの良く知るキールと、変わらない距離感で会えると思っていたのだ。キールがアリアから離れていったことは、今までの人生で一度もなかったから。


なんて傲慢で浅はかで馬鹿なのだろう。



今、キールが恋人と立つ姿を初めて見て、アリアは押し寄せる感情を理解した。



キールに結婚してほしくない、と。



結婚なんてしてほしくない。結婚してしまったら、もう、キールのそばにアリアの居場所はなくなる。ただでさえ遠くに行ってしまったキールと自分をつなぐのは、家族のように育った幼馴染だということだけ。でも、血のつながらない女の自分は、キールに大切な女性ができてしまったら、もう側にいることができない。


そして、もっと醜いことに、アリアは無意識に、キールの一番大事な女性が自分であることに、幸せを感じていた。どんな旅をしても、どんなに遠くに行っても、キールは必ず自分のところへ帰ってきてくれる。

アリアは、キールに、大切にされている。



それが失われるのが、アリアは酷く悲しかった。なんて自分勝手で醜いんだろう。



(…私って、本当に、どうしようもなく…馬鹿だ)



自分にこんな醜い感情があるなんて、正直なところ自覚したくなかった。

自分がこんな自分勝手で情けない人間だということも、分かりたくなかった。


そして多分、アリアは理解した。

恋愛小説を読んでも分からなかった、人間の不思議な感情。



恐らくこれが、恋情というものなのだろう。





アリアはずっとキールが好きだったのだ。家族としてだけではない。特別な、異性として、キールが大切だった。



それをひたすらに家族愛だと勘違いし続け、立派になった彼に勝手に劣等感を感じ、賢いふりをして、生きる世界が違うなんて言って、距離を置こうとした。

そしていざ、彼が離れて初めて、自分の気持ちを自覚している。



こんな馬鹿なことがあるだろうか。



アリアは自分が情けなさすぎて、喉からは乾いた笑いしか出てこなかった。








「フィニスさん」

「あ、アリアさん。ありがとう、声をかけてくれて」

「いえ。…あの、この前のお返事をしたくて」

「えっ、も、もう!?…そ、そっか。じゃあどこかお店にでも…」

「いえ…あの、ここで言わせてください。…ごめんなさい」


数日後、早番だという仕事帰りのフィニスに時間を作ってもらい、アリアは彼に告白の返事をした。

フィニスの気持ちには応えられない。



もしかしたら、これから先、彼と結婚した方が良かったと後悔する日が来るかもしれない。

それくらい、フィニスは素敵な男性だし、アリアには勿体ないくらいだ。

それにいくら自分の気持ちに気付いても、キールと一緒になれる未来はもはやアリアにはない。キールのことはきっぱり諦めて、フィニスと一緒になった方が、きっとずっと楽だろう。


でも、アリアは自分がそんなに器用ではないことを自覚していた。

なにせ、長年のキールへの気持ちを今更になって自覚するくらいの恋愛オンチだ。

自分の気持ちを上手に扱えるとも思えなかったし、そもそもそんな失礼なこと、フィニスにはできない。


だからアリアはちゃんと、フィニスに返事をする必要があった。



「フィニスさんの気持ちは、本当に嬉しかったです。でも、私は、フィニスさんとお付き合いすることはできません」

「えっと…それは、これからも、ずっと?」

「…はい」

「…」

「…失礼なことを言っているのは、分かってます。でも、私は、これからもフィニスさんとはお友達でいたいです。それが難しいなら…もう、お会いできません」

「…それは、やっぱり、アリアさんはキール様が好きだから?」

「えっ?な、なんで」

「ただの幼馴染だって言ってたけど、キール様の話をしてるときのアリアさんは、少し雰囲気違うから。そうかなって、思ってたんだ」


フィニスの指摘に、アリアは分かりやすく動揺して目を泳がせた。

それを見たフィニスは苦笑する。


「アリアさんは分かりやすいな。顔が赤いよ」

「う…、そ、そういわれても…仕方がないじゃないですか。経験がなさすぎるんです」

「あはは」


アリアは必死に顔を仰ぐが、逆にどんどん顔が火照っていくばかりで、鏡がなくとも自分が真っ赤になっているのが想像できた。


「わかった。そういうことなら、俺は身を引くよ。キール様と幸せになってね」

「えっ?」

「え?」

「キールは王女様と結婚するんですよ。もしかしたらもう会うこともないかもしれないです」

「え…気持ちを伝えたりはしないの?」

「伝えたくても、連絡手段がないので…。それに、伝える気もないです。キールは血の繋がらない私に、もう十分よくしてくれました。王女様と結婚して、英雄として幸せになってほしいです」

「そんな…」


フィニスは悲しそうに眉を下げてアリアを見ている。やはりフィニスは優しい。彼の気持ちに応えられない女の心配をしてくれるだなんて、優しすぎる。


「良いんです。気付くのが遅すぎました。私はまずはこの町で、立派に生きていくことを目指します」

「…そんな健気なことを言われると、俺、諦めきれないんだけど」

「えっ!?」

「あはは、口が滑ったね。安心して。じゃあ俺のことはこれからも、友達として扱ってくれるかな?」

「は…はい!もちろんです!あの、本当に、すみませんでした」

「謝らないで。これからもよろしくね」

「はい!」


フィニスは朗らかに笑うと、手を差し出してくれる。

アリアはその手をしっかり握った。



いつも読んでいただきありがとうございます!ブクマや評価も有り難いです…! 

更新が遅くなって申し訳ないです。


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