表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンスレイヤー  作者: 三山零
プロローグ
1/6

プロローグ



 腕の中で、彼女の呼吸が弱くなっていく。彼女の命が、少しずつ削り取られているのがわかる。


「どうした…私が死ぬのが、怖いのか?」


 彼女は、気丈に口元を歪ませた。忍び寄る死に恐れはない。恐れはないが、心残りはある。心残りが悔しさに、悔しさが口元に。それを悟られないように、口元を歪ませた。

 雫が、ぽたりと彼女の頬に落ちた。続けていくつか落ちたが、彼女の玉のような肌がそれを滑らせ、すぐに流れ落ちていってしまう。涙の熱さを感じて欲しかった。そうすれば、逃げていく体温が戻るのではないか、そんなふうに思った。

 彼女の笑みは滴と共にこぼれ落ち、もがくように体を小さく動かした。


「すまない。お前と、こんな風に別れるつもりはなかった」


 彼女の目は、すでに虚空を見つめていた。


「誰も知らないところで、ひっそりと終わるつもりだったんだ」


 それなのに、と苦しそうにつぶやくと、彼女の目に小さな水たまりができる。


「離れられなかった。永く生きすぎたらしい。私も、ヤキが回ったよ」


 姉であり、母であり、愛する人だった。何もかもが違ったとしても、育んだ絆は掛け替えの無いもので、この先、二度と手にすることはない。


「すまない、本当に。お前に関わるべきではなかった。お前を愛するべきでは━━」


「違う。違うよ、エレノア」


 絞り出した声に、彼女の唇は小さく震えた。


「そうだな。私は、お前を愛することができた」


 彼女は、そう言って微笑んだ。そして、ほんの少しだけ間を置いてから。手を伸ばしてきた。咄嗟に握ろうとしたが、ゆらりとその手を逃れ、涙に濡れる頬に触れた。愛おしそうに小さく撫でてから、長く息を吐いた。


「なあ、キスをしてくれないか」


 彼女の微笑みが、悪戯っぽく光る。


「私たちは、確かに愛し合っていたのに、終ぞキスすらしなかったじゃないか」


 たったの6年。思い返してみると、あまりに短い。その思い出が引き連れてくるのは、後悔ばかりだ。どうして、キスのひとつもしてやれなかったのだろう。愛してる、と伝えたことさえ、数えるほどしかない。


「そんなに泣くな。笑ってくれ、とは言わないから、最後に、キスをしてくれよ」


 彼女の目から溢れる涙を見て、最後の後悔だけは絶対にしたくなかった。

 彼女に倣って頬に手を添える。親指で涙をゆっくり拭うと、嬉しそうに目を細めた。


「愛してるよ、エレノア」


「ああ、私もだよ。キョウスケ」


 キスの角度は、どれぐらいが良かったのだろうか。愛してる、の声音はきちんと優しかっただろうか。彼女は、どれだけ幸せを感じてくれていただろうか。

 

 今となっては、もう何ひとつわからない。


 彼女はもういない。もういないのだ。どの世界に行っても、もう。




 咆哮とも紛う慟哭が、響いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