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5. はじめての友達




翌日、アリアはまた街を散策していた。


余計に使えるお金は殆どないので、基本は街を見て回るだけだ。でもそれだけでも、アリアにとっては刺激的だった。

領主邸も見た。大きなお屋敷で、アリアの家が10個くらい簡単に入ってしまいそうで、驚いた。



「…キールのお屋敷もあんなに大きいのかな。掃除が大変そう」



キールは王都に屋敷を貰ったと言っていた。

屋敷は一人で管理できるようなものではないので、当然掃除などをしてくれる使用人も雇っているのだろう。

ますます、アリアとは生きる世界が違う。



「…えーん…う、うぇーーん…」


せっかく大きな街に来たのだからと、魔飾り作りに必要な布や糸も購入し、良い買い物ができたと足取り軽く宿への道を歩いていると、道端で泣いている子供を見つけた。周囲の大人は少し視線を向けるだけで近寄る様子はなく、親はいなそうだ。


アリアは少し迷ったが、子供に声をかけてみることにした。

近付くと子供は4,5歳位の男の子で、顔を真っ赤にして泣いている。


「君、どうしたの?」

「う、うえーーん…ひくっ」

「一人なの?お父さんかお母さんは?」

「ひっひぐっ、…いなく、なっちゃった」

「そっか。どこでいなくなったの?」

「む、向こうの、お店の、ところ」


男の子が指さしたのは賑わう商店街だった。人混みではぐれてしまったのだろうか。


「私と見に行こうか。歩ける?」

「う、ぐすっ、うん」


アリアは買い物を右手に抱えると、左手で男の子の手を握って歩き出した。




一緒に行こうと言ったものの、アリアだってここにきて2日目のお上りさんだ。

道に詳しいわけでもないので、仕方なくアリアは男の子の手を引きながら周囲に聞き込みをして回った。


「あの、迷子を探しているような大人を見ませんでしたか?この子なんですけど」

「いや?そういうのは見てないねえ」

「そうですか…」


ウロウロと聞いて回るが、有力な情報はない。

人混みを縫って歩き回っているので、疲れも溜まってきた。

男の子も疲れたのか、足取りが重い。



(これ以上連れまわすのは良くないよね)



こういう時、どこを頼ればいいのだろうか。田舎の村なら村長だけれど、ここの長は領主だ。いきなり領主に会えるはずもない。昨日行った駐屯所は兵士がいるところで、兵士の仕事は魔物の討伐や領境の警備などと聞いた。迷子の保護はしてくれるのだろうか。



「アリアさん?」



途方に暮れて足を止めていると、後ろから男性の声が聞こえた。

この町でアリアに声を掛けてくる人などいないはず。

驚いて振り返ると、そこには男性が立っていた。どこか、見たことがある気がする顔だ。


「えっと…」

「あ、制服じゃないから、分からないかな。昨日駐屯所で会った、ローリア兵のものです」

「あっ!」


そうだ、魔飾りをたくさん買ってくれようとしていた人だ。

アリアは勢いよく頭を下げた。


「すみません!すぐに分からなくて」

「いえ、仕方ないですよ。少しだけしか話せていなかったし」


男性は朗らかに笑うと、胸に手を当てて言った。


「改めて、ローリア所属兵第一隊隊員、フィニス・アドナスです」

「ありがとうございます。アリアです。平民ですので、姓はありません。…卿は、貴族様だったのですね」

「一応姓を持つ程度の末端ですよ。気にせず名で呼んでください」

「ありがとうございます。では、フィニス様」



この国で、姓を持つのは貴族だけだ。姓が爵位を表す。キールも爵位を賜ると同時に姓を貰っていた。確か、シェラン、みたいな姓だったはず。



「ところでこの子はどうしたんですか?お知り合いですか」

「あ、いえ、実は迷子のようで…親が見つからなくて、どうしようかと。この町で迷子はどこで保護してもらえますか?」

「ああ、それなら警備隊ですね。こちらです、案内します」

「すみません、ご迷惑を…」

「いえいえ!非番で暇だったので、平気ですよ」

「お休みのところすみません」



フィニスの案内で無事、男の子は警備隊に保護された。

すでに日が落ち始めている。無事に親と再会できると良いのだが。


「あの子が無事にご両親に会えると良いのですが…」

「そうですね。でも…正直、難しい気もしています」

「え?」


アリアが驚いてフィニスを見上げると、彼は決まりの悪そうな顔をした。


「アリアさんがあの子を保護したのは数時間前だって、言ってましたよね?」

「はい。そのあと商店街とかで聞き込みを…」

「もし親も彼を探し回っていたのなら、聞き込みの時点で会える可能性もあったはずだし、警備に迷子探しを申し出ていてもおかしくはないです。でも先ほど聞いたところだと、そういう届け出は出ていないようでした」

