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ドラゴンスレイヤー  作者: 三山零
同窓会
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同窓会④



 パラディンとは、アディア王国で騎士の名を戴く唯一の魔法士だ。正式名称は守護騎士だが、現在、公に騎士を名乗ることが許されているのはパラディンだけなので、騎士と省略されることの方が多い。近頃では、「騎士様」、「守護者様」、「パラ様」などともてはやされてはいるものの、あくまで職業であり、職業軍人と同じく公務員になる。職務は、要人の守護及び警護、自然災害などの緊急時の救護活動、警察への捜査協力、国立魔法研究所への研究協力など、多岐にわたる。そのため、所属はあくまで王宮庁であるが、他庁への出向ばかりだそうだ。その特殊な職務から、選りすぐりのエリートだけがパラディンになることを許され、現在ではたったの7人しかいない。天才と変態は紙一重、なんて言葉もある通り、一癖も二癖もあるらしく、王ですら手を焼く存在らしい。とはいえ、国力の象徴とも言える魔法士であるため、醜聞が外部に漏れることはなく、ミルモ君のように無知ゆえの未熟な憧れを抱く人間も少なくない。


「あのね、パラディンって、そういうもんじゃないからね? 高潔で、清くて、なんか、そういうすごい人なんだから」


 とは言ったものの、知り合いのパラディンを思い浮かべると、言葉の足元が揺らぐ。そもそもが庶民なのだから、どれもこれも後付けのハリボテに過ぎない。板についてきたようで、そうでもない高尚さが、羞恥心を押し付けてくる。


「テキトーなこと、言うなよ」


 大好きなパラディンの話を振ってみても、ミルモくんのご機嫌は直らなかった。


「テキトーじゃないよ? イメージ戦略も大事なんだってさ」


 高尚だとか高潔と呼ばれる堅苦しさが、努力と苦労のイメージに直結するので、畏怖と尊敬を集めやすい。そして、畏怖と尊敬は信頼に繋がる。

 聞きなれない言葉に、ミルモくんの眉は小さく動いたが、怪訝よりも不機嫌が勝ったらしい。


「いいんだよ、別に。そんなのじゃなくて」


 吐き捨てるように言うと、力無く項垂れてしまった。不機嫌を表に出すのも煩わしくなったらしい。小さく息を吐き、ノーラさんを振り返る。珍しい姿を共有したい、という下世話な感情ではない。問題児の異常事態は、まだ私の手には余るだけだ。

 ノーラさんは、相変わらずベンチから付かず離れずの位置に陣取り、寝転がる男を警戒している。都度、こちらの様子も窺っているが、どうしてもベンチの男に気を取られている。それならば、とローアちゃんを探すと、こちらの気も知らずに、無邪気に男の子達と駆け回っている。


「うーむ」


 小さく唸ってみるが、誰も助けには来ない。頭を抱えるほどではないが、見過ごせない問題ではある。悩みが深刻であるようなら、連絡帳でご家族に知らせる必要もある。

 正直、連絡帳に書いて終わりにしておきたい気は多分にあった。ミルモくんがどんな悩みを抱えていようが、こちらにも事情はある。踏み込みたくても踏み込めないし、踏み込む余裕もない。半端な救いの手が良くない結果をもたらすのは、何度も見てきた。そんなことを考えていると、やっぱり、恭介の顔を思い出した。ふっと小さく笑みが溢れた。


「どういうこと? そんなのじゃなくていいって」


 するりと出てきた言葉に、我ながらに安心する。

 言い渋るミルモくんの唇が尖っていく。言いたくないけど、言いたい。そんな葛藤が口先に集まっているようだ。

 察するに、憧れにケチをつけられ、それを認めたくはない。そんなところだろう。この世の全てに良いところがあるのと同時に悪いところがある。大人は、それを妥協という形で受け入れられるが、子供にはまだ難しい。さて、どう諭してやろうか。


「いいよー、ゆっくりで。走り回らないで、お話しする時もあっていいよね」


 悔しさからか、体が強張り始めたミルモくんの隣に腰を下ろすと、ベンチとノーラさんが視界に入るような形になる。ベンチに寝転がっている男は、寝返りを打ったらしく、体ごとこちらを向いている。器用なことに、顔には雑誌が乗ったままだ。

