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「「マイク、マイク、マイクーっ」」

 若干高低の違いはあるものの、ぴったりと重なった騒々しい声が、ひとのことを連呼しながら近づいてくる。

 午後の穏やかな時間を乱しおって。

 嘆息しながら体を包み込むような大きな藤の椅子に深く身を沈め、本をぱたりと閉じ、瞼を閉ざす。それと同時にぱたぱたという足音は鮮明になり、ぴたりと止まる。

 ゆっくりと瞼を開き、庭の先に視線を滑らせると、淡いピンクと空色の二輪の花が咲いていた。

「マイクっ!」

「マイクっ!」

 縁側に置いた椅子に座る自分の目の前には、今にも重なって一つに戻るのではないかと思ってしまうほどに瓜二つな顔が二つ並んでいた。

 自分たちの家から全速力で走ってきたらしく、ぜぇぜぇと荒い息をしている。二人ともお人形さんのようにひらひらのスカートをはいているのに台無しである。

 まったく。

 もう一度、今度はわざと大きな溜め息を吐きながら「騒がしいなぁ」と呟く。しかしそんなのはお構いなしに二人は靴を無造作に脱いで縁側に上がりこんでくる。

「聞いたのよ」

「聞いたの」

「なにを」

「とぼけないで」

「とぼけないでよ」

「だからなにを聞いたというんだ」

 二人は椅子の両側に立ち、手すりに乗せた両腕をそれぞれにぎゅっと掴んで、身を乗り出してくる。その仕草だけで二人の一生懸命さが伝わってくる。顔には出さないが胸の内で笑う。彼女たちが何を問いたいのかもちろん分かっているから、とぼけているという指摘はあたっている。けれど、二人の様子をみるとつい、そうしてしまう。

「わたしたちのアキが」

 左側に立つピンクのワンピースが常に先に言い、

「ぼくたちの晶が」

 右の空色が続く。二人はいつもそうだ。

「帰ってくるって」

 左。

「戻ってくるって」

 右。

「「ほんとう?」」

 そして大切なことは二人で声を揃える。本人たちに聞いたことはないが、双子のルールらしい。

「アキはおまえたちのではないけれどなぁ」

 必死に質問をしてくる可愛らしいひ孫の友人がおもしろくて、答えは与えず、間の抜けた口調で呟く。

「そんなことはいいのよ」

「そんなことはいいんだ」

「「それよりも!」」

 腕を掴む小さな手にぎゅうっと力がこもる。

「ほんとうなの?」

「アキは帰ってくるの?」

「ねぇ、マイク」

「マイクっ、教えてよ」

「おまえたちはほんとうに落ち着きがないなぁ」

「アキのことですもの」

「アキのことだもん」

「落ち着いていられるわけ」

「ないじゃん」

 そうして椅子の両側で二人は「「ねぇ」」と頷き合った。

 この騒がしい双子は数年前から揺るがない。

 小さくても立派な二人の気持ちに思わず感心してしまう。

「はいはい。おまえたちが聞いた通り、アキは帰ってくる」

 二人が求めていた答えを与えると、両側は目をきらきらと輝かせた。さっきにも増して身を乗り出してくる。いつ膝に座り込まれやしないかとひやひやする。ひとりならまだしも、さすがに二人を乗せるのは大変だ。すこし前までは二人を膝に乗せて話すくらい楽だったのに。

 ああ。きっとひ孫も大きくなっただろうな。

「ほんとうに?」

「ほんとうに?」

「うそついてどうするよ。ほんとうだとも」

 深く一つ頷くと、二人は同時にすとんと俯いた。両腕を掴む手はどちらも微かに震えている。

「……マイク」

「……マイク」

「うん?」

 さきほどまでの騒がしさとはうって変わって、静かに呼んでくる二人に応える。それからゆっくり五秒数える間、午後の日が差し込む縁側には本来あるべき静けさが戻ってきた。しかしつかの間のそれは、虚しくも破られる。

 二人の少女は唐突に「「やったー!」」と両腕を天井へと伸ばして叫んだ。

 突然のことにどきりとしたうえに、両耳にきんきんと声が響く。

 騒がしさに、思わず眉を顰めてしまう。

 まったく。心臓が止まったらどうしてくれるんだ。

 この二人はわたしが老人なのを理解していないなぁ。

「やったぁ」「やったぁ」と言い合って、たんたんと跳ね回っている二人を見て苦笑してしまう。

 淡い桜色のワンピース。春の空色のワンピース。

「リツ、ハル」

 ひらひらと小躍りする二人を呼ぶ。

 老人の落ち着いた深みのある声に先ほどまではなかった真剣な色を感じとったのか二人ははしゃぐのをやめて、また椅子の両側に立ち腕に触れてきた。

「なぁに?」

「なに?」

「アキが帰ってくるのがそんなにうれしいか?」

「「もちろん」」

 二人は直ぐに大きく頷いた。

「そうか」

 ひ孫をこんなにも待っていてくれる友人がいる。

 元気でうるさくて強くて、そして、優しい。リツとハル。この子たちは何があろうとアキの味方でいてくれるだろう。

 アキを好いてくれる可愛い子ら。

 二人の頭にぽんと触れる。

「アキをよろしく頼む」

 そう言って、ゆっくりと顔を左へ向け、「リツ」と呼びながら瞳を覗き込む。桜色のワンピースを身に纏った少女はこくりと深く一つ頷いた。黒い瞳には強い光が灯っていた。少女に応えるように笑みを深くして、頷く。それから反対側に顔を向ける。「ハル」と呼び、瞳を覗き込むと、空色のワンピースを身に纏った子も深く頷く。己ももう一度深く頷く。こちらの黒い瞳に宿る光は理知的で優しい。

 まだ幼い双子は顔も声も性格すら似ていると思われ間違われてばかりいるが、二人は違う。それを理解してくれるからこの双子はマイクに懐く。そして、二人を理解してくれるもうひとりの人間を二人は好いている。

 拙く、不器用だけれど、純粋に、ただひたむきに二人はアキを愛している。

 だから、アキ。

 ここへ帰っておいで。

 おまえを愛してくれる友と過ごせる場所へ。

 小さくて、かわいい、わたしの大切なひ孫。









 双子の性別に未だ悩んでるので途中で変わったらごめんなさい。


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