2.美しすぎる姫君
◇◇◇
「ここが、アルムール国」
ひと月以上がたつきの酷い馬車に揺られ、アルムール国の王城前に立ったシンシアは、疲れも忘れ、目の前にそびえる城の見事さに息を呑んだ。強力な魔物と戦い、その素材の益によってのし上がってきたアルムール国の王城は、華美なナリア王宮と違い、質実剛健を絵に描いたような見事な石城だ。
歴史ある周辺諸国からは野蛮だと見下されていたが、味と栄養価に優れた魔物肉や魔物素材が流通し国全体が豊かになると、どの国も手のひらを反すように関係を結びたがった。今、大陸中から最も注目を集めている国と言えるだろう。
シンシアは早速門の前で仁王立ちしている門番に話しかけることにした。
「ナリア王国から参りましたシンシアです。王太子殿下にお取次ぎをお願いしたいのですが」
門番たちは突然現れた少女をいぶかし気に見つめる。
「し、失礼ですが、いずれの貴族家のご令嬢でしょうか。王太子殿下にはどのようなご用件で?」
何かの行き違いか、アルムール国にはシンシアの来訪が伝わっていなかったらしい。シンシアはちょこんとカーテシーをすると、にっこり微笑んだ。
「私はナリア王国第二王女、シンシア・ナリア。王太子殿下にあなたの花嫁が参りましたとお伝えください」
◇◇◇
「なに?ナリア王国の王女が訪ねて来ただと?」
「は、はい。なぜかお一人で城門の前に」
騎士から報告を受けたレオナルドは眉をひそめた。確かに縁談の申し込みはしたが、まさか王女が直接王城に乗り込んでくるとは夢にも思わなかったからだ。歴史や伝統を重んじるナリア王国のこと。力を付けてきたとはいえ、新興国である我が国との縁組など、どうせ体よく断ってくるだろうと思っていた。
「確かなのか?」
身分を偽った間者や暗殺者の可能性も否定できない。
「ビルマ宰相閣下からの手紙をお預かりしております」
だが、確かにそれは、常日頃やり取りしているナリア王国宰相の筆跡に間違いなかった。なかなかの食わせ者だが、交渉ごとに長けた仕事のできる男だ。
「……確かにナリア王国の王女で間違いないようだな」
「ナリア王国の王女というと聖女として名高いライラ王女でしょうか」
「いや。王女の名はシンシア。ナリア王国第二王女だそうだ」
「シンシア第二王女殿下、ですか」
「無下に追い返すわけにもいくまい。失礼のないように部屋を整えてくれ」
「承知しました」
(空っぽの姫、か)
◇◇◇
応接室に通されたシンシアは、外側からは想像もつかない豪華な調度品の数々に圧倒されていた。
「この花瓶、もしかして金でできてるんじゃ……」
この部屋の装飾品の一つでもあれば、平民が一生遊んで暮らせるだけのお金になるだろう。質素な暮らしに慣れたシンシアには想像もつかない贅沢品だ。
力を持たないシンシアは、あらゆる面で兄姉と待遇に差がつけられていた。けれど、華々しく活躍する兄姉たちと比べて何の活躍もしていないシンシアが、そのような扱いを受けるのは当然のことだと諦めていた。
いつか自分にも素晴らしいギフトが与えられたなら。そう夢見ていたこともあったけれど。
「王族の面汚し」「役立たずの姫」そう言われ続けていた自分が、この豊かな国で何ができるだろう。シンシアが不安に俯いていると、軽やかなノックの音が響いた。
(いけない。まずは王太子殿下にしっかりご挨拶しなきゃ)
「お待たせしてすまない。アルムール国の王太子、レオナルドだ」
「ナリア王国第二王女、シンシアでございます」
腰を落として優雅に挨拶をするシンシアを、食い入るように見つめるレオナルド。
さらりと流れる銀髪に澄み切った青空のような瞳。華奢な肌ははっとするほど白く、滑らかだ。美しい貴族の令嬢を嫌というほど見てきたレオナルドでも、妖精のように儚く美しいシンシアの姿は衝撃的だった。
「お一人で参られたとか。すぐに身の回りの世話をする侍女を手配します。長旅でお疲れになったでしょう。まずはゆっくり休んでください」
「殿下のお心遣いに感謝いたします」
にっこりと微笑む顔に思わず目が釘付けになる。
(名も知らぬ第二王女が、これほどまでに美しい姫だったとは……)
レオナルドはかつてない胸の高鳴りを感じていた。
四月咲香月様から素敵なAIイラストを頂きました♪