13. これまでとこれから
これで本編は完結になります。
今回は短いお話でしたが、お付き合いを頂きありがとうございました。
「う、うぅ…」
「アリア、大丈夫か?」
「大丈夫…大丈夫…」
キールと想いを通わせて、これまでのことや今後のことをちゃんと話して。
アリアは今、キールと共に船の上にいる。
キールが英雄をやめると言うと、案の定国は大騒ぎになった。
キールは散々色々な言葉で国王から罵られ脅されたらしいが、そんなことを気にする彼ではない。
様々な引き止め策もものともせず、キールはあっさりと爵位もお屋敷も捨て、少ない荷物を抱えてアリアの家に帰ってきた。
一見着の身着のまま逃げてきたように見えるが、そんなことは全く無く。
目立つ家財や衣服など嵩張るものはしっかり現金その他の財産に変えていて、キールは先数年はのんびり暮らせるだけの蓄えを持っていた。
お仲間たちも元々身分や能力がすごい人らしく、それぞれ上手くやっているそうだ。
それでも、この国ではキールは有名だし、新しい人生を始めるのには不都合が多い。
だからアリアとキールは、国を出ることにした。
アリアが今、港町に住んでいることも都合が良かった。ローリアからなら、隣国行きの定期船が出ている。
国の手が回らないうちにさっさと乗船手続きをしていたキールは、無駄のない動きであっという間に国を出る手筈を整えた。
こういうところを見ていると、キールはやはりすごい。自信も度胸も頭の回転も、飛び抜けている。
そんなキールの隣にいることを、以前のアリアなら不安に思っていたかもしれない。
確かに今でも、アリアはキールを自分なんかよりもずっとすごい人だと思っているけれど、でも、以前とは少し違う。
想いを伝え合ってから、アリアはキールを、キールはアリアを必要としていることを、お互いに理解できるまで、ちゃんと話し合ってきた。
だから今はどうして自分が、なんて思わない。そんな事を考えたら、キールの想いを無下にしていることになる。
それに、今はアリアにだって、目標がある。
「まさかアリアが船酔いする体質だったとはな…水、飲めるか?」
「ありがとう…。馬車や荷台の揺れも平気だから、油断してたよ」
「無理しないで。急ぐ旅じゃないんだ、港ごとに降りてもいいし」
「うん…でも、頑張ってみる。この道を選んだのは私なんだから」
少しでも酔いがマシになればと甲板で風に当たりながら、アリアは拳を握る。
他国に出るのには、陸路を行くという手もある。
それをせず海を選んだのは、アリアがローリアに住んでいたということと、もう一つ。
アリアが母の故郷を見たいと言ったからだった。
母の故郷である、海の民が住む島は、隣国とこの国の国境にある小さな島らしい。
らしい、というのは、国の公式な地図には載っておらず、口伝で伝わる情報のみが頼りだからだ。キールが国王に啖呵を切る前、王立図書館でこっそり調べてくれたのだ。
恐らくもう、滅んでいる可能性が高い。アリアも住みたいとか考えているわけではない。ただ、どうしても自分のルーツを見てみたいと考えたのだ。
それにもし、母の親族に会えたら、という思いもある。
「正直誰かに会えるとか、何かを見れるとか、あんまり期待してないんだけど。でも、何もないならそれで、もう何もないんだってことをこの目で見たい。もしかしたらなにか残っているかもって考えてたら、ずっと気になっちゃうし…」
「ああ、そうだよな。ちゃんと確認しよう」
「ありがとう、キール。…うっ」
「でもほんと、無理はダメだ。酔い止めに効く薬草、追加するか?」
「そうだね…そうする」
この話をキールにしたとき、彼は二つ返事で了承してくれた。
陸路か海路かは、今後二人がどこに住むかにも影響する重要なことだ。それをあっさり、もしかしたら無駄かもしれないアリアの郷愁で決めることに、アリアの方が驚いた。
