1/7
プロローグ
掃除機を持って階段を上る。
二階の自分の部屋に掃除機をかけ、また掃除機を持って今度は息子の部屋へ行く。入ってすぐのところに掃除機を下ろし、教科書や辞書がきっちりと並べてある机に向かう。
机に備え付けの棚に写真立てが二つ置いてある。
一つは息子と彼の父が楽しそうに笑いあう写真。息子が小学一年の春にピクニックに行ったときに撮ったものだ。
もう一つは、息子が幼い頃に数年だけ過ごした湖畔の写真。青の湖とそれを囲むような緑の木立と、白い小さな家。彼が望む故郷の風景。
瞼を閉じれば、あの地を吹き抜ける風が思い起こされる。
水の匂い。湖面が揺らめくときらきらと瞬く光。木の葉が擦れる音。
わたしにとっても懐かしい、美しい地。それでも、仕事を棄てることはできないから、帰られぬ遠い故郷だ。
今は見ることの叶わない、二つの風景。
息子がクマになった。
ちいさくて、かわいくて、不恰好な、熊になった。