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3. キールの誤算



「…どうすればいいっていうんだ…」

「うわ。キールが闇モードに入った。シャイナ、光魔法!」

「いやよ。魔力の無駄遣いだわ」


一人頭を抱えたキールを見て、大剣使いのゼファがひやかし、魔法使いのシャイナが嫌そうに顔をしかめる。

二人とも戦闘時は非常に頼りになる仲間だが、キールに対する毒舌の使い手でもあり、特にゼファはキールの実はヘタレな内面をからかうことに生きがいを感じている節がある。


「はは。皆、冷たいな。なあ、キール。今更だが、何をそんなに悩んでいるんだ?」

「は?」


弓使いであり回復魔法も使えるダンは、キールたちのサポート役である。

優しいお兄さんを具現化したような性格の彼は、こうなるとキールにとっての唯一の味方だ。


「いや、俺たちが聞いているのは、お前は故郷にいる家族同然の幼馴染に惚れていて、彼女と暮らすために手柄を立ててきたと。そういうことだよな?」

「あ、ああ」

「それが毎回フラれてるんだよなー」

「ゼファ、うるさい」

「それだよ。十分暮らせるようになったから、一緒に暮らそうと誘っているわけだよな?なんで断られるんだ?」

「それがわかったら苦労しない…」

「そうじゃなくて。お前が彼女のために立身出世を目指したこととか、彼女に心底惚れていることとか、言ってるんだよな?」

「そんなの、もちろん………」



ダンに言われて、キールは振り返った。

兵士になることを決めた時、キールはアリアに「もっとしっかり稼げるようになるため」と言ったはずだ。そこにアリアのため、などと恩着せがましいことは言っていない。きっかけとなったあの男たちのことをアリアには伝えていないから、言えるはずもないのだ。



兵士になってからは、離れて暮らしていたから会話は減っている。ただ、ある程度出世をしてからは、一緒に暮らそうと何度も提案した。そのたびに断られているわけだが、キールはアリアと一緒に暮らしたいと、ちゃんと言っている。



「…アリアのために出世を目指したとは言っていない。だって、恩着せがましいじゃないか。でも、一緒に暮らしたいとは何度も言っている」

「だから、何で一緒に暮らしたいんだ?」

「それは、アリアが好きだからで…」

「彼女にそれは伝わってるのか?」

「それは、……」


(言ったか?俺はアリアに、愛してると…言った、か?)



キールは背中に冷たい汗が流れていくのを感じた。




言っていない。一度も、アリアに愛の告白めいたことをしていない。



キールにとってアリアはずっと愛しい存在で、それ以外の女性など考えたこともなかった。

一緒に暮らしたいのも、当然、女性として愛しているからだ。

だが、アリアはどうか?

彼女がキールに抱く思いは、異性ではなく家族としてなのではないか?



それならば、納得がいく。

家族として見ているからこそ、キールが一緒にベッドで眠っても抵抗を示さないのかもしれない。アリアは戸惑ってはいたが、顔を赤らめたり恥じらうような様子はなかった。それはつまり、キールを異性として認識していないのではないか?



一緒に暮らすことに難色を示していたのも、いつまでも妹離れできない兄だ、くらいに思っていたのかもしれない。



キールは色々なことに整合性がつく気がして、青ざめていった。



「…呆れた。言ってないの?彼女に、好きだって。一度も?これまでの何年も、ずっと?」

「シャイナ、追い打ち掛けるのもそこまでにしてやれ」

「いやでもさ、これ、フォローのしようがなくない?こんだけ手をまわしておいて本人に言ってないって…ド阿呆じゃない?」

「ゼファ」

「………」



シャイナとゼファに好き放題言われても、キールには言い返せなかった。

本当に阿呆だ。これだけ手を尽くしておいて、本人に伝えていないなんて、阿呆すぎる。


「ま、そうと分かれば、話は早いな。キール、お前はまずアリアさんに気持ちを伝えるんだ。そうすればきっと、状況は変わるさ」

「そう…そうだな」


ダンに励まされて、キールは気を取り直す。

次に彼女に会ったら、まず言わなければ。愛していると、伝えなければ。

だがそう考えて、キールは唐突に不安になった。


「…家族としてしか見ていないと言われたら、どうしたら…」

「今度はそっち?いい加減にしてよね」

「情けないな。これが国の英雄様なわけ?」

「英雄なんて自称したことはない。他称だ」

「うるさいな、そういう話じゃないんだよ」

「はは。まあ、言ってみなければ分からないだろ。さ、もう寝よう」

「あ、ダン、面倒くさくなったでしょ」

「ははは」


ダンが料理の片づけを始め、夕食はお開きとなった。

キールも片づけをしながら悶々と考える。



(アリアに、告白する…愛していると…当たり前すぎて考えていなかった…どう言えばいいんだ?景色の良いところにでも連れ出すのか?あの田舎にそんなところあるか?いや自然だけは豊かだから、例えばあの丘の上の…)



