7.ライラの思惑
◇◇◇
「いいですか、絶対にこの結界の中から出ないでください。ここならたとえドラゴンが攻撃して来ても大丈夫ですから」
「ええ、分かっています」
ドラゴンが舞い降りた王都近くの森で、レオナルドがまず最初にしたのは、二人のために結界を張ることだった。貴重な結界石を使って張った結界は、ドラゴンのブレスさえはじき返すことができる。けれども、結界の内側からは攻撃もできないのが難点だった。そのため、討伐の際は主に治癒術士を守るために使われている。
「万が一この結界が役立たずでも、私は自分専用の結界石を持っていますからご心配なく」
ライラが自身の首から下げた結界石をこれ見よがしに見せつけてくるが、レオナルドは鼻で笑った。
「誰もあなたのことは心配していません。我々が全滅してもあなただけはしぶとく生き残りそうですからね」
「あら、他国の王族に対してあまりに失礼ではありませんこと?」
バチバチと火花を散らす二人をみて、シンシアはちくりと胸が痛んだ。
(お姉様、もうあんなにレオナルド様と打ち解けて……レオナルド様は私にはどこかよそよそしいのに)
シンシアから見ると、二人はすっかり気の置けない仲に見えた。
(いえ、レオナルド様の婚約者は私なんだもの。しっかりしないと)
「お、お姉様のことは私がお守りしますわ!レオナルド様もお怪我なさいませんように!」
「あ、ああ。それでは行ってくる」
シンシアの勢いに飲まれて渋々その場を去るレオナルドだったが、やはり魔物の巣窟になど連れてくるのではなかったと激しい後悔の念に駆られていた。王都に張られた結界をぎりぎりで避ける様に飛翔したドラゴンは、ゆったりと魔物の森に降り立った。まるでこちらを挑発するかのように。
(くそっ、厄介なのはあの聖女だけで十分だと言うのに)
二人の傍を離れるのが心配でたまらない。何もなければいいのだが。
◇◇◇
「私は少し森を探索してくるわね」
そういうとライラはすっと結界を抜け出してしまう。
「お、お姉様!?レオナルド殿下が結界から出てはいけないとおっしゃっていたではありませんか!」
「あら?それはシンシアだけでしょう?私には『何があっても一人だけ生き残りそうだ』と仰ってたわよ」
「そ、それはきっと本心では……」
「安心して。念のため予備の結界石も持っているから。ほら、あなたにもひとつ上げるわ」
シンシアはライラが差し出した結界石を受け取る。上質な結界石は、満たされた魔力できらめいていた。これは、ナリア王族が持つ特別なギフトを魔石に込めたものだ。
大聖女と名高い初代ナリア女王が持っていた、『あらゆる魔物から身を護る結界のギフト』。女王はその力を込めた魔石を、無償で周辺各国に提供した。数百年経ってもなお失わないその力。そのため、ナリア王国に対し各国は返しきれないほどの恩と畏敬を感じているのだ。
レオナルドが結界を張るのに使った結界石も、もとはナリア王国から手に入れたもの。魔物の討伐には欠かせないアイテムだが、数に限りがあるため新しく入手するのは難しい。元々ナリア王国に縁談を持ち掛けたのも、縁をつなぎ、新たな結界石を譲り受けたかったからに他ならない。貴重な結界石をこうして惜しげもなくその身に着けられるのは、まさにナリア王族の特権とも言えるものだった。
(私の治癒能力とこの結界の力があれば、怖いものなんてないわ)
迷いなく歩き出した姉を、シンシアは慌てて追いかける。シンシアまでこの場を離れるのはまずい気もしたが、姉を一人で行かせるのも心配だ。
「すぐに連れ戻しますから!結界の中で待っていてください!」
「いけません。私たちもお供いたします!」
慌てて追いかけてこようとする治癒術士たちを止める。
「姉は優れた治癒能力の持ち主ですし、結界石も持っています。大丈夫ですから!」
確かに、治癒術においてナリア王国の大聖女にかなうものなどいない。
「と、とりあえず殿下に連絡を」
「あ、ああ」
◇◇◇
「くそ、どうなってるんだ!」
そのころレオナルドは大量の魔物たちの群れと応戦していた。突然のドラゴンの来訪に怯えた魔物たちが一斉に森から押し寄せてきたのだ。このままではスタンピードが起きかねない。
「殿下!キリがありません!」
「なんとか持ちこたえろ!」
普段から魔物と戦いなれている精鋭部隊とはいえ、これほど大量の魔物を一度に相手にするのはさすがに骨が折れる。戦線はじりじりと後退していった。それに、肝心のドラゴンは影も形も見当たらないのだ。
そのとき、通信用の魔道具で連絡が入る。
『殿下、大変です、ライラ王女とシンシア王女が結界の外に!!!』
「勘弁してくれ……」