おれの動機
その鉱石が比類ない美しさを有し、身に付けてひけらかすのに不足がないと知った上で、おれは価値を正しく認識できていないような気がした。立ち去ろうとすれば忽ち後ろ髪を引かれ、喉から手が出るほどの強い欲求が、処女の血を固めて作ったような深紅の石に感じなかった。趣味趣向の差異を考慮しても、おれには価値を推し量るだけの材料が足りていない。それは生来に由来する、本来備えていなければならない本能的な部分に起因していると、半ば諦観に近い形で納得していた。だがやはり、その正体を掴まなければ自分がどのような人間なのかも明朗とせず、取捨選択の際に致命的な間違いを犯してしまう恐れがあった。
棚に並べられた幾つもの鉱石の中で、どうしてそれを選んだのか。詳らかにできるほど拘りはないし、名称すら判然としないおれが、好みに従って手を伸ばせる訳がなかった。極めて曖昧模糊とした動機の上に一連の動作は成り立っている為、「偶然」を語らなければ結果に辿りつかない。
「おい」
とりわけ店主は目敏く、ポケットに運ぶまでの間に細心の注意を払ったはずが、振り向きざまの一瞬でおれの行為は看破された。重ねた年嵩に応じて刻まれる深いシワは、店主としての生き字引を感じさせ、密かに行われた嫌らしい手付きの尾鰭を掴まれたのだ。重く垂れた目蓋の下に隠れる鋭い眼光が、目前に立ち塞がり、これから待ち受ける手痛い叱責が醸成されていく。
「そのポケット、入れただろう?」
「……」
おれは口を決して開けなかった。このような意固地な態度を性質として受け入れてもらうには、相応の打算や気受けの良さが求められる。おれと店主にその結び付きを期待するのはあまりに浅薄で片腹痛い。つまり、呆れたような面持ちで部屋の奥から誰かを呼び出し、おれを二人で取り囲んで痛め付けるだけの理由ばかり浮上した。これは避け難い事象であり、謝罪の言葉を直ちに吐くのが正動であった。しかし、この“口の中”に居座る物を床へ落とすぐらいなら、多少の痛みは享受する覚悟ができていた。それは流動的な感情による支えではなく、名状し難い本能に紐付けされた所謂、おれが明文化したいと考えている勁草たる根っこの部分にあたる。
「僕は“アニラ”っていう窃盗集団の一人だ」
だからこそ、ビーマンとの出会いは物の価値を測るのに大いなる助けになると踏んだのだ。ただ、おれは冷静ではなかったと思う。よもや公爵の屋敷に入り込み、盗みを働こうなどといった尊大な事態に巻き込まれることは念頭に置いていなかったし、からくり部屋の中で、ぽつねんと立ち尽くす姿を誰が想像できただろうか。
「……」
おれは今一度、息を吸って吐く。滑脱に変化を続ける今し方の状況を受け入れつつ、前進する無鉄砲さもこの身に宿さねば、恐らく外界に出ることも叶わない。本来なら、魔術師を相手にしているビーマンの苦労を慮り、少ない時間を利用して窃盗に励むべきなのだろう。懐疑的なイルマリンの視線を排斥する為に屋敷へ案内したであろうビーマンの期待はそこにあるはずだ。しかし今のおれは、殊勝な心掛けによって他人を喜ばす気概など持っておらず、ひたすら屋敷を脱することに重きを置いて行動しようと考えていた。それは臆病者だと断罪され、遠慮会釈なく叱責を受けるほど、的外れな決断だとは思えない。