ぶつぶつと呪文のように唱えていると、急に顔に何かを叩けつけられた。


「ぶっ!」

「うるさいしキモイわ。ぶつぶつ言わないで」

「シャイナ…お前本当に俺に冷たいな…」

「貴方が私をイラつかせる天才なのよ。ぶつぶつ言ってないで、これ見て気を引き締めなさい」

「…?」


シャイナがキールの顔に叩きつけたのは、新聞記事だった。

国営の新聞社のものではなく、事件から貴族のゴシップまで面白おかしく書き立てる民間のものだ。ただ、こちらの方がよほど市民に浸透しており、アリアの住む田舎でも時折見かける全国紙である。


その記事を見て、キールは呼吸が止まった。


『英雄キール、王女の心を射止める!婚約発表も間近か?』



「…は?」

「貴方少し前、陛下から第3王女殿下との結婚打診されてたわよね?」

「なんだよこれ。そんなのとっくに断ってる」

「知ってる。大方、貴方をこの国に留めておくために王族の仲間入りさせてしまおうとか、そういう考えの者がリークしたんでしょうね。それか案外、王女殿下の方が乗り気で、外堀埋めに来たとか」

「ふざけんなっ!何が『間近か?』だ!一生ねえよっ!」

「この記事、貴方のお姫様が読んでいる可能性ないの?」

「え」

「私も任務続きで人里離れてたから最近見たんだけどね。これ、刊行が2週間前よ」

「…は?」

「それに似たような記事も、以前から結構出回ってたみたい。英雄は王女と結婚するって、市民の間じゃ有名な噂らしいわ」

「嘘だろ…」

「本当」



この国の識字率は高い。

先王肝いりの政策で、最低限の読み書きや計算を教える幼児教育の場が無料で解放されているからだ。よほどのド田舎か、キールのような出自でなければ、教育は受けている。



アリアは両親が熱心だったので、もちろん文字の読み書きはできるし、難しい計算も出来る。そこまで多くはないが、父が時折本も買っていたので、アリアは田舎出身の割に博学な方と言えた。新聞を読む習慣も、もちろんある。



ちなみにキールはアリアの両親に拾われるまで、文字の読み書きはできなかった。アリアが小さいころ使っていた教材や本を使って、教えてもらったのだ。



とにかく、こんな記事が出回っているのであれば、アリアも目にしている可能性は高い。

先日会ったときは何も言っていなかったが、それはただのゴシップだと気にしていなかったのか、それとも本当だと信じてキールからの報告を待っていたのか。



いずれにせよ嫌な予感しかしない。



「帰る。今すぐ、アリアのところに帰る」

「阿呆。こんな夜に動く馬鹿がいる?」

「阿保で馬鹿でいい!」

「うるさい。っていうかまだ仕事、残ってるからね。隣の農村近くの魔物退治」

「そんなことしてる場合じゃない!」

「仕事を放棄するな!」






結局キールがアリアの元へ帰れたのは、それから半月以上が経った頃だった。

キールは国中を飛び回っているので、仕事自体をさっさとこなしても、そもそも国の端にあるアリアの村へ行くだけで相当な日数がかかってしまうのだ。




はやる気持ちを抑え、いつも通り静かな田舎の村を突っ切っていく。

一番奥にある簡素な家が、アリアの住む家だ。



「アリア」


扉をノックして、彼女の名前を呼ぶ。

返事はない。


「アリア?」


今は昼過ぎだ。作業場の方にいるのかと家の隣にある小屋の扉を同じようにノックするが、返事がない。



ただ外出しているだけならいいが、少なくとも足の悪いアリアの祖母はいつも家にいた。

祖母もいないとなると、何かあったのだろうか。



キールは夜間に帰ったときのためにと貰っていた合鍵を使い、扉を開けた。




室内は静かだった。

小さな家だから、どこかに人がいればすぐに気配でわかる。

無人だと分かっていても、キールは念のため室内を見て回った。



案の定、誰もいない。そして綺麗に片付いている。

キッチンも、寝室も、少なくとも今朝まで使っていたような気配がない。

窓はしっかりと施錠してある。

いつもなら外に干してある洗濯物は、今日はなかった。




「…アリア?」





キールは家を飛び出した。

彼女だって大人だ。外出くらいするだろう。

でも、妙に片付いているあの家を見ていたら、胸騒ぎを抑えられなかった。



少し行くと、隣人の家がある。

キールが扉を叩くと、すぐに初老の男性が顔を出した。キールも何度か会ったことがある、顔見知りの男性だ。



「おや、キール君。どうしたんだい?」

「突然すみません。あの、アリアを知っていますか?家にいなくて」

「アリアさん?少し前…一昨日だったか…、大きな荷物を持って出ていくのを見たよ。いつもの納品じゃないかい?」

「納品…でも、いつもは日帰りですよね」

「そうだね。家にいないのかい?」

「はい。あの、ばあちゃんは?」

「あれ。キール君…知らないのか」

「え?」



男性は悲しそうに眉を下げると言った。



「亡くなったよ。ひと月前に」




いつも読んでいただきありがとうございます!

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