 ノーラさんは探るような目でこちらをチラチラ見ている。本来なら、一人の児童につきっきりになるのは良くない。目をかけられていると勘違いして増長することもあるし、他の児童から贔屓と取られる場合もある。加えて、先生一人毎につく児童の数は決まっているので、他の先生の負担が増える。ノーラさんが目を光らせているとはいえ、ローアちゃんは実習生なのだから、なおさらだ。それでも、一人一人に向き合ってあげる時間も大事だ、と私は思う。保育士としての、ある意味で教育者としての、ちっぽけな矜持だ。

 目で訴えると、ノーラさんは小さく息をつき、10センチほどベンチから離れ、子供たちに近づいた。彼女からしてみれば、それだけの短い距離でも何かしら変わってくるらしい。小さく苦笑いする。


「なんだよ、ドラゴンババア。擦り寄ったってダメだぞ」


 苦笑いが大きくなる。一体、どこからそんな言葉を仕入れているのか。


「そっかー。先生、ちょっと休憩するだけだから。聞いてほしくなかったら、聞かないしー、聞いて欲しかったら、聞くよー」


 背もたれに体を預けると、予想外に気が抜けた。気持ちの良い陽気が、悪魔の囁きのように体に休息を促しているようだった。急激にだるさを感じ、瞼に重みを感じる。数分もこうしていたら、微睡の世界に羽ばたいていけそうだ。そうだ、このクソガキが、私に相談なんて、あるわけない。


「すごくないんだって」


 くぐもった声に、「え?」と聞き返してしまった。慌てて襟を正し、ミルモくんに視線を戻す。唇に力がこもっていて、私の腑抜けた姿に気づいてもいない。


「パラディンなんて、すごくないんだって。むしろ、く、クズなんだって」


 小さな彼が苦渋と共に引き出した言葉は、思ったよりも先が尖っていた。


「誰がそんなことを?」


 言葉に力がこもる。いくら相手がクソガキとはいえ、子供の憧れを貶めるなど、言語道断だ。

 ミルモ君は、逡巡した様子を見せたが、小さく「パパ」と呟いた。

 ミルモ君の父親、セルゲイ・インクレールは、いわゆる政府高官と呼ばれる公人で、国王にかなり近いとされている。もちろん、パラディンとも顔を合わせる機会は多い。あまり大っぴらにできない肩書きらしく、我が保育園でも推測が飛び交っているが、知り合いのパラディンによると、国防庁の幹部で優秀な人物らしい。国防軍からの叩き上げで、現場からキャリアへと移った経緯からも、その優秀さは伺える。ただ、少々、頑固なところがある、と彼は苦笑していた。

 一度だけ、父親がミルモくんを迎えに来たことがある。刈り込んだ短髪に、彫りの深い顔に特徴的な鷲鼻の偉丈夫で、全方位に威圧的な雰囲気を発していた。ノーラさんの威圧感が鋭く冷たいとすると、彼の威圧感は、重くて濃いものだった。手を引かれるミルモくんが萎縮しすぎて、引きずられているかのように見えたほどだった。


「だ、だけど、パラディンになれたら、誰も何も言わない。きっと、パパだって、何も言えないんだ」


 ミルモくんのパラディンへの憧れは、父親には知られていないはずだった。母親が裏で手を回して、水際で阻止していた。保育園には圧力をかけ、保護者たちには口止めを強いた。確かに、仕事上での目の上のたんこぶを息子が憧れている、などとあの父親に知れたら、威圧感だけで圧死させられそうだ。察するに、それが彼の耳に入ってしまったのだろう。つまりは、あの威圧感を受けながら、ミルモくんは憧れをやめなかったということだ。しかし、父親からの歪みを受け、ミルモくんの憧れにも不純なものが混じっている。


