悪巧み
「“貴方”に言っているんでしょう」
私がベレトとは一線を画す立場にあると明言すれば、すかさずこう返してくる。
「なんだよ。我関せずにいるみたいだが、君がこの計画の中心人物なんだぜ?」
半ば強制的に背負わされた役目にも関わらず、能動的な意見の参加を求めるベレトは、底意地の悪い笑みを口端に溜めて、私が如何にまな板の上の魚かを語った。それでも、直ぐに顔色を平易に戻し、悩ましげな眉の下がり具合を見目に現す。
「さっきは周知を確信したと言ったが、これはあくまでも希望的観測に過ぎない。あと一押しするか?」
手を汚すこと念押ししてくるベレトは恐らく、生娘の如く顔を紅潮させて辿々しい問答を求めているのだろう。しかし、それは私への見識を見誤っているとしか言いようがない。丙午とは言わないが、名前も知らない男に拾われた私が、か弱い女でいられるはずがないのだ。
「別に。私は構わないけど」
まじまじとそう返し、ベレトが期待する嫌悪に歪んだ表情を排斥した。すると、当てが外れたように沈潜した顔色を差したベレトに、私はある種の優越感を覚え、あからさまに筋肉が緩んだ。
「いやぁー、怖いなぁ。バエルに仕える人間は」
嫌味を忘れないその心意気に素直に感服した。私の後天的な嗜虐心を持ってしても、人を必要以上に悪し様に扱う生来の悪性を備えておらず、ベレトが有するような減らず口は叩けない。とはいえ、少ない引き出しから皮肉を拵えるぐらいの愛想は良くしよう。
「ありがとうございます」
柔和に笑いかけると、ベレトは苦虫を潰して唾を吐く。
「頼んだよ」
ウァサゴが指摘した「周知」に関して希望的観測という言葉をあてがい、わざと不安げに振る舞ったと思い込み、更なる凶行を求めるベレトの提案は私を辱める為の口八丁手八丁だと見ていた。しかしどうやら、本当に半信半疑なところがあり、押印に比類するものが欲しているようだ。
「わかりましたよ」
魔術師を相手取る悪巧みについて知行するのは容易だった。ローブを纏い魔術師としての身分を誇示するその性質は、権威と象徴を兼ねており、一目で見分けられることから、手ぐすねを引いて待つ必要がなかった。そしてここに、酔い潰れたように寝息を立てる魔術師が一人いる。通行人の目もあまり届かない、曲がりくねった街の片隅で、不用心を地で行くその姿は、自暴自棄になった魔術師の現在を映す鏡だ。誰よりも終末の気配を悟りながらも、市民には安心と安全を与える。板挟みになる心は地に足が着かず、患った不眠症から泥のように眠る醜態を晒しているのだろう。
「……」
これなら、場所を選んで吟味する苦労を経ずに事が済み、今日か明日にも死体として発見される。丸坊主に角ばった輪郭と、凛々しく整えられた眉毛に、横幅を大きくとった口は、魔術師を語るのに過不足なく、巨大な影に歯車を狂わせられた悲哀が透けて見えた。私はこの魔術師に同情を覚えつつも、非業なる死を遂げる最期の一瞬を見届けるつもりだ。“痛み”が伴わないうちに死を迎えるのは、それほど悪くない。私は、魔術師の胸元にするりと右手を伸ばす。傍から見れば介抱と区別は付かず、私の悪意に目敏く気付く第三者はいないだろう。そう、第三者以外には。