「あ…」

「…悲しいことなんですが、時々あります。ローリアはこの辺りでは大きな町なので、孤児院もいくつかあるんです。そういうところで保護してもらえるだろうと期待するのか、町ではぐれたっきりになる親が、時々」

「そんな…」


言われてみればそうだ。いくら大きな町とはいえ、数時間探し回って手がかりもなく、警備に届け出もないとなると、親の方に探している気持ちが無いと思った方が自然だ。


アリアが目を伏せると、フィニスが慌てたように手を振った。


「あ、でも、決まったわけではないですし!何か事情があっただけかもしれないです」

「そ、そうですよね」

「それにもし万が一、彼が孤児院に行くことになったとしても、この町なら他の町に比べて希望があります」

「希望?」

「ローリアは町の大きさの割に、貴族の力が弱いんですよ」

「力が弱い…ですか?」

「元々ここは漁師町が発展してできた町で、地元の漁師の力が強いんです。今でこそ漁だけでなくあらゆる商売の物流拠点として賑わってますけど、本質は漁師町。今の領主が後から来て、地元漁師と交渉して共存しているくらいです。だから、商会も平民によって運営されていたりします。孤児に対するハードルも低くて、まともな職に就ける可能性も高いんですよ」

「あの…フィニス様」

「はい?」

「お恥ずかしいのですが、よくわかっていなくて…普通、商会は貴族によって運営されているのですか?平民が大きな町で店を持ったりするのって、とても難しいことなんでしょうか」


アリアの故郷の村や祖母の村には、そもそも貴族などいない。村民全員が平民で、皆漁師だったり農家だったり村人向けの商店をやっていたりしていた。

時には大きな町へ漁や農業の成果物を売りに行ったりもしたが、売っていた先も平民が営む店だったり、アリアにとってのユージンのような卸売業者だったりした。もちろんユージンも平民だ。




アリアにとって貴族というものは、国政に関わる人たちだ。

彼らは王宮で政治をしたり、大きな領土を持って領地を経営したりする。だから、貿易などの規模の大きなものや投資に関わっているならば分かるが、小売りのような商売に関わるというイメージはない。商売はあくまで平民によって回され、国の経営は貴族がする、と思っていた。


あと特殊なものは騎士で、これもほとんどが貴族によって成り立つと聞く。騎士は王族や国境を守るからだ。

各領地にいる兵士や警備は地域密着なので、平民や地方貴族の次男などが多く、こちらの方がアリアにとっては馴染みがある。



こう考えると、いかにキールが特殊な存在かが分かる。

彼は元は兵士だったが、今は職業という点では何者でもない。どこかの所属の兵士ではとっくになくなり、平民出身にもかかわらず、彼に指示できるのは国王と王太子だけらしい。言ってみれば国王の懐刀のようなものだと聞いた。つまり職業=英雄だ。



とにかく、フィニスの言う貴族の力が弱い、の意味がいまいち掴めない。

アリアは無知を披露する恥ずかしさから顔を赤くしながらも、正直に言った。



「すみません、私、ものすごく田舎者で。正直貴族が商売に関わっているというイメージがあまりなくて…」

「ああ、すみません!いえ、貴族は絶対数が少ないので、普通に暮らしていると関わることはあまりないですよね」



フィニスがアリアの質問に呆れるような素振りを見せなかったので、アリアは少しほっとした。フォローしてくれているだけかもしれないが、内心どう思っていたとしても表に出そうとしない彼の人の好さがうかがえる。



「小さい町や村だとあまり関わりがないかもしれないですが、ここのようにそれなりの規模の町だと、大きな商会がいくつかあって、それは大抵貴族によって運営されています。他領との物流整備など、政治に関わる面も多くあるからです。そしてその傘下の商店は平民が経営しますが、商会のお眼鏡にかなった者でないといけません。いきなり現れた身元のはっきりしない者は大抵はねられますね。犯罪防止の点もあるので仕方ないのですが、商会を運営する貴族に縁のあるものや彼らに伝手のある者が多いのが実態です」