「ねえ、ミルモくん。どうして、ミルモくんは、パラディンになりたいと思ったの?」


「カッコいいから」


「どういうところが?」


「みんなを助けるんだ。怪我してる人とか」


 被災地での救護活動のことを言っているのだろうか。確かに、子供のヒーロー像と被るかも知れない。


「じゃあ、ミルモくんのお父さんは、どうしてパラディンのことを悪く言うのかな?」


「仕事の邪魔って言ってた」


「ふうん…ミルモくん、内緒にして欲しいんだけど、私ね、今のパラディンに知り合いがいるんだ」


 言葉の意味を噛み締めてから、ミルモくんはパッと顔を上げた。どうして、こんな保育士風情が、とでも言いたげな表情をしている。それから、何かに気がつき、気まずそうに俯いた。自分の父親が私の知り合いを貶めたことを恥じているのだとしたら、聡い子だ。


「その彼も言ってたんだ。政府の人と喧嘩することはよくあるって。もしかしたら、ミルモくんのお父さんとも喧嘩したかも。でもね、ミルモくんの言う通り、命を賭けて命を救うこともある。カッコ悪いところもたくさんあるけど、彼なりのパラディンっていうのを模索し続けている。私は、そんな彼を尊敬してるんだよね」


 パラディンの理念は「盾たれ」だそうだ。守護の対象は、王国すべてであり、世界の全てである。何を守るか、どう守るか、なぜ守るかは解釈次第ではあるが、少なくとも、私の知り合いは、割と何でもかんでも守ろうとしている。嫌おうが嫌われようが、お構いなしだ。理想主義のロマンチストかもしれないが、彼の思いを貶されるのはいい気分ではない。そんな彼をクズ呼ばわりして、子供の夢を壊すのは、もっと気に食わない。


「パラディンがなんたるか、なんて、私には口が裂けても言えないけど、ミルモくんには、本当に憧れたものが何なのか、もう一度考えてみてほしいな」


 ミルモくんはおずおずと頷いた。伝えたいことは、半分も伝わっていなそうだったが、私が応援していることは伝わったようだ。

 知り合いの言葉を鵜呑みにするほど私は子供ではないし、パラディンの言動が全て正しい、などとは思わないが、それでも、ミルモくんの純粋な思いを打ち砕くのは、彼の憧れがもっと具体性を帯びてからの方がいい。そこからは、彼が決めることだ。

 幼い未来を守った達成感に浸っていたが、これがミルモくんの親の耳に入ったら、と想像しただけで、倦怠感が戻ってきた。各ご家庭の教育方針に口を出してはいけない、とノーラさんが口すっぱく言っていたことを思い出し、断頭台への階段に足をかけた気分だった。ただ、あの鷲鼻に一矢報いたのだとしたら、本望だ。


「あのさ、ドラゴンせんせー!」


 ベンチから勢いよく立ち上がったミルモくんの表情は晴れ晴れとしている。余計な形容詞がついているあたり、いつもの不遜な態度に戻ったようで何よりだ。


「おれ、実は魔法の練習してるんだ!」


 ミルモくんの得意げな言葉に、瞬時に血の気が引いた。


 この世界において、魔法というものは非常に危険なものとされ、厳しく取り締まられている。前の世界と同程度に科学が発達しているにもかかわらず、超常現象を人為的に引き起こすそのメカニズムは一向に解明されていないのだから、無理もない。王国はもちろん、全世界で原則的に魔法の使用が禁じられ、魔法士資格を持つもののみが許される。魔法士資格は、合格率が一千万人に一人と言われるほどの難関で、資格を取得したところで、魔法の使用には夥しい数の制限がつく。それらを含めたすべての魔法に関する規則を定めた法が魔法禁止法で、その禁を破ったものには、身分はもちろん、年齢も関係なく厳罰が与えられる。


「せんせーにも見せてやるよ! みんなには内緒だぞ!」


 私有地に限っての使用、緊急時のみの使用が認められている国もあるが、そのどれもが、生活を少し手助けするような六等魔法に限られている。 しかし、我がアディア王国は、そうではない。

 アディア王国は、魔法厭忌の国として有名で、その取り締まりは世界的に見ても厳しい。そこかしこに監視カメラが設置されており、24時間体制で監視されている。万が一、魔法の無断使用など見つかろうものなら、それだけで懲役刑だ。この公園には当たり前のように監視カメラが設置され、法律は子供に容赦しない。


「ま、待って! ミルモくん!」


 咄嗟の制止も虚しく、ミルモくんの両の掌が、光り始めている。どんな魔法を使おうとしているのかはわからなかったが、それは間違いなく超常のものだった。



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