不思議に思い問い返すと、キールは少し考えて、昔の話をしてくれた。
「俺は孤児だって言ったけど、一応、自分の出自だけは分かってるんだ」
「えっ?」
「俺が物心ついたときはすでに貧民街で孤児として生きてたけど、唯一、多分捨てられたときから身につけてたらしいペンダントがあってさ」
「ペンダント?」
「そう。それがその貧民街から比較的近いところにある、ものすごい小さい集落みたいなところのものだったんだ。なんか独自の信仰があったらしくて、集落の人間が生まれたときから身につける、お守りみたいなものらしい。布と石で出来てて、全然金目のものでも何でもないから、盗られずに残ってたんだな」
「そうだったの…」
「ただその集落は、元々貧しかった上に飢饉と土砂災害にあって、もう残ってなかった。俺がどの時点でどうやって孤児になったのかは分からないけど、でも、俺は多分その集落で生まれたんだろうって思えてからは、だいぶ気持ちがマシになった。多分血の繋がりのあるやつは生きてないだろうって諦めもついた。自分がどこの誰かもわからないってのは、結構足元を不安にさせるんだ」
「そっか…そう、だよね。その、ペンダントはどうしたの?」
「アリアに会う前、川に流されたときになくしたんだ」
「あの時に?!でも確かに、あの時の川は増水してて流れも早かったもんね…」
「命が助かっただけ有り難いから、もうそれについては全く気にしてない。むしろ忘れてたから、アリアにもこの話してなかったくらいだ」
「そうなの?」
「ああ。話が逸れたけど、俺が言いたいのは、自分のルーツみたいなのは結構大事だってことだよ。それに納得してるかしてないかで、意外なところで気持ちが揺らがずに済む。俺の場合、自分の生まれにある程度諦めがついて、その上でアリアがいてくれてるから、気持ちがだいぶ楽になったんだ」
「キール…」
「だからアリアの母さんの出自が見れるなら、見といたほうが良い。年取ってあの時に確認しておけば、なんて思いたくないだろ?」
キールがアリアの気持ちを完璧に理解した上で後押ししてくれたお陰で、こうして二人は新たな生活の第一歩を船出で迎えたのだ。
だから、酔ったくらいで泣き言は吐きたくない。
アリアは追加の酔い止めを飲むと、何度か深呼吸をして前を向いた。
どうやらだいぶマシになったようだ。
「キール、ありがとう。ちょっと良くなってきたよ」
「なら良かった。何か食べておくか?空腹も逆に良くないらしいし」
「うん、そうする」
少し体調が良くなったアリアは、キールの手を取って歩き出す。二人で泊まっている船の一室を目指しながら広い海を眺めて、アリアはふと呟いた。
「…キール。キールはこれから、何がしたい?」
「うん?」
「二人で隣の国に行ってどう生計を立てるかとかはたくさん話したけど、何ていうか、どんな人生にしたいか、みたいな?」
「俺はアリアと暮らせればそれで良いんだけどな」
「それは私もそうだけど。なんか目標みたいなさ」
キールと指を絡めて繋いだ手にキュッと力を入れると、キールも手を握り返してくれる。
「そうだな…うーん、欲を言えば、子供がほしい」
「えっ?!こ、子供?」
「うん。一人でも、二人でも。一番はアリアの身体だから、無理は絶対にしたくないけど」
キールは足を止めると、風に髪をなびかせながら海を眺めて、呟いた。
「家族がほしい」
アリアはキールの出会う前の人生を見たわけではないし、想像してもそれはきっとあくまで想像の域を出ない。
でも、キールが家族という言葉に特別な想いを乗せていることは、何となく分かった。
「…うん、賛成。すごく素敵」
アリアが言うと、キールは嬉しそうに笑ってアリアを抱き寄せた。
ブクマや評価もとても嬉しかったです!
良ければ別の作品でもご縁があれば嬉しいです。