「つまり大きな町だと、貴族にある程度の伝手がないとお店を持つのも大変なのですね」

「はい。ですがそれだけだと当然、職にあぶれる人が増えますよね。商会に所属できない人も、別の審査が通れば店を持つことはできます。ただこの場合、商会に所属していますよ、という看板を出せないので、信用度が下がり、高値のものは大抵売れません。立地のいい場所も貰えなかったり、犯罪や災害などで店に損害が出た時に守ってくれる組織もありません。あとは、この町にもありますが、市場で露店を出す方法ですね。言い方は悪いですが…誤解を恐れずに言うと、商会所属の店は中流から上流層を相手に商売ができ、そうでない店はそれ以外を…となります」

「なるほど…」

「その点、この町だとそもそも商会の運営が貴族ではなく、長年この町に住む古参の家が行っています。孤児院の運営も、彼らがやっているものもあるくらいです。だから貴族に伝手がなくても商会に所属して店を持てますし、孤児の雇い入れに抵抗がない店も多い。もちろん条件はありますけどね」

「そういうことだったんですね…。あの、説明していただいてありがとうございます。勉強になりました」

「いえいえ。お役に立てたなら良かったです」



そういえばユージンの店の看板に商会のことが書かれていた気がする。

彼はこの町の商会に所属して、卸問屋をやっているのかもしれない。

今度会ったら聞いてみよう。




うっかり立ち話をしていて、すでに辺りが薄暗くなってきていることにアリアははっと気付いた。フィニスに手間を掛けさせた上に時間まで奪ってしまった。

アリアは慌てて頭を下げる。


「あの、フィニス様、本当にありがとうございました」

「気にしないでください。アリアさんはこのあと、どちらへ?」

「そうですね…暗くなってきたので宿に戻ります」

「あ、そうか。アリアさんは宿に泊まってるんでしたね。では送ります」

「いえいえ!大丈夫ですよ!」

「夜の女性の一人歩きはあまり良くないですよ」

「でも、あの、宿に戻る前に夕食も買っていくつもりですし、人通りもまだ多いですし」

「あ、…では、あの、もし良かったら」

「はい?」

「夕食、一緒にどうですか?気軽に利用できるうまい店があるんです」

「夕食、ですか?」

「はい」


アリアは一瞬考えた。

実は一人で飲食店に入る勇気がまだなくて、今晩のご飯も何か屋台で買うつもりだった。

でも、気になる。出来ればお店で食べてみたいという気持ちがある。だって村では飲食店なんてなかったので。



でも、ほぼ初対面の人といきなり食事に行くのはどうなのだろう。さすがに警戒心がなさすぎだろうか?

いやでも、彼はちゃんとした兵士だし、先ほど警備隊に顔を出したときも知り合いがいたようで何人かと話をしていた。怪しい人物ではない。今だって、アリアの質問に真面目に答えてくれたではないか。



少しだけ黙ったアリアを見て、フィニスは慌てたように喋りだした。


「あ、いや、もちろん嫌なら全然断ってもらって大丈夫ですよ!ただあのちょっと、もっと話ができたらなと思っただけなので!あはは」

「話…、あの、はい、お話ししたいです」

「えっ」

「ご迷惑でなければ、ですけど…」

「いやいや俺から誘ってるんですから、迷惑だなんて!で、では行きましょう。こちらです」

「はい!」


フィニスから聞ける話は、アリアにとって非常に勉強になることばかりだ。

商売のこと、貴族のこと、町のこと。アリアには知らないことが多すぎる。

彼との食事でそういうことが少しでも聞けたらいいなと思った。




フィニスは人通りの多い道を通って、これまた賑わっているお店へと案内してくれた。

席があるかと心配になったが、外のテラス席が空いていて、二人はそこへ収まる。


「すみません、急だったので予約とかしてなくて。外で平気でしたか?」

「全然です!今日は暖かいですし、外も風が気持ちいいです」

「そうですか。なら、良かったです」


アリアにとってまともな外食など初めてなので、メニュー選びはフィニスにお願いした。

幸いなことに金額はそこまで高くはなかった。それでもアリアにとっては痛い出費だが、勉強代としては仕方ない。



「お酒、大丈夫でしたか?」

「はい、大丈夫です」

「良かった」


まず運ばれてきたのは綺麗なピンク色をしたお酒だった。フィニス曰く、この地方で採れるブドウのお酒らしい。口に含むと甘さと酸味のバランスがちょうどよく、つい進んでしまう味だ。


「アリアさんは魔飾りを作って長いんですか?」

「そうですね、親の手伝いも含めると、10年以上になります」

「その若さで10年ですか!すごいキャリアですね。…あの、差し支えなければ…アリアさんおいくつなのですか?」

「18です。フィニス様の方が年上、ですよね?」

「そうです。俺は今年で23なので。兵士になって5年ですが、まだまだ下っ端ですよ」


フィニスは色々な話をしてくれた。

兵士の仕事がどんなものか、普段どんな暮らしをしているのか。彼は独身で、出身は近くの男爵領。三男坊なので家を継ぐ必要はなく、この町で兵士を志願したらしい。


「さっきも言いましたけど、この町の住民の力強さみたいなものが好きで。住むならここが良いって思ったんですよね」

「私はまだここにきて2日ですが、良い町だと思います。活気があって」

「ですよね!アリアさんはここへ見学に来たと言ってましたけど、この町で暮らしたいのですか?」

「えっ…いえ、そこまではまだ。ただ、私はずっと田舎に引っ込んで暮らしていたので、外の世界を見に来たというか…」

「そうですか。立派な心がけですね」

「えっ?全然、田舎娘のただの思い付きです」

「そんなことないですよ。慣れ親しんだ環境を出てみようって思えるの、結構勇気がいることですから」

「そう、ですかね…」

「そうです。アリアさん、この町は平民でも俺みたいな下級貴族でも過ごしやすい町です。商売のチャンスも多い。アリアさんがこちらで暮らしたいって思っているなら、俺、応援しますよ!」

「あ、ありがとう、ございます」


正直まだそこまでのことは考えていなかった。

でも、彼の言う通り、この町で商売を、もっといえば昨日見た縫い物屋のように、店舗を構えられたら素敵だ。ユージンに卸して売ってもらうのもいいが、店舗を構えればもっと色々な人に手に取ってもらえるかもしれないし、現実的なことを言うとユージンへ払っている手数料もなくなる。彼にはお世話になっているし、それが嫌で店を出したいと思っているわけではないけれど。


最初は露店で売って、お金がたまったら店を持つ。そういうことが、アリアにもできるだろうか。流石に夢を見過ぎだろうか。



「家賃とか、もっと現実的なところを考えてみないとですよね…」

「それなら!俺、また案内しますよ。アリアさんが騙されないように、知っていることはお教えします」

「そんな…!そこまでしていただくのは、申し訳ないです!」

「俺がしたいんです。その、アリアさんがここに住んでくれたら、いい友人になれるなと」

「友達に…」



アリアに同世代の友人はいない。

子供のころはいたけれど、引っ越してからは音沙汰もない。

友人。なんて甘美な響きだろう。


「ちょっと、考えてみます…とりあえず今回は、明日には帰らないといけないので」

「そ、そうですよね。俺、興奮しすぎました。すみません」

「いえ!そんなことないです。嬉しかったです。その、お友達にも、なれたら嬉しいです」

「アリアさん…」



フィニスはどこか照れたように笑い、それを見たアリアも気恥ずかしくなってしまう。

自分が誰かと、こうして飲食店でご飯を食べて談笑できる日が来るなんて。

アリアはお酒のせいもあってか、フワフワした気持ちではにかんだ。




その後二人は店を出た。

なんと夕食代はフィニスが払ってくれた。何度も自分で払うと主張したが、フィニスは譲らず、最後には「カッコつけたいんです。こういうときは受け取っといてください」と苦笑されてしまった。変に意固地になって彼に恥をかかせてしまった。申し訳ない。



宿まで送ってくれるというフィニスの厚意を今度こそ有り難く受け取り、アリアは泊まっている宿の前で改めてフィニスに頭を下げた。


「今日は本当に、ありがとうございました!勉強になりましたし、とても楽しかったです」

「こちらこそ、ありがとうございました」


フィニスは穏やかで、出会ったばかりだというのに話も弾んだ。

彼と本当に友人になれたら、きっと素敵だろう。



「あの、アリアさん」

「はい」

「これ、俺の宿舎の住所です。またこちらに来ることがあったら、手紙をもらえたら嬉しいです」




一応魔道具で短いメッセージや声を送り合うことができるものはあるけれど、そんな高価なものは庶民には全く浸透していない。一番気軽な連絡方法は手紙だ。

アリアはフィニスからもらったメモを大事にしまった。


「ありがとうございます。きっとまた連絡します」


にっこりと笑顔を浮かべると、フィニスも照れくさそうに笑ってくれる。

ほわほわとした気持ちでいると、ふと、横から声がした。



「…アリア?」



いつも読んでいただきありがとうございます!

更新が遅れがちですみません。

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